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老後資金は2000万円もいらない
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2026年5月13日

現役世代を悩ませる「老後2000万問題」。経済コラムニストの高井宏章氏は、この試算には多くの「ツッコミどころ」があると言う。高井氏が「老後資金は0円でも良い」と考える理由は?私たちが本当に備えるべき老後の実態について聞いた。 <ゲスト> 高井宏章|経済コラムニスト 経済コラムニスト、千葉商科大学付...
老後資金は本当に2000万円必要なのか?「不毛な問題」のカラクリと老後への備え
老後2000万円問題は、数年前から世間を騒がせている。「人生100年時代」を見据え、夫婦がゆとりある老後を送るためには年金以外に2000万円の貯蓄が必要だと示された報告書が発端となり、多くの現役世代に漠然とした不安を植え付けた。
しかし、本当に2000万円なければ老後は「詰んでしまう」のか。経済コラムニストの高井宏章氏は、この問題を「不毛な議論」と切り捨て、「老後資金は0円でいい」とまで断言する。果たして、この大胆な提言の背景にはどのようなデータとロジックがあるのだろうか。老後資金に関する通説を覆す、目からウロコの情報に迫る。

Q. 「老後2000万円問題」が「不毛」と言われる理由とは?
老後2000万円問題は、資産運用を促進するための方策として提議されたものであった。国民に「貯蓄から投資へ」の流れを促す狙いがあったにもかかわらず、「老後に2000万円ないと人生が詰む」といった数字だけがセンセーショナルに独り歩きし、不必要な不安を煽る結果となった。これは本来の目的とはかけ離れた「不毛な議論」だ。
この問題の試算が持つ大きな欠陥は、その前提設定にある。モデルケースでは、「65歳の夫と60歳の妻が夫婦ともに無職で、年金だけで30年間暮らす」状況を設定。さらに「毎月5万円の赤字が30年間続く」と仮定していた。

しかし、実際には高齢期になればなるほど、人は食べる量や旅行に行く機会が減るなど、自然と生活費や支出が減少していくものだ。また、現代の日本社会において、夫婦そろって60歳代から完全に無職となるケースは、もはや一般的とは言えない。これらの実態と大きく乖離した前提が、不必要な不安を拡大させている元凶となっている。
Q. 高齢者の家計は本当に赤字が続くのか?実態が示す「老後資金は老後に貯められる」論の根拠とは?
2000万円問題の試算は「月5万円の赤字が30年間続く」という仮定に基づく。しかし、最新の家計調査データを見ると、65〜69歳でわずかな赤字が見られても、70歳以降は年齢が上がるごとに赤字幅は減少し、支出も縮小していく事実がわかる。
さらに、そもそも「夫婦が無職」という前提も現実離れしている。現在の60代後半では、男性の約6割、女性の約4割が働いているのだ。こうした働き手の存在は家計に大きな影響を及ぼす。同家計調査のデータを見ると、60代で働いている世帯の多くは月10万円前後の家計黒字を計上している。この年代には、住宅ローンの完済や子どもの独立といったライフイベントを経て、家計が劇的に楽になる家庭が多い。働き続ければ年金と合わせ、非常に堅固な経済基盤を築ける可能性が高いのである。

