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台湾有事と日本の地政学
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2026年4月26日

複雑化する国際情勢において、地政学はビジネスパーソンの必須教養となった。日本のシーレーンを脅かす台湾有事のリスクから、中国の海洋戦略、米国の内情まで、地政学の専門家・田中孝幸氏が独自の視点を聞いた。 <ゲスト> 田中孝幸|国際政治記者 1998年日本経済新聞社入社。モスクワ支局員やウィーン支局長を...
「台湾有事は日本有事」だけではない! 地政学で読み解く南西諸島が直面する日本のリスク
国際情勢が日々変化し不安定さを増すなか、日本の安全保障を語る上で「地政学」の重要性はこれまで以上に高まっている。本稿では、日本経済新聞の田中孝幸編集委員兼論説委員の解説を基に、日本の生命線ともいえる南西諸島が抱えるリスク、そして「台湾有事は日本有事」と叫ばれる背景を地政学的な視点から詳細に読み解く。

台湾有事が日本にもたらす甚大な影響から、国際政治の知られざる力学、そして日本が取るべき具体的な国家戦略まで、読者が今知るべき最新の情報を提供する。日本を取り巻く複雑な現状を理解し、今後の指針を検討するための一助となるだろう。
Q. なぜ今、日本の南西諸島がこれほど重要なのか?
南西諸島は、日本のエネルギーや食料、物資を運ぶシーレーン、つまり海上交通路の最も重要な結節点である。現在、中東のホルムズ海峡の情勢不安がガソリン価格高騰などを引き起こしているが、南西諸島が不安定化した場合の日本経済への影響は、それを遥かに凌駕する。液化天然ガス(LNG)の東南アジアやオーストラリアからの調達、食料や工業製品の輸送といった、国民生活と経済活動の根幹を支えるサプライチェーンの維持に、南西諸島の安全は不可欠だからである。
日本にとって、ここはまさに“第二のホルムズ海峡”と言える極めて重要な拠点であり、その安全保障の確立は国家的な喫緊の課題と言えるだろう。
Q. 中国が南シナ海に固執する真の戦略的目的は何か?
中国が南シナ海の領有権を強硬に主張する背景には、深謀遠慮された軍事戦略がある。アメリカと対等な核戦力を構築しようとする中国にとって、核ミサイルを搭載した原子力潜水艦(SSBN)を敵国の監視から隠し、安全に展開・活動できる「深い海」が不可欠となる。そして、その条件を満たす唯一の海域が南シナ海だからである。
中国は南シナ海を事実上の「聖域」とすることで、核報復能力を確保し、アメリカへの戦略的抑止力を持つことを目指している。この目標達成のため、周辺国の反発を顧みずに海洋進出を強め、南西諸島を含む広大な海域を勢力圏に組み込もうとしているのである。
Q. 「第一列島線」「第二列島線」とは何か?これらは日本の安全保障にどう関係するのか?
「第一列島線」とは、中国軍の要人が提唱したとされる戦略ラインであり、日本の九州から沖縄、台湾を経てフィリピンに至る海域を指す。中国はこの内側を自国の防衛ラインと見なし、太平洋への進出を阻むこの「壁」の無効化を長期戦略に掲げる。したがって、日本列島や台湾は、中国から見れば太平洋へ出る上での「蓋」のような地政学的な障害物と認識されているのである。台湾の与那国島が台湾から約110kmと近距離にあることからも、この地域の重要性がわかるだろう。

一方で「第二列島線」は、小笠原諸島からグアム、サイパンを結ぶラインであり、これは主にアメリカが設定する絶対防衛線だ。中国は、かつての屈辱的な植民地化の歴史的経験から、アメリカに比肩する大国にならなければ、自国体制の安全が脅かされるという内向きな論理を持つ。そのため、第一列島線内の支配確立を、自国を守るための「正当な防衛行動」と正当化するのだ。日本の南西諸島は、この二つの列島線が重なり合うまさに最前線に位置しており、極めて重要な意味合いを持つと言える。
Q. 台湾有事が日本にもたらす経済的影響はどの程度深刻か?
「台湾有事は日本有事」と言われる最大の根拠は、その経済的影響の甚大さにある。有事が現実となれば、日本のシーレーンは壊滅的な影響を受け、その打撃はホルムズ海峡危機とは比較にならないだろう。液化天然ガス(LNG)の半分以上を占める東南アジア・オーストラリアからの輸入や、日本の食料自給に不可欠な飼料、そしてグローバルサプライチェーンの要である台湾からの半導体の供給が途絶えるからである。これはエネルギー、食料、半導体という現代経済の根幹を揺るがす「トリプル危機」であり、国家レベルの対応が必須となる。
さらに、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡も重要な要衝だ。第二次世界大戦中、日本の艦船が多数沈没した場所だが、現代においても原子力潜水艦の主要航路であり、国際インターネット網を支える海底ケーブルが集中する。この海域が封鎖されれば、世界の軍事、物流、情報通信が一挙に麻痺し、グローバル経済は未曾有の大混乱に陥るだろう。

