政策超分析
世界の「スパイ最前線」/中国スパイの脅威/ロシア&モサドの暗殺術
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2026年2月12日

「政策超分析」では、専門家が政策や国際情勢を徹底解説。今回のテーマは「インテリジェンス」。前編は、世界の「スパイ最前線」。 <出演者> 峯村健司|キヤノングローバル戦略研究所 上席研究員 元朝日新聞編集委員。中国に関する報道により2010年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞 小谷賢|日本大学危機管...
世界の「スパイ最前線」/中国スパイの脅威/ロシア&モサドの暗殺術
国際社会は、冷戦終結から続く比較的穏やかな時期を経て、再び激しい情報戦の時代に突入した。サイバー空間の拡大、SNSの普及により、スパイ活動の手法は一層複雑化し、国家間の暗闘は私たちの日常生活にも影を落としている。伝統的な諜報活動から現代の経済スパイ、情報操作、さらには権力闘争における異質な手法まで、今、世界で何が起きているのか。その実態をQ&A形式で解き明かす。

Q. インテリジェンスとは一体どのような活動を指すのか?その種類には何があるのか?
インテリジェンスとは、国の政策決定のため情報の収集・分析・評価を行うプロセス全体を指す。単なる生の情報とは異なり、国益に資する付加価値のある「知恵」だ。現代国家運営に不可欠なものである。

主要な情報収集手法は五つに分類される。新聞やネット情報「OSINT」、人間を介する「HUMINT」、通信傍受「SIGINT」、偵察衛星などを用いた画像「IMINT」、そして事件の痕跡を分析する科学技術情報「MASINT」だ。特にIMINTは、地上数十センチ単位で物体を識別でき、物理的な調査なしに情報を得ることを可能にする。
Q. なぜ中国のロンドン大使館計画が国際的な懸念を引き起こすのか?
中国がロンドン中心部に巨大大使館を建設する計画に対し、国際的な懸念が生じている。大使館の地下には208もの小部屋があり、反体制派の中国人を監視・拘束する施設として利用される可能性があるからだ。中国政府が国外での反体制活動の芽を摘み取ろうとする強い意思の表れと見られている。

建設予定地は金融街シティに近接し、敷地の地下からわずか1.7メートル先に重要な光ファイバーケーブルが通っている。中国が盗聴器を仕掛け、金融機密や重要情報を盗む危険性が指摘されている。不自然な設計変更もあり、経済的依存から計画を止められないイギリス政府は、安全保障上の大きな課題に直面している。
Q. 中国が社会全体を浸食する「統一戦線工作」と「投網方式」の巧妙な手口とは?
中国の情報活動は、対象国の社会全体を内側から自国に有利に変革する「統一戦線工作」を基盤とする。政界、財界、学会、メディア、教育機関などあらゆる層に深く浸透し、親中的な世論と人脈を形成する狙いがある。監視が手薄な地方政府から浸透する「農村が都市を包囲する」戦術もその一つだ。
この手法は、プロのスパイではなく一般人を幅広く対象とする「投網方式」を採用する。中国の国家情報法により、全ての中国籍保持者に情報活動への協力が義務付けられており、在外中国人も潜在的なスパイとなるため、活動は広範で判別が困難となる。
フィリピンのバンバン市長アリス・グオ氏の疑惑はその好例である。中国人女性の指紋と一致し中国籍を隠した市長とされた。スパイ行為の決定的な証拠はないが、関与するカジノ施設が米軍基地や台湾有事の要衝に近いことから、米軍動向を探る拠点だった可能性が高い。
Q. 日本で横行する中国の産業スパイ活動の現実と、その動機とは?
日本での中国による産業スパイ活動が顕著だ。手口は主に二つある。「操作型」は国家情報法に基づき技術を持つ在日中国人に情報持ち出しを指示するものだ。JAXAへのハッキング事件では留学経験者の関与が指摘された。
もう一つは「潜入・引き抜き型」で、企業に直接スパイを送り込んだり、SNSで日本企業の不満を持つ技術者に高待遇を提示し引き抜いたりする。彼らは「シンガポールのコンサル会社」などを名乗り、中国軍系との関連を見えにくく偽装することが多い。
中国が産業スパイに注力する最大の動機はコスト削減である。中国企業の年間研究開発費は、欧米や日本の一般的な10〜20%に対しわずか約1%と低い。自社開発より他国の高度技術を盗用する方が、遥かに安上がりで迅速だと判断しているため、リスクは高まり続けている。
Q. ロシアをはじめとする各国のスパイ活動や暗殺の手法には、どのような特徴があるのか?
ロシアのスパイ活動は、経済制裁下の技術入手のため古典的な勧誘術を用いる。道案内や飲食店紹介など日常の交流から接近し、段階的に要求をエスカレートさせる手口が典型だ。本人が気づかぬまま取り込まれるケースも少なくない。

「ハニートラップ」も映画だけでなく現実で頻繁に用いられる。バーやカラオケで偶然を装い接近し、秘密を盾に脅迫して協力者に仕立て上げる。男性だけでなく女性にも仕掛けられ、旧東ドイツの「ロメオ作戦」ではイケメンスパイが女性政治家を籠絡した。
暗殺手法も国によって異なる。ロシアは毒殺専門の部署を持ち、放射性物質や毒物で標的を殺害する。イスラエルは爆殺を好む。一方、中国は直接的な暗殺ではなく「社会的抹殺」を用いる。政敵を収監後、医療拒否や睡眠薬剥奪で衰弱死させるなど、病死に見せかけ対象を排除する冷酷な方法だ。
Q. 「スパイ天国」とまで言われる日本のスパイ対策の現状と、その克服に向けた課題とは?
「スパイ天国」と揶揄される日本のスパイ対策は、大使館前の張り込みや尾行といったアナログな手法が中心だ。スパイ活動を行う者は徹底した訓練を受けており、巧妙な手段で監視を振り切るため、この方法だけでは限界がある。
日本がスパイ対策で抱える最大の問題は、スパイ行為そのものを取り締まる法律(スパイ防止法)が存在しないことだ。これにより、明確なスパイ活動の疑いがあっても、別の犯罪行為がなければ逮捕も阻止もできない。この法的欠陥が、日本をスパイにとって活動しやすい環境にしているのだ。
現代の諜報活動に不可欠な「通信傍受」を日本は実質的に導入できていない。憲法上の「通信の自由」やプライバシーの権利との兼ね合いから、電話やSNSなどの傍受が極めて難しい状況だ。国民のプライバシー保護とのバランスを見極めつつ、実効性ある法整備を急ぎ、現代の情報戦に対応する能力を構築することが喫緊の課題である。