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2026年1月25日

昨季、日本一に輝いたソフトバンクホークス。その躍進を支えた影の立役者が、「メンタルは性格ではなく技術である」と説く伴元裕氏。ビジネスや教育の現場でも応用できる、大舞台で結果を出すための「メンタルスキル」に迫る。 <ゲスト> 斎藤 隆|野球解説者 伴 元裕 |メンタルパフォーマンスコーチ 岡田友輔|...
スポーツ選手のパフォーマンスは、肉体的な能力だけでなく「心」の状態にも大きく左右される。この「メンタル」を、従来の「根性論」や「精神論」とは一線を画し、「トレーニングで鍛えられる技術」として捉え、選手の力を最大限に引き出す新しいアプローチが注目されている。
本稿では、商社マンからプロ野球・ソフトバンクホークスのメンタルパフォーマンスコーチへと異色の転身を遂げた伴元裕氏が提唱する、メンタルをスキルとして捉え、「集中」を操るその極意を深掘りする。その知見は、プロアスリートだけでなく、ビジネスパーソンや日常生活を送る全ての人々にも役立つ示唆に満ちている。

伴元裕氏の経歴は異色である。7年間の商社勤務を経て渡米し、デンバー大学大学院でスポーツ心理学を修了、その後ソフトバンクホークスのメンタルパフォーマンスコーチに就任した。
転身のきっかけは、テニスプレーヤーとしての自身の経験や、商社での仕事の中で感じた「心の持ちようがパフォーマンスに直結する」という実感だ。時間を浪費していると感じる日は成果が出ず、逆に仕事に価値を見出して集中する日は生産性が上がるという経験が、心とパフォーマンスの関係への興味を掻き立てた。
ソフトバンクホークスへの加入は、球団フロントからのSNSのダイレクトメッセージが発端であった。驚くべきことに、その背景には、複数の主力選手からの「メンタルの専門家を雇ってほしい」という具体的な要望があった。選手主導で新たなアプローチが求められた形である。
一方で、日本のプロ野球界は、メジャーリーグや他のアマチュア競技と比較して、メンタルコーチの導入が遅れていた。これは「根性論」や「精神論」が根強く残る“昭和な体質”が一因とされている。トレーナー職も鍼灸師が中心であるなど、科学的な身体ケアやメンタルサポートの導入が進みにくい土壌があった。