例えば、60歳から70歳まで、夫婦で働き月10万円の黒字を継続できたとしよう。これにより年間120万円、10年間で1200万円の貯蓄が可能となる。仮にそのお金を70歳以降取り崩しても、高齢期の支出減を考慮すれば、100歳までお金が残るという試算すら成り立ちうる。
つまり、老後資金は現役時代に莫大な額を貯めこまなくても、「老後に働きながら老後資金を作る」という発想で十分に間に合うのである。老後対策の重要な要素は「何歳まで働くか」という具体的なプランニングであり、若い頃からの貯蓄額だけが唯一の指標ではないことを示している。
Q. 老後資金計画において「平均値」が参考にならない理由とは?
老後2000万円問題の試算が指摘する「月5万円の赤字」には、不必要な支出が含まれている場合がある。例えば、赤字が指摘される家計データには、親から子への仕送りが含まれているケースがあるという。もし本当に家計が逼迫しているならば、そのような仕送りを真っ先に減らすのが合理的であり、それが削減されない状況を普遍的な赤字とみなすのは不自然である。
また、同問題の前提では「公的年金のみ」を老後の収入源としているが、多くの人には企業年金や退職金、あるいは就労収入など、公的年金以外の収入源が存在する。これらの多様な収入構造を無視した試算を全員に当てはめるのは無理があると言えよう。
さらに重要な点は、貯蓄や資産に関する平均値が実態を表さない「平均値の罠」である。一般的に所得や資産の分布は、ごく一部の富裕層が大多数の富を持つ「パレート分布」に従う。このため、富裕層の存在が平均値を大きく引き上げ、多くの一般世帯の実態とかけ離れた数字が示されてしまう。つまり、日本の家計の金融資産が平均2000万円以上あったとしても、それは一部の富裕層によって底上げされた結果であり、多くの世帯ではその金額に達していない現実がある。自身の貯蓄をこの平均値と比較して一喜一憂するのは、根本的に筋の悪い考え方である。
Q. 病気や介護といった不測の事態への備えは、どう考えるべきか?
老後の生活を考える上で、病気や介護など、予測できない大きな出費への不安は尽きないだろう。これに対し、「貯蓄を増やすしかない」と考える人も多い。しかし、起こるかどうかわからないリスクに対し、個人が貯蓄だけで備えようとするのは非効率である。
多額の貯蓄を用意しても、いざという時に足りなくなる可能性や、結局使わずに終わる可能性もあるからだ。そのための「保険」という仕組みが存在する。日本には、国民年金、健康保険、介護保険といった、手厚い公的保険制度がある。これらは、現役世代が納める保険料によって成り立っており、最低限の生活を保障するセーフティネットの役割を果たしている。
個別の貯蓄に頼りきるのではなく、まずは公的保険の存在とその役割を認識し、それらがカバーする範囲内で安心できると理解することが重要だ。もし公的保障で不足と感じる部分があれば、その範囲で民間の保険の加入を検討するといった段階的な考え方が望ましい。
Q. 年金制度は将来も信頼できるのか?インフレリスクにはどう備えるべきか?
「年金は将来もらえない」という言説は、多くの場合、誤解に基づく極論だ。年金の受給額が減少する可能性はあり得ても、制度そのものが破綻し、受け取れる金額がゼロになることは考えにくい。なぜなら、年金制度は政治的に極めて重要な要素であり、国民全体の生活に直結するからである。厚生労働省が提供する公的年金シミュレーターを利用すれば、おおよその将来の受給額を知ることができる。自分の数字を把握することで、漠然とした年金不安の大部分は解消されるはずだ。

本当に心配すべきリスクは、年金制度の破綻よりも「インフレ」や「円安」による貨幣価値の目減りだ。例えば、将来もらえる年金額の数字は変わらなくても、その時のお金の価値が今より半分になっていれば、実質的な購買力も半減してしまう。預金でいくら貯め込んでいても、貨幣価値が下がればその影響を避けることはできない。
このリスクに備えるためには、貯蓄を円預金だけに集中させるのではなく、資産分散投資が有効である。NISAのような制度を活用し、株式や投資信託、特に外貨建て資産や不動産(リートなども含む)へ分散投資することで、インフレによる価値の減少や為替変動リスクに対応できる。
資産運用への誘いとして提示された2000万円問題は、発端こそ不適切だったが、「預貯金だけに頼らず、資産を適切に運用すべき」という根底の考え方は、現代社会において依然として重要であると言えよう。
Q. 漠然とした老後への不安を感じた場合、何から始めればよいか?
人は「未知」のものに対して不安を抱きやすい。老後生活は誰もが未経験の領域であり、情報不足のまま漠然とした不安を抱えるのは当然である。
この漠然とした不安を解消する第一歩は「現状把握」だ。まずは自身の将来の年金受給額や、現在の資産状況を正確に知ることが重要となる。上述した厚生労働省のシミュレーターを活用し、おおよその年金額を確認しよう。企業年金や退職金の金額も、会社に確認すればわかる。これらの具体的な数字を知るだけで、多くの不安は軽減されるはずだ。
メディアの報道は、不安を煽る傾向があることも忘れてはならない。経済的に困窮している高齢者の声は、報道のフックとして使われやすい一方で、経済的にゆとりのある高齢者の声はあまり取り上げられない。内閣府の高齢社会白書によると、65歳以上の高齢者の6割以上が経済的に心配なく暮らしているという結果が出ている。この「サイレントマジョリティ」の存在を意識すれば、過度な老後不安は払拭できるはずだ。