政策超分析
国債頼みに限界は?/積極財政と財政健全化は両立するか
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2026年1月31日

「政策超分析」では、専門家が政策や国際情勢を徹底解説。今回のテーマは「衆院選の争点」。後編では、高市政権の財政政策を検証する。 <出演者> 会田卓司|クレディ・アグリコル証券 チーフエコノミスト ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士課程単位取得。メリルリンチ日本証券、バークレイズ、ブレヴァン・ハワー...
国債頼みに限界は?/積極財政と財政健全化は両立するか
「日本の借金は1000兆円を超え、財政は火の車」という言葉を耳にするたびに、漠然とした不安を覚える人は多いだろう。この認識は果たして真実なのか、あるいは一般的なイメージとは異なる実態があるのか。
本稿では、国の財政に関する多角的な視点から、国債発行の真のメカニズム、日本企業の貯蓄傾向、家計の現状、そして「責任ある積極財政」が目指す経済の方向性までをQ&A形式で解説する。
巷に溢れる議論の真偽を見極め、日本の財政の隠れた強みと課題、そして持続可能な成長への道を紐解いていこう。

Q. 日本の「国の借金1000兆円」は本当に危機的な状況なのだろうか?
国の負債を語る際、「借金残高」ばかりに注目するのは実態を捉え損ねる恐れがある。国の財政は家計とは異なり、負債の裏には必ず資産が存在するため、その両面を総合的に見る必要があるのだ。
日本政府は、確かにGDP比217%という巨額の負債を抱えている。しかし、同時に外貨準備や年金の余剰資産、民間への貸付金など、金融資産も大量に保有している。
負債からこれらの金融資産を差し引いた「純負債」でみると、日本の数値はGDP比マイナス80%程度まで大幅に圧縮される。これは他国と比較しても決して悪い水準ではないのだ。

さらに重要なのは、企業部門の状況である。日本企業は過去30年以上にわたり債務返済を優先し、世界的に見て極めて異例な「純資産」の状態にある。企業が投資のための借金をするのが通常である諸外国とは対照的に、日本企業は国内に資金需要が乏しく、潤沢な現預金を内部に貯め込んできた。
この政府と企業、両部門を合わせた「経済全体の負債構造」でみると、日本の純負債はGDP比でマイナス71%と算出される。これは米国のマイナス300%、ユーロ圏のマイナス117%と比較しても、際立って強固な財政基盤を持っていることを意味するのだ。単に国の借金だけを見て財政破綻を叫ぶのは、日本経済全体の健全性を見誤るものと言える。
Q. 国債が増え続けても、日本の財政は本当に破綻しないのか?
政府と企業を合わせた日本経済全体の純負債は他国と比較しても強固であり、新たな国債発行による投資余力は十分に残されていると言える。企業が貯蓄過剰であり、国内の資金需要が弱い日本では、政府が国債を発行しても民間から資金が円滑に吸収され、金利が上昇しにくい構造となっているからだ。この点が、日本の政府債務残高の規模に比して、利払い費が低く抑えられてきた理由の一つである。