伴元裕氏は、メンタルを「メンタルが強い」「メンタルが弱い」といった先天的な性格や性質として捉えるのではなく、「トレーニングによって後天的に鍛えられる技術(スキル)」として定義する。
これはメジャーリーグをはじめとする世界のスポーツ界の主流となりつつある考え方であり、メンタルパフォーマンスコーチの主な役割は、選手の心を「整える」ことではなく、「何に注意を向けるか」「何に集中するか」を選手自身がコントロールできるよう支援することにある。これは再現可能な「スキル」であると伴元裕氏は述べている。
このアプローチの根本には、「気持ちや感情は直接コントロールできないが、注意の向け方はコントロールできる」という考え方がある。パフォーマンスを最大限に発揮するためには、意識を意図的に必要な方向へ導く能力こそが重要とされる。
不安や緊張といった感情を「消そう」とするアプローチは逆効果となる。ゴルフの例で言えば、「池に入れたくない」と強く意識すればするほど、かえって池にボールが行ってしまうのと同様である。意識的に何かを考えないようにすればするほど、その対象に強く囚われてしまう心理状態だ。
正しいアプローチは、まず不安や緊張の存在を認識し、「これは存在する感情である」と認めることから始まる。その上で、「では、最高のパフォーマンスを発揮するために今何に集中すべきか?」と、意識を積極的に「今コントロールできる行動」へと切り替える訓練をすることだ。
野球選手であれば、「ここで打てなかったらどうしよう」「エラーしたら交代させられるかもしれない」といった未来への不安や結果への意識は常に生じる。しかし、それらの思考に囚われた場合でも、すぐに気づき、「今、自分のパフォーマンスを向上させるために集中すべき点は何か」という“自分だけの集中ポイント”に意識を戻せるスキルこそが、一流の証であると氏は説く。
伴元裕氏は、各選手との綿密な対話を通じて、個々のパフォーマンス向上を支援する。特に、「前年で最高のパフォーマンスが出た試合」と「そうでない試合」を選手に振り返ってもらい、その時に自身の頭の中に何が起きていたかを徹底的に言語化させる作業から始める。これにより、「自分がどんな時に良いパフォーマンスを出せていたか」という自分なりの集中ポイントを明確化させる。
具体例として、大きく「覚醒」を遂げた野村勇選手のケースが挙げられる。野村選手は「三振が多く、当たればホームランだがなかなか当たらない」という課題を抱え、ミート率向上を目指していた。伴元裕氏は野村選手に対し、打撃練習中に「何に集中すればミート率が上がる感覚があるか?」を具体的に検証するよう促した。
「ボールに完全集中する」「ピッチャーをぼんやり見る」「得意なゾーンの球だけを狙う」「タイミングに意識を向ける」など、約10種類の集中対象を試した結果、ミート率向上に明らかに繋がる2つのパターンが見つかったという(具体的な内容は企業秘密)。
このアプローチにより、野村選手は前年の打率1割1分6厘、ホームラン0本から、翌年には打率2割7分1厘、ホームラン12本へと劇的に成績を伸ばした。これは単なる経験値の上昇ではなく、彼本来のポテンシャルが「脳・意識・感覚」といったメンタル面で適切に機能した結果の「覚醒」であると評価されている。
選手たちは一人ひとり集中のタイプが異なり、「視覚系(視野、的)」、「リズム系(投球テンポ、フォームのリズム)」、「体感覚系(リリースの指先の感覚)」に大別される。自分に最適な集中ポイントを把握し、そこへと意識を戻す訓練がパフォーマンスの安定に繋がる。

パフォーマンスを阻害する大きな要因の一つに、自己監視的な「管理者モード」の思考が挙げられる。これは、自分の頭の中に仮想の「監督」を置き、「何をやっているんだ」と常に自分を評価・批判する心理状態である。特に真面目な日本人選手にこの傾向が強いと氏は指摘する。
例えば、ストレートを狙っていたのに見逃してしまった際に、「何やってんだ、狙っていた球だろう」と自分を責め続ける思考は、次のプレーへの集中を著しく妨げる。この「できていないところを探す」思考パターンは、不安や焦りを増幅させ、最高のパフォーマンス発揮を阻害する最大の敵である。
真の強さとは、こうした自己批判的な思考が生じたときに、その状況に気づき、すぐに「今、自分がなすべきこと」に意識を切り替える回復力にある。「コントロールできないこと」に囚われず、「コントロールできること」へと注意を向ける習慣が、安定したパフォーマンスに繋がるのだ。
メンタルパフォーマンスコーチングで培われるスキルは、アスリートに限らず、ビジネスや日常生活にも広く応用可能である。
核心にあるのは「自分がコントロールできること(自身の行動や集中)」に焦点を当て、「コントロールできないこと(結果、他者の評価、過去の出来事)」から意識を意図的に切り離す、という普遍的な原則だ。情報過多の現代において、この集中力をコントロールする能力は、あらゆる分野で価値を発揮する。
ビジネスパーソンであれば、プレゼンテーションでの緊張やプレッシャーを感じた際、「評価されること」ではなく、「自分が今、聴衆に何を伝えたいか」という役割に意識を戻すことで、本来の実力を発揮しやすくなる。親にとっても、「良かれと思って」子供の言動を過度に評価したり批判したりすることで、子供の自主的な挑戦を阻害してしまう「管理者モード」に陥ることがある。過去の自分を責めるのではなく、今「子どもをどう支えられるか」に意識を向ける姿勢が重要となる。
また、緊張や不安といった感情は、本来「うまくやろうとしている証拠」であり、それ自体を悪いものとして隠したり否定したりする必要はない。客観的に自分の感情を認識し、その上で「今、自分がなすべきこと」に集中し続けることこそが、プレッシャーを味方につけ、パフォーマンスを発揮する秘訣なのである。