PIVOT TALK FOOTBALL
フランクフルトに電撃移籍。小杉啓太インタビュー
(632)
4,239回視聴
2025年12月28日

スウェーデンで活躍後、フランクフルトに19歳での電撃移籍が決まった小杉啓太選手。なぜJリーグを経由せず海外に挑戦したのか?フランクフルトでの目標は何か?帰国中の小杉選手にインタビューした。 <ゲスト> 小杉啓太|ユールゴーデン→フランクフルト 2023年U-17W杯日本代表主将を務める。湘南ベルマ...
フランクフルト電撃移籍の裏側: 小杉選手が語る海外挑戦と成長の哲学
19歳にしてブンデスリーガの強豪アイントラハト・フランクフルトへの移籍を決めた小杉選手。Jリーグを経由せず高校卒業後に海外に渡り、わずか1年半でステップアップを実現したそのキャリアは異例と評されている。
彼の決断の裏にはどのような思考と覚悟があったのか。独占インタビューから、小杉選手の独自の哲学と成長の秘密をひも解く。

Q. Jリーグを経ず海外挑戦を選んだ理由は何か?
高校卒業と同時にJリーグではなく海外挑戦を選んだのは、幼少期からの夢に加え、トライアウト先のクラブ環境が魅力的だったためだと本人は語る。そこにはトッテナムやベンフィカで後に活躍する選手がおり、身を置くことで五大リーグへ直接到達する可能性を感じた。若くして海外に出ることは人としての成長にも繋がると確信していた。
湘南ユース時代はトップチームにほぼ絡めず、同年代の活躍に葛藤した経験がある。湘南から昇格オファーがあったにもかかわらず、海外クラブが提示した「未来を見据えた明確なビジョン」に惹かれ、海外移籍を決断した。これにより、育成費(連帯保証金)が一括で湘南ベルマーレに支払われ、育ったクラブへ良い形で恩返しができたことも、気持ちの良い挑戦のきっかけとなったと述べている。

Q. 10代で海外挑戦することのメリットは何か?
高卒での海外挑戦にデメリットはないと小杉選手は断言する。海外生活での苦労は年齢に関わらず訪れるため、18歳や19歳で経験することはむしろ成長のスピードを早めるという。実際に彼は1年半で通訳なしで会話できるほどの英語力を習得し、ピッチ外での適応力も大きく養われた。
若くしてヨーロッパの市場に身を置くことが、自身の価値を高める上で最も重要であると考えている。時差がなく、スカウトが現地でプレーを直接見られる環境はJリーグと比較して評価に繋がりやすい。欧州カップ戦のような大舞台は、インパクトを残す絶好の機会だ。所属していたスウェーデンクラブでは、スポーツダイレクターがスカウト情報を選手に開示することで、選手のモチベーションを刺激し、多くのステップアップ移籍が実現していた。
また、高校卒業時は、クラブに縛られずに自分の進路を100%自由に決められる「最後のタイミング」であった。プロ契約を結べば移籍はクラブの意向に左右されるため、この貴重な機会を活かし、全てをゼロにする覚悟で海外に賭けた。
Q. 異文化でチームに溶け込むためにどんな工夫をしたか?
海外では黙っていては誰も助けてくれず、埋もれていくだけであると語る。助っ人外国人として、自分から意見を言い、積極的にコミュニケーションを取ることが不可欠だと痛感したという。朝食時に毎日違う選手の隣に座って話しかけたり、試合後のチームチャントを事前に覚えて歌ったり、日本文化を紹介できるように英語を練習するなど、地道な努力を続けた。

