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【日本の新しい階級社会】アンダークラスの出現
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2026年1月17日

かつて一億総中流と言われた日本社会が、格差拡大で新たな階級社会へと移行している。拡大する非正規雇用の新階級「アンダークラス」とは?格差拡大による社会への影響は?社会学者の橋本健二氏に聞いた。 ▼プロフィール 橋本健二|社会学者 早稲田大学 人間科学学術院教授。専門は理論社会学。東京大学教育学部卒業...
一億総中流の幻想:現代日本に広がる「アンダークラス」の実態
「一億総中流」という言葉が日本の社会を象徴していた時代は、実は既に終焉を迎えている。現在の日本社会には、低賃金と不安定な生活を強いられる新たな階級が静かに、しかし大規模に拡大しているのだ。この記事では、社会学者の橋本健二氏の洞察をもとに、現代日本の階級社会の実態とその深層にある問題、そして将来に向けた有効な解決策について深く掘り下げていく。

Q. かつての「一億総中流」社会が終わりを告げ、日本に「新しい階級」が出現したというのは本当か?
格差の分析に用いる言葉として「階層」と「階級」がある。階層は学歴や所得、職業など一般的な序列を指す広範な概念である一方、階級は特に経済的な違いに注目した、より明確な定義を持つ概念である。資本主義社会における人々の生産手段との関係性に基づき分類される。
これまで多くの日本人が自分を「中流」だと認識してきたが、これは「一億総中流」という幻想を支えた政府の調査方法に偏りがあったことも要因である。調査の選択肢に「中の上」「中の中」「中の下」が設けられており、多くの人が「中」と答えるのは当然の心理であり、当時の日本社会には貧困層や格差が存在しないわけではなかった。実際、高度経済成長が終焉した1975年頃から、日本社会の格差は拡大の一途を辿ってきた。特に近年では、労働者階級が安定した正社員で構成される「正規労働者階級」と、非正規雇用で経済的に不安定な「アンダークラス」に明確に分裂し、新しい階級社会を形成している。
Q. 「アンダークラス」とは具体的にどのような人々を指し、どのようにして日本社会に生まれたのか?
社会学者の橋本氏は、日本の労働者階級のなかで下位に位置し、非正規雇用で低賃金、不安定な状況にある人々を「アンダークラス」と呼んでいる。アンダークラスは就業人口の13.9%、約890万人にも達し、旧来の自営業者から成る「旧中間階級」をも上回る、極めて大規模な階級である。現代の日本社会は、資本家階級、新中間階級(管理職・専門職)、旧中間階級、そして労働者階級が分裂した正規労働者階級とアンダークラスという五つの階級で構成されている。このアンダークラスという言葉は元々経済学者グンナー・ミュルダールが提唱したもので、社会最下層の人々を指す。近年、不安定で貧しい非正規労働者が大規模に出現したことで、改めてこの言葉が使用されているのだ。

