令和ルポ
【フルバージョン】與那覇潤氏インタビュー
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2026年2月15日

誰もが誤解する「保守」の真意。保守が直面する歴史の矛盾とは。現代保守混乱の理由とは。保守化する日本について與那覇潤氏に聞いた。 <ゲスト> 與那覇潤|評論家 1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。著書に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』...
「保守」はどこへ行くのか? 日本政治の深層にあるカオス
日本社会で「保守化」が叫ばれて久しい。参院選での特定政党の躍進、さらには高市早苗議員を総理候補と見なす動きなど、枚挙に暇がない。
しかし、これらの動きを捉える際、「保守」という言葉が表す実体は曖昧になりがちではないだろうか。そもそも「保守」とは一体何か。
本記事は、歴史学者で評論家の與那覇潤氏へのインタビューを通じて、日本の「保守」がたどってきた道のり、その特異性、そして現在直面する混迷の根源を多角的に分析する。現代日本における「保守」という概念を巡る問いに、その深淵を解き明かし、未来の展望を探る。

Q. 「保守」という言葉の本来の意味とは何か?
「保守」は字義通り「保ち、守る」という意味を持つ。本質は「メンテナンス」に尽きると與那覇氏は述べる。
エレベーターが安全に動き続けるために定期点検が必要なように、社会の仕組みが滞りなく機能するよう手入れをすることこそ、保守の基本姿勢である。
急激な変革を避け、現状を維持しつつ調整を加える穏健さが、本来の保守主義の中核にあると言えよう。
Q. なぜ日本の「保守」は従来の定義から乖離していったのか?
この乖離の起点は、小泉純一郎政権が挙げられる。
自民党という保守政党のリーダーが「ぶっ壊す」「改革する」といったスローガンを掲げ、既存の制度を根本から変えようとしたことで、保守の持つ「保ち守る」というイメージが大きく揺らぐこととなったのだ。

この時以降、現状のシステムを「メンテナンス」するのではなく、「入れ替えるべきもの」と主張する人々が「保守」を名乗るという矛盾が生じ始めたのである。
Q. 日本と欧米の「保守」の根本的な違いは何にあるのか?
欧米における保守は、フランス革命のような内発的な急進的近代化に対し、その行き過ぎを危惧し「ブレーキをかける」役割を担った。旧体制や伝統の擁護が主な動きである。
一方で、日本の近代化は黒船来航に代表される「外圧」を契機としており、欧米諸国に追いつくための「他律的」なプロジェクトであった。そのため、日本では近代化を「推進」した側が保守と呼ばれ、その役割は欧米と完全に逆転していたのである。
Q. 日本の「保守」はなぜ近代化と不可分になったのか?その中で「明治スタイル」に固執する理由は何であるか?
日本にとっての近代化は、外部からの圧力に応じるための生存戦略であった。それゆえ、その推進を担った者たちが保守として認識されるようになった。結果として、日本の保守派が理想とするのは、自らが推進した近代化の象徴とも言える「明治スタイル」となる。

夫婦同姓、男系男子による皇位継承、靖国神社参拝などの要素は、日本古来の伝統というより、明治時代に制度として確立されたものが多い。
本来であれば、既存のものを温存する立場である保守が、革命的な変革だった明治を理想視し固守することは、一種のねじれ現象を体現していると言える。
Q. 日本社会において欧米的な「保守」も「リベラル」も根付きにくいのはなぜか?
與那覇氏は、日本の特殊な歴史的土壌をその理由に挙げる。特に、江戸時代の「村社会」の伝統は、欧米的な政治思想が根付く土壌を欠くものであった。
村社会では、農業などの共同作業が生活に不可欠であり、個人の自由な意思よりも「村八分」を避けるための同調圧力が強力であった。
強力な独裁者は生まれなかったものの、個人の権利主張が抑制されるこの文化は、欧米的な「保守」も「リベラル」も、その思想の「根っこ」を日本に持つことを困難にしているのである。
Q. 「外部の承認」が拠り所であった日本の「保守本流」はなぜ機能を失ったのか?
戦後日本の保守本流は、吉田茂や池田勇人に象徴されるように、外国(特にアメリカ)からの承認を得ることを、自らの政治的権威の源泉としてきた。
外国から「100点」評価を得て、それを国内政治における支持の礎とする手法である。
しかし、思想家・山本七平が70年代に予言した通り、模倣すべき絶対的な「モデル国」が存在しなくなった現代、例えばトランプ政権の登場などにより、この外部依存型の政治手法は機能を喪失している。
これにより、日本の保守本流は自らの拠り所を失い、深い混乱に陥っていると言えよう。
Q. 現代日本の「保守政治」が陥る「原理主義化」の背景と、その帰結には何があるか?
機能不全に陥った従来の「メンテナンス」路線は、保守派に「そもそも我々は何者か」というアイデンティティの問いを再燃させた。
例えば自民党が結党当初に掲げた憲法改正論議の再燃などは、まさにこの「原点回帰」の表れである。
しかし、この「原点回帰」は、現実との妥協を許さない「原理主義化」へとつながり、強烈な支持を得やすい半面、プーチンやトランプに見られるような現実無視の危険な行動を誘発する恐れがある。

日本の現状は、快適な生活維持に必要な外国人労働力の受け入れや、皇位継承問題に見られるように、伝統に固執すれば立ち行かなくなる局面にある。だが、原理主義化した保守はこれを受け入れられず、社会を困難に導いているのが実情である。
Q. 混迷する日本政治の中で、今後の「保守」に求められるものとは何か?
現代の保守政治家は、支持を得るために原理主義的な「ポーズ」を取るが、実際の政策では従来のメンテナンス路線に戻らざるを得ないという自己矛盾を抱える。また、国内政治は、ある政党が過激な主張で人気を得ると他党も追随する「パンドラの箱の開け合い」状態に陥り、刹那的な「バズり」に安易に流されがちである。
これからの時代に真に求められる「保守」とは、こうした「バズり」に殺到せず、冷静に現実を直視し、心理的な抵抗を伴う現実を受け入れつつも、社会が成熟した形で変化に適応していくのを助ける賢明な態度を指す。
急激な変革がもたらす危うさを知り、漸進的な変化を促すことこそが、本来の保守の役割であり、日本の未来を開く鍵となろう。