ビジネス虎の巻
2040年の日本社会を予測【田内学×篠田尚子】
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2025年10月20日

日本が資産運用立国を実現するには?社会全体で抱える問題について田内学氏と篠田尚子氏に聞いた <ゲスト> 田内学/社会的金融教育家 篠田尚子/ファンドアナリスト <目次> 00:00 ダイジェスト 01:08 資産運用立国になれない理由 05:20 観光立国が招く人手不足 10:27 モノから人の...
日本は「資産運用立国」になれない?本当の投資が社会を変える道を探る
岸田前総理が提唱した「資産運用立国」の概念と、それを後押しする新NISA制度は、多くの人々の関心を集めている。しかし、日本を「資産運用立国」と標榜する真の意義は何であり、それは本当に私たちの国を豊かにする方策となるのだろうか。本稿では、この問いに真正面から向き合い、表面的な金融テクニックの先に潜む社会の深層、そしてこれからの時代に求められる真の「投資」のあり方を考察する。

Q. 日本政府が掲げる「資産運用立国」は実現可能だろうか?
「資産運用立国」という言葉が示すのは、国の金融市場が活発になり、それを通じて国全体が豊かになる姿である。しかし、岸田氏の当初の狙いは、日本の企業が株主還元を重視した経営を行い、労働者の賃金上昇に繋がらない現状に対し、個人が株を持つことで資産所得を増やし、労働所得の伸びを補完するというものであったと解釈できる。これはあくまで個人レベルの資産形成を促す施策であり、国全体を金融によって立てる「立国」とは本質的に異なるだろう。
例えば「観光立国」ならば観光産業を通じて外貨を獲得し国を豊かにするイメージは明確だが、「資産運用立国」はそのビジョンが曖昧である。単に個人が株を買うだけで、本当に国が豊かになるとは限らないという指摘も存在した。
Q. なぜ個人の海外投資が日本の国富増大に繋がりづらいと考えられるか?
個人が海外資産に投資する際、多くは円を外貨(例えばドル)に交換して行う。この時、その円は誰かが購入する。海外の投資家がその円を使い、日本の資産、例えば不動産を購入する事例が顕著だ。つまり、日本人が海外株を買えば配当が得られるかもしれないが、その一方で外国人は日本の不動産から得られる家賃収入を得る。これは互いに資産を交換しているに過ぎず、純粋な国富の増加とは言い難い。むしろ、円安が進むことで海外投資家は有利に日本の資産を取得し、東京の家賃が上がれば、その支払いは海外の不動産所有者に流れることになる。結果として、個人が投資収益を得たとしても、国全体としての富が海外へ流出する構図が存在し、必ずしも国の豊かさに直結しないのである。

Q. 「観光立国」や特定産業への集中が日本の生活基盤に与える悪影響とは何か?
日本は現在、慢性的な人手不足に直面している。このような状況で「観光立国」を目指すことは、特定の産業に労働力を集中させ、他の分野から人材を奪うという深刻な副作用を招く可能性がある。北海道ニセコの例や、熊本におけるTSMCの工場進出はその典型である。観光業が潤えば、その地域は経済的に繁栄するかもしれない。しかし、その裏で介護施設の人材確保が困難になったり、優秀な人材がそちらに流れ、学校教員のなり手が不足するなどの問題が顕在化している。これらは地域の生活基盤を支える上で不可欠な職種であり、その担い手がいなくなることは社会の存続に関わる重大な課題である。外貨を稼ぐこと自体は重要だが、生活基盤の維持がおろそかになるほど人手不足の歪みが広がるのは、持続可能な発展とは言えない。これは金融業界においても同様であり、アセットマネジメント業界でさえ専門人材の育成基盤が弱く、金融ハブとしての構想を掲げても、それを支える人材が不足しているのが実情である。
Q. 今後の日本社会が直面するとされる「八掛け社会」とはどのような状況を指すか?
現代社会は「金さえあれば何でも手に入る」という価値観のもと動いていたが、これからの日本は「金」があっても「人」が足りないという局面に直面すると予測される。リクルートワークス研究所の試算では、2040年には約1100万人の労働力が不足し、結果として様々なサービスが約8割しか供給できなくなる「八掛け社会」が到来するという。これは14世紀にペストの流行により人口が激減し、人が制約となった時代以来の大きな転換点と呼べる。この「八掛け社会」では、お金をいくら積んでもリフォーム業者が来ない、通販の商品が届かない地域が出る、老朽化した道路や水道管の修理が進まないなど、現在の生活で当たり前とされている多くのサービスが機能不全に陥る恐れがある。生活インフラの維持から日々のサービス享受まで、広範な分野で「人」の確保がボトルネックとなる状況だ。

Q. 資産形成のための株式購入と社会課題解決のための「投資」はどのように違うのか?
多くの人が考える株式投資は、個人資産を増やすための手段という側面が強い。しかし、日本の大企業の多くは既に内部留保が潤沢であり、新たな資金を株式市場で調達することは少ない。したがって、個人が株を購入しても、それが直接的に企業への資金供給となり、イノベーションや新規事業に繋がる機会は限定的である。これに対し、真の「投資」とは、人手不足のような社会の根源的な課題を解決するためのビジョンを持ち、挑戦する事業やスタートアップ企業に資金を供給することである。例えば、省力化技術の開発、新しい社会システムの構築など、労働力に依存しない形での社会維持・発展に貢献する分野への投資だ。投資の本質は、単に金銭的なリターンを追求するだけでなく、未来の社会をより良くするための資源投下であり、新しい価値を生み出す挑戦を支える行動そのものだと言える。
Q. 日本の金融教育や起業家を巡る文化にはどのような課題があるか?

日本の金融教育は「どうすればお金を増やせるか」というテクニック論に偏りがちである。これに対して、米国では子供たちがレモネードスタンドの運営などを通じて、目的のためにいかに資金を調達し、協力者を得るかといった「投資される側」の経験を積む文化がある。これは「お金は目的を達成するための道具」という本質的な考え方を学ぶものだ。一方、日本社会には新しい挑戦者や既存の枠組みを打破しようとする者に対する「出る杭は打たれる」という風潮が根強く存在する。ライブドア事件におけるホリエモンへの反発や、Winny開発者への厳しい対応などがその例だ。このような文化は、変革やイノベーションを阻害し、結果的に社会全体の停滞を招いている。過去にフジテレビがライブドアからの買収提案を拒んだ事例も、変化を恐れるあまり、かえってテレビ業界の失われた20年を生み出したと省みられている。これからの時代は、既存の価値観や仕事を守ろうとするばかりではなく、社会全体の課題解決を促す挑戦者を応援し、育成するマインドが不可欠である。