アンダークラスが出現した背景には、1980年代末のバブル期に企業が人件費を抑えるため、正社員の数を必要最小限に留め、非正規雇用を拡大した経緯がある。バブル崩壊後はさらにこの傾向が強まり、就職氷河期を経験した若者たちが正規の職に就けず、非正規労働者として社会に出ざるを得なくなった。この流れが常態化し、アンダークラスは日本の階級構造の一部として固定化されてきたのだ。当初はフリーターの若者が中心であったが、今では40代、50代の中高年も多く、一度この階級に陥ると抜け出しにくい傾向にある。
Q. 「アンダークラス」の人々はどのような生活を送っており、その経済状況や健康、幸福度はどうなっているか?
アンダークラスの経済状況は極めて厳しい。世帯年収は379万円と低水準にあり、資産形成は困難である。結果として、貧困率は37.2%と他の階級に比べ非常に高い数字を示す。新型コロナウイルスの感染拡大は、リモートワークが難しい職種が多いため、彼らの収入をさらに減少させ、格差を一層拡大させた。
私生活面においても、経済的困窮が大きな影響を及ぼしている。アンダークラスの7割近くが未婚であり、特に男性の未婚率は顕著に高い。収入の少なさから、結婚や子育てを望んでも叶わない状況にあり、子を持つ世代が非常に少ないため、アンダークラスの「子どもがアンダークラスになる」という世代間の再生産が困難である。そのため、他の階級から転落してきた人々がアンダークラスを構成し続けるという厳しい構造となっている。
健康面でも深刻な問題が見られる。アンダークラスでは、健康状態が「良くない」と答える人の割合が他の階級の約2倍と高く、うつ病などの心の病で診療を受けた経験がある人が約20%にも上る。収入が少ないため、体調不良であっても無理をして働き続けざるを得ない現状が伺える。幸福度についても、4割以上の人が「幸せではない」と感じており、将来の生活に不安を感じる人の割合は実に8割にも達する。アンダークラスに一度陥ると、たとえ正規雇用に移れたとしても、これまでのキャリア不足などから待遇面で不利が生じ、ダメージは長期的に尾を引く傾向にある。
Q. 「アンダークラス」の問題は日本の社会全体にどのような悪影響をもたらす可能性があるか?
アンダークラスの拡大は、個人の生活だけでなく、日本社会全体に多岐にわたる悪影響をもたらす。経済面では、十分な収入がない人々が増えることで、社会全体の消費が低迷し、長引く不景気から抜け出せなくなる要因となるだろう。これは「不況スパイラル」とでも呼べる悪循環を生み出す。

さらに深刻なのは社会関係への影響である。格差の拡大は社会に「敵意」を生み、人々の間に連帯感を失わせる。困った時に頼れる人がおらず、悩み事を抱え込んだり、健康を害しても誰にも相談できない「孤立」が深まるのだ。加えて、社会全体の不安定化は犯罪の増加にも繋がり、結果として社会全体が「病んだ」状態に陥る可能性がある。アンダークラスの抱える問題は、特定の層だけのものではなく、健康悪化や犯罪増加など社会全体に波及していく可能性をはらむ。
そしてこの問題は誰にとっても他人事ではない。アンダークラスは自らの世代を再生産できないため、その数は常に、他の階級からの転落者によって補充されているのだ。企業が倒産したり、結婚生活を終えたりするなど、様々な人生の岐路で、誰もがアンダークラスへ転落するリスクを抱えているのが現状である。アンダークラスの存在は、日本が持続可能な社会を維持できるかという根源的な問いを突きつける深刻な問題なのだ。
Q. この「新しい階級社会」が抱える問題に対し、有効な解決策は存在するのか?
社会の格差問題は喫緊の課題であり、その解決策について議論されている。興味深いことに、製造業などが人件費削減のためアンダークラスを必要とする一方で、金融機関は格差是正に強い関心を示す。健全な経済成長には、国民全体の所得増と活発な消費が不可欠だからである。株価上昇や配当は経済の安定成長に左右されるため、金融機関は格差拡大を「経済成長を阻害する要因」と捉えている。

こうした現状を打破する最も有効な政策の一つは「最低賃金の大幅な引き上げ」だと橋本氏は主張する。現在の最低賃金は先進国の中で依然低い水準にある。もし最低賃金を時給1,500円以上へと引き上げることができれば、非正規労働者であっても年収250万円以上を期待でき、夫婦共働きであれば世帯年収が500万円を超える可能性が生まれるだろう。これにより、これまで経済的に難しかった結婚や子育てが可能となり、少子化問題の一助ともなる。また、最低賃金が上昇すれば、それに連動して若手正社員を含む全体の賃金が底上げされ、社会全体の消費が拡大し、経済が健全な好循環を取り戻す期待も高まる。
ただし、最低賃金の大幅な引き上げが、中小企業に一時的に大きな負担となる可能性も否定できない。これに対しては、政府による補助金制度や、賃金上昇を背景としたサービスや製品の値上げ(価格転嫁)を円滑に進める支援が必要不可欠となる。長期的な視点に立てば、この全体的な底上げは日本経済に恩恵をもたらす。根本的な問題解決のためには、国の強力な政策推進が求められているのである。