日本の南西諸島は、中国軍の通信傍受などを行う情報収集(シギント)の拠点でもあり、日本の安全保障だけでなく、日米同盟における戦略的な価値も非常に高い。これらが損なわれれば、日本の安全保障基盤そのものが危うくなると指摘されている。
Q. 中国は国際社会の反発を顧みず、どのように影響力を拡大しているか?
中国は、その戦略的野心を国際社会の反発を顧みず着実に推進している。その特徴の一つが、南シナ海に設定した「九段線」に代表される、周辺国の主権を侵害する広大な領有権主張である。これを実行するために用いるのが「サラミ戦術」と呼ばれる手法だ。これは、例えば周辺国との船の衝突を繰り返し、小さな既成事実を粘り強く積み重ねることで、少しずつ実効支配を拡げていくやり方だ。

また、中国は沖縄と本土との間の歴史的な感情的溝を利用した政治工作も行う。これにより、親中世論を醸成し、長期的な影響力拡大を図ろうとする。本来、「戦わずして勝つ」のが最も賢明な策だが、近年の中国が軍事演習などによる威嚇に傾倒するのは、共産党内部の権力闘争が背景にある可能性がある。自身の弱体化を恐れる指導者が、国内向けに強硬姿勢を示すためだ。これは合理的な戦略を妨げ、独裁政権の危うさを示している。そして、アメリカが東南アジアへの関心が薄く、国内問題や中東情勢に目が向きがちな「戦略的無関心」の状態にあることが、中国による勢力圏拡大を助長する一因となっているとも考えられる。アメリカの外交姿勢に長期的な視点が欠けていることが、中国にとって付け入る隙を与えているのだ。
Q. ウクライナ戦争の教訓から日本が学ぶべきことは何か?
ウクライナ戦争は、現代の国際社会における厳しく現実的な教訓を日本に突きつける。最大の教訓は「核保有国に一度奪われた領土は、武力では極めて取り戻しにくい」という事実だ。経済制裁には戦争を止める効果が限定的であり、国家が侵略を思いとどまるには強力な軍事的な「抑止力」が不可欠だと明らかになった。
戦後の日本は「侵略しない」という自己制約に重点を置いてきたが、「侵略されない」ための備えについては議論が十分ではなかった側面がある。頼りにしてきたアメリカも、もはや「世界の警察」ではなく、自国の国益を優先する時代に突入した。過去のトランプ大統領の言動からも明らかなように、同盟国を守ることがアメリカの優先事項ではなくなっている可能性が高い。日本は、もはや他国に完全に依存するのではなく、自国の安全を自らの手で守るという厳しい現実と向き合う必要がある。
Q. 日本が喫緊で講じるべき国家戦略とは何か?
日本が今、喫緊で講じるべき国家戦略は多岐にわたるが、主に三つの柱が挙げられる。一つ目は「抑止の実装」だ。具体的には、自国のシーレーンを防衛する能力を向上させるため、海上自衛隊の活動領域拡大や装備の近代化を進めることが含まれる。他国との連携を強化しながら、日本の自前での防衛力を確立し、侵略を未然に防ぐ態勢を構築することが求められる。
二つ目は「経済安保の再設計」である。民間企業は経済合理性を追求するため、単一の供給源に依存しがちだが、国家レベルでは多様なサプライチェーンを確保する仕組みが必要だ。例えば、液化天然ガスや食料の調達先、主要部品の生産拠点を分散化させることが重要となる。これは平時には「無駄なコスト」に見えるかもしれないが、有事の際には国家の存続を左右する「保険」として機能するだろう。
三つ目は「分散と自立の徹底」である。調達先の多様化だけでなく、重要技術やインフラについても、他国への依存度を減らし、自国での供給能力を高めることが必要だ。南シナ海が常に平和であるという甘い前提を捨て、あらゆる事態を想定した「有事の備え」を強化しなければならない。これは政府だけでなく、企業や国民全体が現実を直視し、主体的に取り組むべき課題と言える。