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「水の奪い合い」の戦争リスク
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2025年11月16日

生成AIや半導体が大量の水を消費するため、世界で勃発している「水の奪い合い」。日本の水資源は安全なのか?水の奪い合いによる戦争のリスクは?水ジャーナリストの橋本淳司氏に聞いた。 ▼プロフィール 橋本淳司|水ジャーナリスト アクアスフィア・水教育研究所 代表。武蔵野大学客員教授。学習院大学卒業後、出...
激化する「水の戦争」。AI、テック企業が変える水の地政学
現代社会において水は最も重要な資源の一つである。気候変動や人口増加に加え、AIやデジタル技術の急速な発展は、この貴重な水資源に新たな圧力を加えている。データセンターの冷却など、これまで想定されなかった分野で大量の水が消費され、これが国際的な緊張や地域社会との対立、「水の戦争」とまで称される状況を生み出している現状がある。
本稿では、この現代の「水戦争」がなぜ激化しているのか、国際社会や地域コミュニティ、そして巨大なテック企業がいかにこの問題に直面し、対処しているのかをQ&A形式で考察する。
Q. なぜ水を巡る国家間の紛争が増えているのか?
水は古くから人類にとって不可欠な資源であり、時には紛争の種となった。しかし気候変動により、その水を取り巻く環境は根本から変化している。過去には水不足が国家間の協力を促す側面もあったが、近年の異常気象や予測不可能な水量の変化は、従来の協定やデータを無効にし、新たな紛争リスクを高める要素となっている。

特に深刻なのは、世界の淡水供給源の一つとされる「第三極」・ヒマラヤの氷河融解である。5万もの氷河を抱えるこの地域は、メコン、ガンジス、インダスといったアジアの主要河川の水源である。氷河の融解は、短期的な洪水と長期的な水供給の不安定化を招き、下流域の数億人もの人々の生活を脅かす時限爆弾となりつつある状況だ。
Q. 中国がダムを建設することは下流国にどのような影響を与えるのか?
中国による国際河川上流での大規模ダム建設は、下流国の「水の安全保障」に対する懸念を増大させている。メコン川においては、中国のダムが水量をコントロールしているという疑念が常に下流の国々にあり、特にベトナムでは、水の流入量減少により海水が逆流し、稲作や養殖業に深刻な塩害をもたらすといった実害が既に発生している。

また、ヤルンツァンポ川に中国が建設中のメトクダムは、インド政府から「水の武器庫」と厳しく非難されている。中国側は下流への影響はないと主張するが、データが非公開であるため、下流国の不安と不信感は解消されていない。水が地政学的ツールとして利用される危険性が、現実のものとなっていると言えるだろう。
Q. ナイル川の事例から水利権を巡る対立の何がわかるか?
ナイル川の水利権を巡る対立は、必ずしも上流国が常に優位にあるわけではないという複雑な歴史を示す事例である。イギリスの植民地支配時代、綿花生産の安定化を図る目的から、ナイル川下流のエジプトとスーダンに対し、優先的な水利用権が付与された。これにより、長らく下流国が水利権において優位な立場を保持してきた歴史がある。しかし、近年このパワーバランスが大きく変化した。

ナイル川上流国であるエチオピアが、経済発展の切り札としてアフリカ最大級の発電用ダムを建設したことで、エジプトは水不足の危機に直面した。このダムの完成により、下流国は一方的に水量を左右される可能性が生じ、両国間の緊張は極度に高まっている。歴史的経緯と現代の発展が衝突し、新たな対立軸が生まれたのである。
Q. 巨大テック企業が水紛争に新たな側面をもたらしているのか?
現代の「水戦争」には、国家間紛争とは異なる、新たなアクターが浮上している。AI技術の発展を支えるデータセンターは、サーバーの過熱を防ぐために膨大な量の水を冷却水として消費している。地球温暖化の進行により冷却水の需要はさらに増加しており、水の再生利用技術もまた多くのエネルギーと水消費を伴うというジレンマを抱えている状況だ。このような水の大量消費は、南米チリなどでデータセンターの建設計画が住民との対立から中止に追い込まれるといった問題を引き起こしている。これらの巨大テック企業は、その保有する情報量と経済力において、もはや国や地域政府を凌駕する「超巨大アクター」と化している。彼らの水利用の不透明性は地域住民の不信感を煽り、国家によるコントロールの難しさを浮き彫りにし、新たな形態の紛争を生んでいる。
Q. 企業は水問題に対しどのような取り組みをしているのか?
この新たな水紛争に対し、多くの企業は「ウォーターポジティブ」という概念を掲げ、環境配慮をアピールしている。これは、事業活動で消費した水よりも多くの水を地域に還元しようという目標である。具体的な取り組みとしては、データセンターにおける水使用量の徹底的な削減や、森林・湿原の保全、さらには人工的な地下水涵養(かんよう)といった生態系サービスへの投資などが挙げられる。しかし、これらの「ウォーターポジティブ」活動の効果測定には課題が残る。企業が報告する水還元量は、多くの場合、自己申告に基づくものであり、その活動が実際に地域の地下水増加にどの程度貢献しているかについては客観的な検証が不足している。透明性と独立した第三者による検証が、これらの企業の取り組みが信頼を得る上での鍵となるだろう。
Q. 熊本の事例は水問題解決にどう貢献するのか?
水問題解決に向けた模範的な取り組みとして、日本の熊本における事例が挙げられる。1990年代、半導体工場の進出が地域の地下水枯渇を招くのではないかとの懸念が住民の間で高まった。しかし詳細な調査の結果、地下水減少の真の原因は、地下水涵養に重要な役割を担っていた田んぼが宅地化により減少したことにあった。この原因特定を受け、半導体企業、地域住民、そして農家が連携し、独創的な解決策を実行した。稲刈り後の休耕田に積極的に水を張ることで、人工的に地下水涵養を行う「地下水物語」という活動が始まったのだ。この協働の取り組みは、見事に地下水位の回復を実現し、国連からも表彰される世界的な成功事例となった。熊本の事例は、水問題を特定の企業や行政任せにせず、地域社会全体が主体的に関与し、多角的な視点から原因を究明し、具体的な行動を起こすことの重要性を示している。これはグローバルテック企業が提唱する「涵養」という概念を、日本の地域社会が先行して実践し成功させた、貴重な知恵であると言えよう。
Q. 現代社会において私たちはどのように水問題に向き合うべきか?
人類の歴史を振り返ると、水の利用方法が大きく変化する転換点では必ず予期せぬ反動が生じてきたことがわかる。農業の開始が塩害をもたらし、水道システムの構築が地下水の枯渇を招き、巨大ダム建設が生態系を破壊した歴史的事実が存在する。今、私たちが直面しているデジタル社会への移行もまた、これまでの水利用のあり方を根本から変える、歴史的な転換点と位置付けられる。この新たな転換期において、AIやデータセンターの水の大量消費が、今後どのような影響を地球や社会に与えるかは未知数である。テック企業が唱える「ウォーターポジティブ」な取り組みが、実際に地域の水循環に好影響を与えているのかどうか、客観的なデータに基づいた検証が不可欠だ。

もはや企業の自己申告だけに頼る時代ではない。私たちは、この水問題に対して無関心ではいられない。歴史の教訓に学び、新たな「水戦争」のリスクに備えるため、市民一人ひとりが水問題に関心を持ち、企業の活動を監視し、そして自分たちの共有財産である水資源を守る意識と行動が、今まさに強く求められている。