健康新常識
「耳」酷使時代のケア/イヤホン難聴 急増/世界11億人に難聴リスク/認知症の最大リスク要因【健康新常識】
(1723)
1.2万回視聴
2026年1月21日

健康業界のトップランナーが「新常識」を紹介する番組。イヤホン・ヘッドホン難聴が急増し、世界の11憶人に難聴リスクがあるとWHOが警告。難聴は認知症の最大リスク要因でもある。耳鼻咽喉科専門医の坂田英明氏が耳を守るための新常識を教える。 <出演> 坂田英明 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会専門医/医学博士...
知らなかった耳の真実:若者から人生の最期まで「聴覚」が教える新常識
ある日突然、耳が聞こえなくなったらどうするだろうか。まさか自分には起こらないと思うかもしれないが、聴覚は年齢とともに確実に衰え、多くの現代人が日常的に耳を酷使しているのが現状だ。遠くの救急車のサイレン音や、かすかな音の判別ができなくなるなど、日常生活で耳の衰えを実感する瞬間は少なくない。
世界の若者の約3人に1人が難聴のリスクに晒され、さらには難聴が将来的な認知症の最大のリスク要因となり得ると指摘されている。もはや耳の健康は個人の問題では済まされない。本稿では、耳鼻咽喉科専門医の解説を基に、聴覚のメカニズムから最新の治療法、そして「人生最後の感覚」とされる耳が私たちに何を語りかけるのかをQ&A形式でひも解く。あなたの「耳の常識」が覆されるだろう。

Q. 難聴は本当に現代の若者にも無関係ではないか?
いいえ、難聴は現代の若者にとって決して無関係ではない。世界保健機関(WHO)は、世界の若者の約11億人、実に約3人に1人が難聴のリスクに晒されていると警鐘を鳴らしている。さらに、2050年までには世界で25億人が何らかの難聴に悩まされ、そのうち7億人は補聴器やリハビリテーションが必要になると予測されている。感染症や貧困対策が主要なテーマであったWHOが難聴に目を向けることは、この問題が国際的な健康課題へと変貌していることを示唆する。
若年層における難聴リスク増大の背景には、イヤホンの普及や大音量での音楽鑑賞など、現代のライフスタイルがある。難聴は静かに進行するため、自覚した時には手遅れというケースも少なくない。予防のための意識変革が、今後の耳の健康を守る上で極めて重要である。
Q. 音が聞こえる仕組みと、聴覚を失う原因について教えてほしい
音は空気の振動として耳に入り、鼓膜を通じて内耳に伝わる。内耳にはリンパ液が満たされ、その中にある約1万5000個の「有毛細胞」が振動に合わせて動く。この有毛細胞が音の振動エネルギーを電気信号へと変換し、その電気信号が大脳に送られて、私たちは音として認知している。この有毛細胞の動きは、水中でワカメが揺れる様にも例えられ、「ダンス細胞」とも呼ばれている。

この繊細な有毛細胞には重要な特徴がある。一度ダメージを受けて変性したり消失したりすると、ほとんど再生しないのだ。加齢に伴う自然な衰えはもちろん、現代社会における過度な音の刺激は、この有毛細胞の疲弊を早め、若年層の難聴もこれに起因する。つまり、聴力は一度失われると元には戻らない可能性が高く、根本的な治療法もないのが現状である。現在の技術ではカモでの遺伝子治療で再生が見られるものの、哺乳類での実現はまだ難しい。したがって、何よりも予防が不可欠である。
Q. イヤホンや日々の騒音はどのくらい危険か?安全な使用基準はあるか?
イヤホンの長時間使用は「イヤホン難聴」のリスクを確実に高める。一般的な音は空気中を拡散しながら耳に届くが、イヤホンは音を直線的に耳の奥深くまで届けてしまう。このため、音量が小さくても長時間の使用は有毛細胞に蓄積的なダメージを与えかねない。コンサート後に耳が一時的に「ボーッとする」状態も騒音によるダメージだが、イヤホン難聴はそのダメージが慢性化することで回復しにくくなる。
WHOが提示する騒音暴露の安全基準は非常に厳しい。例えば、地下鉄の車内騒音(平均100デシベル)に晒されるのは1日15分以内が安全な限度である。さらに、コンサート会場などで発生する110デシベルの音に至っては、わずか28秒以内にとどめるべきとされている。多くの人が通勤中に地下鉄を利用し、長時間コンサートを楽しんでいることを考えると、日常的にこの基準を大幅に超過していることは明白だ。耳を酷使することは、将来的な聴力低下や他の健康問題へとつながる危険性があることを認識しなければならない。

