
日米関税、80兆円融資枠の3つの疑問
日米関税合意と80兆円投資枠の真相、円相場への影響は?為替ストラテジストが徹底解説
日米間で合意された80兆円(5,500億ドル)の対米投資枠。この巨額資金の行方と円相場への影響について、為替ストラテジストの佐々木融氏に詳しく聞いた。合意内容の不透明さと円安リスクについて警鐘を鳴らす。

Q. 日米関税合意の内容と対米投資はどのようなものですか?
大統領令の内容のポイントは7つほどあるが、重要なのは次の3点だ。第一に、日本製品に対する総合関税率が25%から15%に引き下げられる。自動車と自動車部品に対する関税率も15%になる。第二に、日本は5,500億ドル(約80兆円)の対米投資を行う。これらの投資は米国政府が選定する。そして第三に、日本が約束を履行しなかった場合、米国は必要に応じて大統領令を修正することができる。
この内容は、日本が10%ポイントの関税引き下げを80兆円で「買った」という意味だ。ラトニック商務長官は7月の時点で、25%の関税だと日本は米国へ自動車を輸出できなくなるが、15%ならなんとかやっていけると説明している。その10%ポイントの差を日本が80兆円で買ったという解釈になる。

さらに9月4日に署名された覚書によると、投資先は米国の商務長官を議長とする投資委員会が推薦した案件の中から大統領が選定する。投資期間は2029年1月19日まで、つまりトランプ大統領の任期中の3年半で完了させる必要がある。日本は米国が投資先を選定したと通知されてから45営業日以内に、米国が指定する口座に米ドル建てで資金を送金しなければならない。
Q. 対米投資に関してどのような疑問点がありますか?
この合意については、3つの大きな疑問がある。
第一の疑問は、金額が大きすぎるのではないかということだ。2024年時点での日本の対米直接投資残高は8,192億ドルだが、そこに5,500億ドルを3年半で投資するということは、残高が7割も増えることになる。過去3年間の平均増加額は200億ドルなので、今後のペースは過去の8倍になる計算だ。これは現実的なのだろうか。
第二の疑問は、誰がこの投資を実行するのかということだ。JBICなどによる出資・融資保証と説明されているが、それは融資の話であり、そもそも誰が投資を実行するのかが明確になっていない。
第三の疑問は、誰がお金を出すのかということだ。JBICのバランスシート規模は現在20兆円程度であり、ここに80兆円を追加することは容易ではない。外貨準備の活用も考えられるが、即時利用可能なドルの現金・預金は1,611億ドルしかなく、5,500億ドルには遠く及ばない。
Q. この投資は円相場にどのような影響を与えるのでしょうか?
誰が投資を推進するにせよ、ドルでファイナンスされない限り対米投資は円売り・ドル買いになる。一般的に1兆円程度のフローでドル円が1円動くと言われているので、この80兆円全部が外為市場で売られるわけではないとしても、例えば10兆円が売られれば10円の円安要因になる可能性がある。
これは為替市場にとって非常に大きな問題だ。円安圧力がかかることで投機筋からの攻撃を受けやすくなり、個人投資家も円を売りたくなるだろう。こうした大規模な円売り圧力が続くと、金利差の縮小にもかかわらず円高にならない状況が続くことになる。

現在、投機筋のポジションはまだ円ロングが多い状態だが、これが巻き戻されると円安が進行する可能性がある。将来の見通しとしては、仮に40兆円が円売りに回れば40円の円安となり、ドル円は180円方向に向かう可能性もある。
Q. 大統領はFRBにどのような影響力を持っていますか?
大統領はFRBの理事を指名する権限を持ち、上院がそれを承認する仕組みだ。理事の任期は14年と長く、パウエル議長の任期は来年5月までだが、理事としては2028年1月まで在任できる。
現在トランプ大統領は、クック理事の不正疑惑による解任を通じて影響力を行使しようとしているが、連邦地裁が解任を一時差し止めている状況だ。クック理事は2038年まで任期があるため、もし解任されなければ、パウエル議長が理事として残る場合でも、FRB理事の構成は4対3でトランプ派以外が多数を維持できる。
また、FRB地区連銀総裁の任期更新は5年に1度行われ、次回は来年2月に予定されている。もしトランプ派の理事が多数を占めると、タカ派の地区連銀総裁の任期更新を承認しない可能性も出てくる。
とはいえ、金融政策の決定は最終的にはファンダメンタルズに左右される部分が大きい。仮にパウエル議長ではなくウォーラー理事が議長になったとしても、もしインフレ率が上昇し失業率が低いままであれば、利下げを無理に進めることは難しいだろう。
Q. 今後の為替相場の見通しはどうなりますか?
円は実質金利がマイナスであることや、日本企業が国内ではなく海外に投資する傾向が続いていることから、引き続き弱い状況が続くだろう。
現在の為替市場では、ドルが最も弱く、円が2番目に弱い状況だ。スイス円は市場最高値を更新し、ユーロ円もユーロ導入以来の高値に近づいている。オーストラリアドル円も久しぶりの円安水準になってきている。

今後3年程度の見通しでは、この80兆円の投資が実行されるかどうかによって大きく変わってくる。仮に40兆円が外為市場で円売りになれば、ドル円は180円方向に向かう可能性がある。一方で、もしドルが弱いままで円も弱いままであれば、ユーロ円が190円といった水準に達する可能性もある。
ただし、日本だけでなくEUも6,000億ドル、韓国も3,500億ドルの対米投資を約束しており、合計1.5兆ドルがトランプ大統領の任期中に米国に投資されれば、米国経済は一時的に非常に強くなり、ドル高につながる可能性がある。しかし、これらの投資約束が実際に履行されるかどうかは不透明だ。