ただし、財政には「程度」の問題があることを忘れてはならない。経済の基礎条件の変化によって、過度な国債発行や長期金利の急騰は財政を圧迫する可能性がある。例えば、もしインフレ率が現在以上に高進し、金利も4〜5%まで上昇する事態となれば、毎年発生する巨額の借り換え債を民間が吸収しきれなくなるリスクは否定できない。
日本の現状は、実質金利がマイナスで円安圧力が続く一方、利上げすれば財政が圧迫されるという板挟みの状況である。政府の財政運営においては、過度な楽観論も過度な悲観論も避け、金利やインフレの動向、そして民間の資金需要の状況を複合的に考慮しながら、慎重な舵取りが求められるのだ。
Q. 財務省が「国債は税金で返さない」と明言?「60年償還ルール」の正体とは?
「国の借金は国民のツケとして将来世代が税金で返済しなければならない」という考え方は、個人の家計における借金の常識から派生したものだが、国家財政においては全く異なる。
国は個人と違い寿命がなく、「永遠の存在」である。そのため、満期を迎えた国債は税金で償還(完済)するのではなく、新たな国債を発行して「借り換え」を続けるのが世界の常識である。
このことは日本の財務省自身も認めており、自民党の会合において「国債60年償還ルールは、あくまで公債政策に関する政府の節度ある姿勢を示すために導入されたものであり、文字通りの減債(国債発行残高の減少)を目指すものではなかった」と公式見解を表明している。つまり、国債は将来の税収で返済することを前提としていないと、国が公に認めたのだ。
長年、あたかも国債が将来の国民の重荷であるかのように誤解を生んできた「60年償還ルール」は、実態を伴わない「お化け」のような存在と言える。この見かけ上の制度によって、不必要に投資が躊躇され、財政規律が過剰に叫ばれる結果に繋がった側面があるだろう。
Q. 日本の歳出を圧迫する「国債費」の本当の姿とは?
日本の財政議論において、歳出の25%以上を「国債費」が占め、「過去の借金のツケが財政を圧迫している」と批判されることがよくある。しかし、この「国債費」の内訳には大きな問題が隠されているのだ。
国債費は「利払い費」と「債務償還費」で構成されるが、前述の「60年償還ルール」に関連して計上される債務償還費は、実際に現金が償還されるわけではなく、借り換えによって賄われる、いわば「見かけ上の支出」である。
国際的な財政統計においては、この実体のない債務償還費は歳出に含めない。さらに利払い費についても、政府が保有する金融資産から得られる利子収入を差し引いた「純利払い費」で評価するのが一般的である。国際標準に照らして日本の歳出を見直すと、実質的な国債関連費用は歳出全体のわずか6%程度に過ぎない。米国は同じ基準で比較すると約14%の国債費を計上しており、いかに日本の「見せ方」が実態を歪めているかが明らかとなる。
この特殊な会計処理が、「国債で投資をすれば財政はさらに悪化する」という誤解を助長し、必要な財政出動を阻害する一因となってきたと考えられるのだ。
Q. 現在の日本におけるインフレの原因は何か、そしてその対策として何が考えられるか?
長らくデフレに苦しんできた日本経済において、ようやく2〜3%のインフレが見られるようになった背景には、いくつかの要因がある。最も重要なのは、コロナ禍における政府の大規模な財政出動によって、家計に一時的に所得が大きく回ったことである。
これにより、消費者は物価上昇を受け入れるだけの購買力を一時的に持ち、輸入物価の高騰をきっかけとした企業の価格転嫁を可能にした結果、インフレが発生したと分析できる。つまり、インフレは経済の縮小力を打ち消し、家計に資金が回ったことで生まれたポジティブな側面を持っていたのだ。
しかし、現在この状況は再び変化しつつある。政府の資金需要はすでに落ち着き、企業も過剰な内部留保を続けている。結果として、コロナ禍で家計に回った資金は、すでに企業と政府に吸収され尽くし、家計の貯蓄率は市場最低水準にまで低下している状況だ。所得の低い層を中心に、将来への貯蓄が全くできないほど困窮している家計も少なくない。
このような状況で政府が財政支出を絞る「緊縮財政」に舵を切れば、消費者の購買力はさらに低下し、企業もさらなる価格転嫁が困難になるだろう。これは再びデフレ圧力が高まるリスクを孕む。インフレの持続性を確保し、実質賃金の上昇へと繋げるためには、再び家計に所得を回す経済政策が不可欠となるのだ。
Q. 「責任ある積極財政」が目指す「ちょうどいい」財政運営とはどのようなものか?
「責任ある積極財政」とは、単なる財政のバラマキではない。経済を健全に成長させ、国民の生活を安定させるために、「使いすぎ」も「使わなすぎ」も避けた「ちょうどいい」財政支出の維持を目指す政策を指す。

その適正水準を測る重要な指標が、「企業と政府を合わせたネットの資金需要」である。この資金需要は、長年の日本のデフレ期にはGDP比ゼロ%で推移し、経済を膨らませる力が全くなかった。家計に所得が回らず、実質賃金も停滞し続けたのは、このためである。
コロナ禍では、政府の積極財政によってネットの資金需要は一時的にマイナス5%程度まで拡大し、家計への所得循環が促された。この「GDP比マイナス5%程度」が、まさしく「ちょうどいい」水準の目安と捉えられる。
一方で、米国や英国がコロナ後に経験したように、資金需要がマイナス15%にも達するような過剰な財政出動は、金利高騰を伴う悪性インフレを招くリスクがある。適切な水準で財政支出をコントロールすることで、金利の安定を保ちつつ、家計所得を確実に増加させ、持続的な2%程度の物価上昇と実質賃金の上昇を両立させることが「責任ある積極財政」の狙いである。
財政運営においては、プライマリーバランスの黒字化に固執するのではなく、名目経済成長率とのバランスを取りながら、「債務残高の対GDP比」を中長期的に安定的に引き下げていく視点が極めて重要となる。成長を促すための投資に裏付けられた適度な財政赤字は、将来のより大きな経済的果実を生むための必要経費なのだ。