Q. 難聴を放置すると認知症に繋がるというのは本当か?そのメカニズムは?
はい、難聴は認知症、特にアルツハイマー型認知症を発症させる、最大の修正可能な危険因子の一つであると結論づけられている。著名な医学誌『ランセット』の委員会は、高血圧、糖尿病、うつ病といった他の危険因子を上回り、難聴が認知症と最も強い関連性を持つことを疫学調査で発表し、世界に大きな衝撃を与えた。
難聴が認知症に繋がるメカニズムには主に二つの説がある。一つは「過負荷説」だ。音が聞こえにくいことで、脳は聞き取ろうと常に過剰なエネルギーを消費し疲弊してしまう。若い頃から聴覚へのエネルギー配分が高くなると、思考や記憶など、他の認知機能に使うべきリソースが枯渇し、認知症を誘発する可能性が高まるのだ。もう一つは「社会的孤立説」だ。難聴によって会話やコミュニケーションが困難になると、他者との交流を避けがちになり、社会的に孤立してしまう。脳への刺激が減少するとともに、うつ状態になることもあり、結果として認知機能の低下を招くのである。
難聴の予防は、聴覚の健康維持だけでなく、将来の認知症予防にも直結する極めて重要な課題である。
Q. もし急に耳が聞こえなくなったらどうすべきか?
「突発性難聴」は、その名の通りある日突然、主に片方の耳が聞こえなくなる病気だ。ストレス、ウイルス感染、血圧の変動などによる内耳の血流障害が原因と考えられ、耳が詰まった感じ、耳鳴り、時には激しい回転性のめまいを伴うこともある。この病気は20代から発症するケースもあるが、特に50代以降に多く見られる。
突発性難聴においては、治療の「ゴールデンタイム」を逃さないことが極めて重要である。発症から72時間以内、つまり3日以内に専門医の診察を受けることが聴力回復の鍵を握る。この時間を過ぎると治癒が難しくなり、1ヶ月以上経過すると回復はほとんど期待できない。耳の詰まり感や耳鳴りが数日続く場合は、疲労と自己判断せず、速やかに耳鼻科を受診することが求められる。
「メニエール病」も同様に注意が必要な疾患だ。これは内耳のリンパ液の「むくみ」が原因で、片耳の難聴、耳鳴り、回転性めまいという3つの症状が数時間にわたり繰り返し起こる。これらの症状を放置せず、早期に専門医の診断と治療を受けることが、長期的な聴覚維持と生活の質の向上のために重要だ。
Q. 聴覚を守るための予防策と治療法について知りたい
日常的な予防策として、まず音量のコントロールが挙げられる。イヤホンの音量は最大ボリュームの6割程度に抑えることが推奨される。また、イヤホンを1時間連続で使用した場合は、最低でも5分から10分間は耳を休ませる休憩を習慣づけることが求められる。さらに、ノイズキャンセリング機能付きイヤホンの活用も有効だ。これは周囲の騒音を遮断することで聴取する音量を下げられ、耳への負担を軽減する。
治療法に関しては、突発性難聴やメニエール病に対してステロイド剤を用いた治療が一般的である。特に注目されるのは、ステロイドを鼓膜に直接注射する「鼓室内投与」だ。この方法は全身に薬が回らないため副作用がほとんどなく、糖尿病患者や小児にも安全に実施できる利点がある。内服治療に比べて150倍もの薬効成分を直接患部に届けられる優れた効果も持つ。

鼓室内投与は処置時間がわずか30秒ほどで、15分程度の安静で帰宅が可能であり、日常生活への影響が少ない。現時点ではまだ全国的な保険適用には至っていない地域もあるが、一部の大学病院や専門クリニックではすでに導入されている先進的な治療法である。また、自分の遺伝的な難聴リスクを血液検査で知ることも、早期の予防策を立てる上で役立つ。
Q. 人は亡くなるまで音を聞いているというのは本当か?
我々の五感の中で、基礎が最も遅く完成するのは聴覚だ。視覚や嗅覚が1歳頃までに発達するのに対し、聴覚は1歳半から2歳にかけてその基盤が作られる。このため、新生児聴覚スクリーニングが重要視され、聴覚に問題があればこの時期までに早期に発見し介入することが、その後の言語発達にとって不可欠となる。
さらに驚くべき事実は、人が亡くなる際の感覚が失われる順番だ。通常、大脳が停止し、次に呼吸や心拍を司る脳幹の機能が停止し、脳死と判断される。しかし、最後の最後まで機能しているのが内耳、すなわち聴覚だという科学的根拠が示されている。心臓が停止し「ご臨終です」と宣告された後も、約30秒から1分間は音を聞き続けているという。
この事実は、終末期のコミュニケーションにおいて極めて重要な意味を持つ。悲しみのあまり「行かないで」「なんで死んでしまうの」といったネガティブな言葉をかけると、故人はその最後の瞬間にそれを聞き、心残りを抱えて旅立つことになりかねない。代わりに、「ありがとう」「もう安心だよ」「ゆっくり休んでね」といった、温かくポジティブな言葉を耳元で語りかけることが、故人の穏やかな旅立ちをサポートする、最後の贈り物となるのだ。