PIVOT TALK SCIENCE
【宇宙のミステリー】人体に起きる「謎の症状」
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2026年5月11日

宇宙への移住が実現に近づく中、宇宙で人体に生じる「謎の症状」が注目されている。多くの宇宙飛行士に起きる「眼球」の変化とは?宇宙では一卵性双生児が増える?サイエンスライターの林公代氏に聞いた。 <ゲスト> 林公代|サイエンスライター (財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経て2000年からフリーライター...
【宇宙のミステリー】宇宙移住で人体に起きる「謎の症状」
宇宙への移住が現実のものになりつつある中で、人類の身体が宇宙の特殊環境にどう適応し、いかなる課題に直面するかは喫緊のテーマである。過酷な放射線、骨や筋肉の急激な変化、多くの宇宙飛行士を悩ませる「目の問題」、そして未解明な「血栓」発生の謎。さらに、宇宙での生命誕生とその成長への影響まで、最先端の宇宙医学は、私たちの身体と「重力」に関する常識を揺さぶる知見を次々と明らかにしている。本稿では、専門家の洞察に基づき、宇宙が人類に問いかける深遠なテーマをQ&A形式で深掘りする。

Q. 宇宙での生活は人体にどのような影響を与えるのか?
宇宙滞在で最も重大なリスクは放射線であり、宇宙飛行士の生涯被曝許容量が滞在期間を厳格に制限する。無重力環境では、骨からのカルシウム溶出が地上の骨粗鬆症患者の約10倍、筋肉の衰えが寝たきり患者の2倍以上の速度で進む。これは、身体から重力負荷が失われるためだ。宇宙到達直後には、体液の頭部移動による「ムーンフェイス」や宇宙酔いも発生するが、これらは一時的な適応現象である。
Q. かつて深刻だった「骨や筋肉の減少」は、現在克服されているのか?

骨や筋肉の急激な衰えは、かつて宇宙長期滞在の主要な課題だった。しかし、現在の国際宇宙ステーション(ISS)では高性能な運動機器が備わり、地上の専門家が設計した厳密なトレーニングプログラムにより、この課題はほぼ解決している。宇宙飛行士は毎日約2時間の有酸素運動と筋力トレーニングをこなすことで、重力が欠如することで失われる身体への負荷を人為的に補い、骨量と筋力の維持に成功している。
Q. 全宇宙飛行士に起きる「目の問題」と「命に関わる血栓」の謎とは何か?
骨と筋肉の問題解決が進む一方で、新たな深刻な課題が浮上した。一つは、ほぼ全ての宇宙飛行士に生じる「目の問題」だ。無重力下では体液の頭部集中が眼球内の脈絡膜を肥厚させ網膜を圧迫する結果、近くが見えにくくなる。症状自体は年齢によるが、眼球の変化は全員に起きる。さらに、一部では視神経の蛇行や眼球後部の扁平化など、原因不明の構造的変化も確認され、長期ミッションでの影響が懸念される。
もう一つは、宇宙飛行士の首の静脈で発見された「血栓」だ。命に関わるため、宇宙で緊急治療が行われた事例もある。無重力で頭部から心臓への血流が滞留することが原因の一つと推測されるが、メカニズムは未解明。これらの新課題に対する原因究明と対策は喫緊の課題だ。
Q. 宇宙空間の「閉鎖環境」は宇宙飛行士の精神にどう影響するか?

宇宙ステーションのような閉鎖空間は、肉体だけでなく宇宙飛行士の精神にも大きな負担をかける。「逃げ場のない」環境が、地上の気分転換やストレス解消法を不可能にし、精神的な孤立感や負荷を高めるからだ。飛行士は事前に模擬環境で訓練を受け、ストレス自己把握ツールの活用、地上の専門家との定期的なセッションを通じて、精神状態を綿密にケアしている。今後は多様な民間人が宇宙へ向かうため、メンタルケアはますます重要かつ複雑な課題となるだろう。
Q. 宇宙で生命は誕生し、子どもは健やかに育つのか?
宇宙空間での生命誕生と成長に関する研究は画期的な成果を見せる。JAXAと山梨大学の研究では、マウスの受精卵が無重力下でも「胚盤胞」という初期発生段階まで正常に育つことを世界で初めて確認した。これは哺乳類の初期発生に重力が必ずしも必要ではないことを示唆する。興味深いことに、培養された胚盤胞の約25%で、胎児となる細胞が2箇所に分離する現象が見られ、一卵性双生児が宇宙ではより多く生まれる可能性を秘めており、今後の研究が期待される。
しかし、初期発生が確認されても、低重力環境で胎児が健やかに成長し、生まれた子どもが健全な骨格などを形成できるかは不明だ。特に骨形成など、特定の成長段階で地球と同程度の重力(1G)が必要になる可能性は指摘される。そのため、月面での定住などには、妊娠・出産・育児のために遠心力で地球重力を再現する「人工重力施設」が不可欠なインフラとなるだろう。
Q. 宇宙開発は「重力に関する人類の常識」をどう変えるか?

宇宙開発は、私たち人類がこれまで当たり前としてきた「重力」の概念に対し、根本的なパラダイムシフトをもたらそうとしている。宇宙飛行士の向井千秋氏は「私たちは重力を選ぶ時代だ」と語った。これは、地球の重力が生命にとって唯一最適な環境ではないことを示唆する。例えば、低重力環境は、骨折者や病気で移動が困難な人々にとって、リハビリや自由な生活を可能にする福音となるかもしれない。宇宙から物事を考察することで、地球の常識がいかに狭い範囲のものであるかを認識し、重力、生命、時間といった普遍的な概念さえも新たな視点で再定義する契機となるだろう。この、当たり前を打ち破り、思考の枠を広げる力こそ、宇宙開発の真の面白さだ。