令和ルポ
【フルバージョン】伊藤昌亮氏インタビュー
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2026年4月18日

高市首相の熱狂的ファンの真相とは。政策と支持の関係性とは?庶民に対する対応策とは?政治から見る「保守とリベラル」とは何かについて伊藤昌亮氏に聞いた。 <ゲスト> 伊藤昌亮|成蹊大学教授 東京外大卒業、東大大学院博士課程修了 日本IBM、ソフトバンク、愛知淑徳大学准教授、独エアランゲン大学客員研究員...
高市政権の勝因に読み解く現代政治の深層とは?
仮に発足した「高市政権」が国民から圧倒的な支持を得たとして、その背景にある真の勝因は何だったのだろうか。
従来型の「左右対立」だけでは語り尽くせない現代政治の複雑な構図を、政治の専門家が深掘り分析する。
有権者が政策ではなく印象で選ぶ時代、SNSが選挙に与える影響、「反リベラル」「反マスメディア」の一般化、そして「市民」と「庶民」の新たな分断。
多層的な対立軸とメディアの変革が求められる中、言葉にならない庶民感情の声をいかに掬い上げるかが、民主主義の未来を左右すると語る。

Q. 高市政権の圧勝は社会の「保守化」を示しているか?
高市政権の圧勝は、日本社会が単純に保守化したと捉えるだけでは不十分だ。その本質は「左右対立」ではなく、二つの新たな対立軸、すなわち「新旧対立」と「上下対立」にある。
高市氏が新しく、旧来の政治勢力が古く見えたという印象が有権者に強く働きかけた面が指摘される。また、最も重要な要素が「上下対立」の解釈だ。従来リベラルが重視してきた貧困層やマイノリティの救済ではなく、マジョリティであるにもかかわらず苦境に立たされている「ローワーミドル」(中間層の下層)に高市氏が焦点を当てたことが、社会のボリュームゾーンからの圧倒的な支持獲得につながったのだ。
Q. 有権者はなぜ政策よりも「印象」や「キャラクター」で政治家を選ぶのか?
有権者の多くは、政策の中身や効果を厳密に分析しているわけではない。例えば「積極財政によって景気が良くなる」「安全保障を強化して国を守る」といった政策がもたらすポジティブな「印象」や、感情に訴えかけるメッセージに動かされている。
高市氏のSNS上の切り抜き動画などで見られるように、政策説明よりも「これだけ頑張ってきた私だから、あなたも頑張れる」といった自己啓発的なメッセージが感動的なBGMとともに拡散される現象は、この傾向を象徴している。
これは政治家というより、ロールモデルとして見られている状態だ。有権者は社会をどう良くするかという政治的課題よりも、自分がどう生きるか、いかに困難を乗り越えるかという個人的な問いに答えるキャラクターを求めているのである。選挙はもはや、アイドルを応援する「推し活」のようなものとして機能していると言える。
Q. 「反リベラル」「反マスメディア」が今や主流の感情となったのはなぜか?
かつてのネット右派のアジェンダであった「嫌韓」や「歴史修正主義」は後退し、代わりに「反リベラル」「反マスメディア」「排外主義」がネットの枠を超えて一般化した。

特に反リベラルと反マスメディアは、今や特別なイデオロギーではなく、「普通の庶民感情」と化している。
リベラルが掲げる「反戦、反貧困、反差別」という普遍的価値は、現代社会の複雑な現実に対応しきれておらず、一部の層には独善的に映ることが少なくない。例えば、国防面での周辺国の脅威、中間層の負担増加、そして「弱者男性」の問題など、リベラルの掲げる正義が庶民のリアルな感覚から乖離しているのだ。
さらに、マスメディアがリベラルな価値観と結びつき、庶民の声を代弁してこなかったという不満が「反マスメディア」という形を取り、広範囲にわたって市民感情として爆発したと言えよう。
Q. 現代社会における「市民」と「庶民」の新たな分断とは何か?
現代の政治対立の本質は、もはや従来の左右だけでなく、「文化資本」を巡る「上下対立」である。
すなわち、知識や学歴を持ち、社会を論理的に設計しようと試みるリベラルな「市民」層と、日々の生活感覚や暗黙の知恵を重んじる「庶民」層の間に、明確な分断が生じている。
SNSの普及は庶民に声を発する機会を与えたが、彼らは体系立てて自らの不満を言語化する訓練を受けていない。そのため、彼らの声は陰謀論や感情的な発言として表出されやすく、リベラル層からは「タワゴト」として片付けられてしまいがちである。
この言語化できない、しかし切実な声の代弁者が、高市氏や参政党のような既存のリベラルの枠組みに収まらない勢力として支持を集めることになるのだ。
Q. 言葉にならない庶民感情に対し、ジャーナリズムはどのように向き合うべきか?
分断が進む現代において、ジャーナリズムの役割は安易な「批判」や「対抗」にとどまらず、人々の声を深く「傾聴」することへとシフトすべきである。政策の提言やリサーチを通じて、彼らが何を求め、何を不安に思っているのかを探ることが重要となる。

その際、インタビューで見せかけの「ナラティブ(物語)」を語るのではなく、その裏にある個々人の「エピソード(経験)」に耳を傾け、なぜその思想や感情に至ったのか、その人生の背景を丹念に発掘する必要がある。
デモの現場など、自己表現が苦手な人々が集まる場所には、言葉にはならない「ムード(雰囲気)」が充満している。ジャーナリストは、こうした非言語的な感情をも捉え、その本質を社会に伝え、建設的な世論へと昇華させるべきだ。
有料情報と無料情報で分断されたメディアの現状も課題である。庶民の成長欲求に応えつつ、無料の世界でいかに質の高い情報を提供し、彼らの声を社会の力に変えていくか、ジャーナリズムの新たなビジネスモデルと役割の確立が急務と言える。