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経済成長の条件 ノーベル経済学賞を徹底解説
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2025年10月17日

先日発表された2025年のノーベル経済学賞。イノベーションと経済成長の関係を紐解く研究の意義はどこにあるのか?経済学者の安田洋祐氏がイチから徹底解説。 ▼ゲスト 安田洋祐|政策研究大学院大学教授 2002年、東京大学を卒業。卒業生総代を務め、大内兵衛賞を受賞。米プリンストン大学へ留学し、2007年...
2025年ノーベル経済学賞に学ぶ:イノベーションと持続的経済成長のメカニズム
2025年のノーベル経済学賞は、経済成長の根本原理に光を当てる重要なテーマで授与された。受賞者の功績は、イノベーションが駆動する持続的な経済成長の謎を解き明かし、それがもたらす現代社会への示唆を探るものである。この記事では、今回のノーベル経済学賞の意義と、イノベーションを巡る経済成長理論の進化についてQ&A形式で深く掘り下げる。

Q. 今回のノーベル経済学賞はどのような功績に対して授与されたのですか?
2025年のノーベル経済学賞は、ジョエル・モキア、フィリップ・アギオン、ピーター・ハウィットの3名に授与された。彼らは「イノベーションが主導する経済成長のメカニズムを解明したこと」で評価されている。特に、アギオンとハウィットはヨーゼフ・シュンペーターが提唱した「創造的破壊」の概念を初めて数理的な経済成長モデルに組み込んだ。これはイノベーションが生まれる最適な競争環境や、政府の適切な市場介入策を導き出す理論的基礎を提供した。

Q. 人類史のほとんどが停滞期だったと聞きましたが、なぜ過去200年で経済成長が持続するようになったのですか?
歴史を紐解くと、人類の生活水準が持続的に向上し始めたのは産業革命以降の約200年間である。それ以前の数万年にわたる期間は、暮らしぶりがほとんど変わらない「停滞期」が続いていた。モキア教授はこの劇的なレジームシフト(構造転換)の要因を、科学的真理を探求する「命題的知識」と、実践的なノウハウである「処方的知識」の2種類の知識が好循環を生み出した文化的な背景にあると分析する。この相互作用が知識の体系化を促し、持続的なイノベーションの土台を築いたという。この発見は、現代の経済成長が当たり前ではなく、奇跡的な現象であるとの警鐘でもある。
Q. アギオン教授とハウィット教授が解明した「創造的破壊」とは具体的にどのような理論ですか?
アギオンとハウィット教授は、シュンペーターが提唱した「創造的破壊」という概念を経済成長モデルに組み込むことで、その仕組みを数学的に解明した。シュンペーターがいうイノベーションとは単なる技術革新に留まらず、既存のアイデアや技術を組み合わせて新しい価値を生み出す「新結合」を指す。この新結合によって新しい製品や産業が生まれる一方で、古い技術やビジネスモデルは陳腐化し、淘汰される。アギオンとハウィットのモデルは、この「創造と破壊」の絶え間ないサイクルがどのように経済成長を持続させるのかを、初めて理論的に記述した点で画期的だった。
Q. 経済成長の源泉となるイノベーションは、企業活動によってどのように生まれるのでしょうか?
経済成長理論の初期モデルであるソローモデルでは、技術進歩は外部から与えられるもの(外生的)として扱われ、その発生メカニズムはブラックボックスだった。しかし、ポール・ローマーやロバート・ルーカスらが展開した「内生的成長理論」は、アイデアの創出や人的資本への投資といった経済活動自体がイノベーションを生み出す源泉だと論じた。アギオンとハウィットのモデルでは、企業は現在の生産から利益を得るか、研究開発(R&D)投資を行って将来の独占的な利益を狙うかを合理的に判断する。R&D投資は成功確率を高めるが不確実性を伴うため、企業はこのトレードオフの中で最適な投資水準を決定する。彼らは、企業のR&D投資が社会全体の観点から見て、過少になる場合もあれば、過剰になる場合もあることを示した。過少になるのは、イノベーションの成果が広く社会に波及するため企業が全ての利益を回収できないことに起因する。一方、過剰になるのは、企業がライバル企業のビジネスを奪う「ビジネス・スティーリング」効果を考慮せず、自己の利益最大化を追求するためである。これらの洞察は、政府が補助金や独占禁止法といった政策を通じて市場に介入する際の重要な指針となる。

Q. 経済の競争環境は、イノベーションにどのような影響を与えるのでしょうか?
アギオンらの後続研究は、競争の度合いとイノベーション発生の間に「逆U字型」の関係があることを明らかにした。これは、市場が完全な独占状態にある場合、競争がないために企業がイノベーションを起こすインセンティブが低いことを意味する。一方で、競争が過度に激しい場合も、イノベーションによる利益を長期的に享受できないため、企業はR&D投資に慎重になる。結果として、適度な競争が存在する環境が、最もイノベーションを促進しやすいとされている。この「逆U字仮説」は、各国の独占禁止法や産業政策のあり方を議論する上で極めて重要な示唆を与えるものである。
Q. AIが急速に進展する現代において、今回の理論はどのような示唆を与えますか?
AI技術の急速な進展は、モキアが指摘した「命題的知識」と「処方的知識」の間の知識循環を加速させ、イノベーション創出のプロセスを大幅に効率化する可能性を秘めている。しかし、AIは同時にイノベーションの「破壊的側面」も加速させる可能性がある。例えば、短期間での大規模な雇用変化による一時的な失業者増加や、イノベーションの成功による富が一部の企業や個人に極端に集中し、格差が拡大するリスクがある。現代は過去の産業革命とは異なり、変化の速度が圧倒的に速い。したがって、単にイノベーションを無邪気に推進するだけでなく、その社会的な負の影響にも真剣に向き合う必要があることを、今回の受賞理論は強く示唆している。
Q. これからの経済成長のあり方について、どのような視点が必要とされているのでしょうか?

経済成長を巡る現代の議論では、その「速度」だけでなく「方向性」をどう操縦するかが焦点となっている。ダニエル・サスキンドは著書『グロース』の中で、経済成長を敷かれたレールの上を進む「機関車」のように速度を調整する対象と捉えるのではなく、舵を切って進む方向を決められる「船」のように捉え直すべきだと主張する。GDPの最大化だけを目指すのではなく、健康寿命の延伸、環境の保全、社会的不平等の是正など、より多角的で質の高い成長を目指すべきという考え方だ。GDPが増えなくても幸福度や生活の質が向上する成長もあれば、GDPが増えても環境破壊や格差が広がる「望ましくない成長」もある。今回のノーベル経済学賞は、経済成長を持続させる上でイノベーションが不可欠であることを再確認させつつ、私たちはどのようなイノベーションを追求し、いかなる社会を目指すべきかという根源的な問いを突きつけるものである。