新加入時のキャンプでは、歓迎イベントとしてサウナでダンスを披露することになった。そこでピコ太郎の「PPAP」を踊ると、チームメイトも加わり大いに盛り上がった。こうしたユーモアを交えた行動で、チームに一気に受け入れられたという。
物怖じせずに意見を言う積極性は、湘南ベルマーレのユース時代に培われたものだと分析する。ベルマーレには上下関係にとらわれず選手同士が対等に要求し合う文化があり、指導者も選手の主体性を尊重し、ピッチ内で問題解決することを促していた。この「指示待ちではなく、自ら考えて行動する」という習慣が、異文化への適応力を高めた根底にあると述べる。
Q. フランクフルト移籍の決め手は何だったのか?
複数のクラブから興味を持たれる中、フランクフルトが最も明確なビジョンを提示してくれたことが決め手となった。当時の日本代表エースであった鎌田大地選手(現ラツィオ)と練習でマッチアップできる環境や、長谷部誠選手ら日本人選手が活躍してきた実績、そして若手に積極的にチャンスを与えるクラブ方針が魅力的だったという。
フランクフルトのクラブスタッフとのミーティングでは、自身のプレー映像を基にした詳細な分析を受け、長所だけでなく具体的な改善点まで指摘された3分間の映像を見せられた。この丁寧で本質を突くスカウティングに、「ここまで自分を見てくれているなら信頼できる」と確信し、移籍を決断したと明かす。
甘い言葉ばかりで長所を褒めるクラブが多い中で、フランクフルトが明確に課題を指摘したことは、彼の負けず嫌いな性格に強く響いたという。弱みを指摘されると「やってやろう」と逆に燃えるタイプであり、王様扱いされるよりも、下から這い上がるような環境が自分のスタイルに合っていた。
Q. 自身のデュエルの強さの原点はどこにあるのか?
体格で劣る相手にも当たり負けしない自身のデュエルの強さは、湘南ベルマーレユース時代に平塚次郎監督から「1人でボールを奪える選手になれ」と教わったことが原点だ。遠藤航選手に代表される湘南の「デュエルの強さ」という育成哲学の中で、ひたすら1対1を磨いた。
技術面では、「トライしたミスはミスじゃない」という指導者の言葉に後押しされ、積極的にチャレンジを繰り返すことで、自分に合ったタイミングや間合いを掴んでいったと語る。この失敗を恐れない姿勢が、身体能力だけでなく技術としてのデュエル能力を高めた。

チェルシーのマドゥエケ選手との対戦では「ボコボコにされた」と率直に完敗を認め、一瞬で置き去りにされるスピードや巧みな駆け引きに世界のトップとの差を痛感した。この悔しい経験が、トップとの差を埋めるための大きなモチベーションとなり、身長差のある空中戦では相手の体をブロックして自由に飛ばせない、セカンドボールを狙うなど、知的な戦い方を工夫している。
Q. 日本代表への道筋と今後のキャリアプランは?
プロとして試合に出るにつれて、遠い存在だった日本代表が具体的な目標に変わっていった。フランクフルトでスタメンを奪うことが、代表入りへの最短ルートであると考えている。自身のポジションで「一番」になる覚悟であり、一番になれば、戦術に関わらず使わざるを得ない状況を自ら作り出すしかないと決意を語る。
ドイツはデュエルが多い国であり、そこで「まず守備で負けない」ことをアピールすることが重要だという。森保監督が守備力を重視していることを理解しており、ブンデスリーガで守備能力を証明できれば、大きなアピールポイントになると分析している。ワールドカップまで半年しかないが、その間に成長できることは多いと感じ、世界のトップで戦えるよう準備を進めていく。
フランクフルトでの具体的なキャリアプランは、まず今シーズン後半戦でチームに馴染み、来シーズンから不動の1番手として定着すること。そこで1〜2シーズン中心選手として活躍できれば、さらに上のトップクラブへの道が開けると明確なビジョンを描いている。フランクフルトでの背番号は26番を選び、ユールゴーデン時代のライバルであるサミュエル・ダール選手(現ベンフィカ、背番号26)に対し、「どっちの26番が先に上に行くか勝負したい」と熱い思いを抱いている。