PIVOT TALK BUSINESS
社内政治の科学。社内政治は世界共通だ
(1202)
1.4万回視聴
2025年11月27日

非合理的で避けるべきものとされる社内政治。しかし、社内政治は世界共通の営みで、経営学の一大テーマにもなっている。この分野を研究してきた昭和女子大学の木村琢磨教授に、「社内政治の科学」について聞いた。 ▼プロフィール 木村琢磨|昭和女子大学 教授 博士(東京大学)。スタートアップ企業、大阪経済大学、...
「社内政治」を科学する:その本質とAI時代を生き抜く戦略
企業に属する誰もが経験し、しばしば負の側面で語られる「社内政治」は、単なる組織内の摩擦現象ではない。これは普遍的な組織行動の一つであり、その本質を理解することで、個人と組織のパフォーマンスを向上させる鍵となり得る。多くの人が回避したいと考える一方で、その存在を知り、賢く向き合うことの重要性は増していると言えよう。
本稿では、昭和女子大学教授である木村琢磨氏による『社内政治の科学』を基に、社内政治の多角的な側面をQ&A形式で深掘りする。その定義から日本と海外の文化による違い、経営学における研究の歴史的変遷、さらにはAI時代における位置付けまで、社内政治の真髄に迫ることで、ビジネスパーソンが現代の企業社会を生き抜くための実践的な視座を提供する。

Q. そもそも「社内政治」とは何か、その本質的な定義をどう捉えるべきか?
社内政治という言葉は、日常会話で自然に生まれた「民族的概念」であり、研究者が人工的に定義する「構成概念」(心理的安全性など)とは異なり、その定義は極めて難しい。そのため、人それぞれ、また会社ごとに捉え方が異なる点が特徴である。研究者たちも半世紀以上にわたりその定義を議論してきたが、統一的な見解は未だ確立されていないのが現状である。

しかし、著者である木村琢磨氏は、自著『社内政治の科学』の中で、「自分または会社の利益を増大させ、または損失を防ぐことを目的として、会社の意思決定に影響を与えること、もしくは社内での権力や資源を得ること、また利害調整のために行われる、正式に承認されていない影響行動」と包括的に定義している。この定義において重要なのは、「正式に承認されていない」点と、「自己の利益」だけでなく「会社の利益」をも目的とすることがある点である。つまり、これは公式な職務範囲外で行われる非公式な活動全般を指すものと理解できる。
Q. 日本の「根回し」は社内政治に含まれるか?海外の組織と比較して日本の社内政治に特徴はあるか?
多くの日本人は「根回し」を社内政治の典型例と捉えるが、その判断は会社によって異なる。ある企業では、根回しが事実上、公式な意思決定プロセスの一部として組み込まれているため、従業員はそれを「社内政治」とは認識していない事例もある。正式な規定にはないものの、組織の慣習として深く根付いている場合、それは政治というよりも業務の一環と見なされるのである。
この違いは、日本の「根回し」が主に、会議で議題が出た際の予期せぬ混乱を避けるためや、事前に情報共有を行うことによる不確実性の回避、関係者への配慮(メンツを潰さないなど)に重点を置いているためと言える。一方、欧米でいう「バックステージネゴシエーション(舞台裏での交渉)」は、会議の前に水面下で互いの利害を明確にし、合意を形成するという「交渉」の意味合いが強い。形式は似ているが、その目的とプロセスには大きな隔たりがある。

さらに日本企業には特有の「同期ネットワーク」が存在する。新卒一括採用と年功序列制度の歴史の中で、同じ時期に入社した者同士の連帯感が非常に強く、これが組織内での影響力行使において重要な「資産」となる場合が多い。この「同期」という絆は、しばしば個人の利害を超えて協力し合う規範を生み出す。これに対し、海外の企業文化では「同期」がここまでの特別な意味を持つことは少なく、個々人がキャリア支援者やキーパーソンを見つけ、能動的に人脈を形成する「戦略的ネットワーキング」が重視される傾向にある。
Q. なぜどんな組織でも「社内政治」は発生するのか?AI時代にもなくならないと言われるのはなぜか?
組織が政治的であるのは避けがたい宿命であり、経営学では「組織は本質的に政治的な存在」と古くから認識されている。その背景には、主に以下の四つの根源的な要因が存在する。
第一に、常に「経営資源の希少性」があることだ。人材や予算といったリソースは有限であり、複数の部署やプロジェクトがそれを奪い合う構図になりやすい。第二に、「意思決定基準の曖昧さ」が挙げられる。資源配分などの重要な決定において、常に明確かつ合理的な基準が存在するとは限らず、判断に主観や人間関係が介入する余地が生まれる。第三に、「利害関心の多様性」である。異なる部門や個人はそれぞれ異なる目標や関心を持っており、自然と利害の対立が発生しやすくなる。第四に、「メンバーの感情」だ。論理的に正しい提案であっても、人間関係の軋轢や個人的な好き嫌いが、意思決定に影響を与えることは少なくない。
このような根源的な要因が存在する限り、どれだけテクノロジーが進化しAIが導入されても、社内政治が消え去ることはないだろう。AIは合理的な意思決定を支援すると期待されるが、そのAIにどのようなデータを与えるかを操作する人間が存在したり、AIが出した結論に対して人間が感情的に反発したりする限り、政治的要素は温存される。さらには、AI自体が自律的に組織を効率化しようとする過程で、独自の「政治」を行うようになる可能性も指摘されている。つまり、社内政治は組織に宿る不可避な現象であり、その存在を前提としたマネジメントが不可欠なのである。
Q. 経営学において、「社内政治」はどのように捉えられ、研究されてきたか?
経営学の歴史を振り返ると、社内政治への見方は大きく変遷してきた。経営学の起源とされるフレデリック・テイラーの「科学的管理法」は、工場内の作業を分析し、人間関係などの非公式な要素を「ノイズ」として排除し、合理的・効率的な管理を目指した。この思想は、現代のデータ分析やAIによる合理化の先駆とも言えるだろう。
しかし、その後チェスター・バーナードの「経営者の役割」に見られるように、「権限の受容説」として、命令が受け入れられなければ組織は機能しないという人間的な側面が注目され始める。1950年代には、サイアートとマーチが「企業の行動理論」を提唱し、企業を「利害の異なる人々の集まり」と捉え、意思決定の政治的側面を強調した。これが実質的に社内政治研究の幕開けとなる。ミンツバーグやフェファーといった著名な経営学者も、組織の戦略や意思決定が合理性のみならず政治によって形成されることを論じている。

そして1980年代には、ジェラルド・フェルツらの研究グループが「組織内政治の知覚モデル」を発表し、社内政治研究を飛躍的に発展させた。このモデルでは、組織が実際に政治的かどうかよりも、従業員が「職場は政治的である」と知覚すること自体が、彼らの心理的ストレスや職務への態度、さらにはパフォーマンスにまで悪影響を与えるという側面に着目する。ここでは社内政治は「業績とは無関係な理由で物事が決まる」といった、どちらかといえばネガティブな要素(ストレッサー)として捉えられてきたのである。
Q. 「社内政治」はネガティブな存在か?企業や個人にとって、どう向き合い活用すべきか?
社内政治は、とかく私利私欲に基づくものとしてネガティブなイメージで語られがちだが、その本質を理解すれば、組織や個人の利益のためにポジティブに活用することも可能である。例えば、権力者が会社を誤った方向に導こうとする際に、健全な形で反論・抵抗し、会社をより良い方向へ変えるための戦略的なツールとなり得るのだ。人間が集まる組織である限り利害対立は必然的に発生するため、それをうまく調整する「政治」は、古代ギリシャの都市国家時代から続く、共同体をマネジメントするための根源的な営みであると言える。
個人が社内政治力を高めるためには、まず「知る」ことが重要となる。自身の組織において、誰がキーパーソンであるか、どのような影響力の構造があるのか、非公式な意思決定ルートは何かなど、社内のリアルな「地層」を深く理解することが肝要だ。これには、組織に精通した先輩や同僚の話に耳を傾けることや、社の歴史(社史だけでなく「伝説」とされるエピソードも含む)から企業の文化や暗黙のルールを学ぶことが有効である。また、自分にとっての「キャリアスポンサー」となるような、応援してくれる人物との人脈を戦略的に構築する意識も不可欠だろう。
社内政治は根絶すべき対象ではなく、その存在を前提として賢明にマネジメントすべき対象である。個人の成長や、ひいては組織の発展のためにも、社内政治の本質を科学的に理解し、ポジティブな側面を戦略的に活用する視点を持つことが、現代のビジネスパーソンには求められる。