
インド経済の未来:中国を超えるか
インドは中国を超えるのか?専門家に聞く経済の実力と課題
インド経済の成長が注目されている。GDPは右肩上がりで増加し、今年にも日本を追い越すとの見方もある。人口も世界第一位となり、若年層の割合が高く中長期的にも人口拡大が続く見込みだ。8月末にはモディ首相の来日も予定されている。そこで第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミストの西濵徹氏に、インド経済の基礎知識や今後の展望について聞いた。

Q. インド経済を見る上で重要なポイントは?
インド経済を見る上で重要なのは潜在力の高さだ。人口が世界第一で14億人を超え、人口構成も若年層の割合が高い。中長期的に見ても人口拡大が続くことが見込まれている。
また広大な土地があるという点も重要だ。これは開発の余地が大きいということになる。2000年代初めには、人が多く労働力が豊富で広大な土地を持つ国々を「ブリックス」と呼んだが、その中でも現在は特にインドに注目が集まっている。
これまで成長を続けてきた中国はすでに人口減少局面に入り、構造的にも様々な問題を抱えて成長の余地が厳しくなってきた。一方でインドには成長の素材が豊富にある。あとはそれを活かせるかどうかが注目点だ。
Q. インド経済の基本的な数字はどうなっている?
GDPの規模を見ると、インドは右肩上がりで増加している。昨年は日本に接近し、今年にも日本を追い越す可能性がある。つまり世界ではアメリカ、中国、ドイツに次いでインドが4位になるという時代になりつつある。

成長率については、2000年代以降、いわゆるブリックスと呼ばれる新興国の中でも高い成長を実現してきた。かつてのインドは「ヒンズーの成長率」と呼ばれ、良い時と悪い時の波が激しく、なかなか安定しなかった。しかし湾岸戦争をきっかけに構造改革を行い、それが2000年以降に花開いた。
世界的なグローバル化の追い風に乗ったことも大きいが、インドの経済成長の特徴は外需ではなく個人消費を中心とする内需が成長の枠組みになっていることだ。国内で中間層が育ち、消費意欲が高まることで成長が実現できている。
2020年度はコロナ禍で久々のマイナス成長となったが、足元では急速に回復し、昨年も7%前後の高い成長を実現している。
Q. トランプ関税はインド経済にどう影響する?
トランプ前大統領はインドに対して25%の関税を課すと発表した。これはアジアの他国が20%前後と言われる中でやや高い。当初はインドに対して甘めに設定されていたが、最近厳しくなった理由としては、ロシア産原油の輸入や農業解放の問題が背景にある。
関税は50%に引き上げられる可能性もあり、これは世界的に見ても高い水準だ。ただし、インドのアメリカ向け輸出額は名目GDP比で見ると2%強程度なので、マクロ的に見るとそれほど大きな影響はない。
ただし自動車や自動車部品、鉄鋼、アルミ製品などのセクターには影響が出る可能性がある。また今後、半導体や医薬品にも関税が拡大される可能性があり、インドは世界的に見ると医薬品原料の生産国でもあるため、これらの分野で悪影響が出る可能性はある。
しかし全体としては、今年度も6%前後の成長が見込まれており、仮に50%の関税が課されても成長率の下押し効果は0.4%ポイント程度と予測されている。インドの経済成長の原動力は内需であり、足元では物価も落ち着いてきているため、大きく減速する可能性は低い。
Q. インドの金融政策はどうなっている?
インドは基本的に慢性的な経常赤字国で、商品市場が上昇すると物価高になりやすい。しかし足元のインフレ率は1%台と落ち着いている。中央銀行がインフレ目標として定めているのは4%±2%、つまり2〜6%の範囲内であり、現在はその下限近くにある。昨年12月から利下げも行っている。
また、文理政権は10月から間接税である物品サービス税(GST)の引き下げを検討しており、これも景気にとっては追い風になる。個人消費が経済成長の牽引役であることを考えると、物価が落ち着き、利下げが行われ、減税も実施されれば、景気にプラスの効果をもたらすだろう。
ただし、消費が盛り上がりすぎて貿易収支の赤字幅が拡大し、経常収支が悪化するとインフレ圧力になる可能性もあるため、政策の内容を注視する必要がある。
Q. インド株への投資はどうか?
インド株は中長期的な成長が期待できるという観点で注目を集めている。特に近年は米中摩擦の影響で、世界の投資家が中国のウェイトを下げてインドのウェイトを上げる傾向があった。
ただし足元では中国当局が景気対策に本腰を入れ始め、米中協議も一定程度進展しているため、中国株が上昇するとインド株が相対的に抑制される可能性もある。
一方で良い材料としては、8月にスタンダード&プアーズが18年ぶりにインドの格上げを発表した点が挙げられる。スタンダード&プアーズは3大格付け会社の中でも格上げが遅い傾向があるが、今回はいち早く行った。理由としては、トランプ関税の影響が限定的であることと経済成長により財政状態が改善していることが挙げられている。
ただし、今後の減税政策と財政健全化の両立に関しては懸念材料もある。インド政府は「税収に問題はない」と説明しているが、実際にどのような政策が実行されるかを見極める必要がある。
Q. インドの財政状況はどうなっている?
インドの財政には課題がある。直接税について言えば、農業従事者はほとんど所得税を納めていない。また税制が複雑だという問題もあった。それを簡素化するために全国一律の物品サービス税(GST)を導入したが、それを引き下げることになると、歳出増加の一方で歳入の安定確保がどうなるのかという懸念がある。
Q. インドとアメリカの関係はどうなっている?
モディ首相とトランプ前大統領は、タイプとして似通っている面があり、当初は良好な関係だった。しかし、ロシア産原油購入の問題と農業解放の問題で関係が悪化した。

インドが農業解放に応じられない背景には、今年の総選挙で与党のインド人民党が議席を減らし、農村地帯での支持が低下したことがある。アメリカからの安い農産品が入ってくれば、重要な支持基盤を失うことになるため、この点では譲れないという立場だ。
また、インドはエネルギー安全保障の観点からロシア産原油の輸入を続けており、これがウクライナ戦争を継続させるロシアの能力をサポートしているとアメリカ側は見ている。
Q. インドと中国の関係は?
インドと中国は「敵の敵は味方」の関係になりつつある。両国とも現在アメリカとの関係がうまくいっていない中で、接近する動きが見られる。
元々両国は時に関係が良好な時期もあったが、パキスタン問題や国境紛争で関係が悪化していた。特にコロナ禍の頃に中印国境地帯で衝突があり、インド兵が亡くなる事件があって、インド国内の対中感情は急速に悪化した。
しかし現在は、上海協力機構のサミットでモディ首相が訪中する予定で、首脳会談も行われる見込みだ。国境問題は棚上げして、投資や貿易の活性化について協議される可能性がある。
Q. 日本とインドの関係は?
インドは伝統的に「等距離外交」を展開しており、どの国とも一方的に接近することはない。現在は中国に接近しながらも、アメリカとも関税交渉を続け、日本との関係も維持している。日本との関係強化を通じて、アメリカにも間接的にメッセージを送る意図もある。
インドにとって日本との協力のメリットは、製造業の育成にある。インドは人口が増えているため経済成長できているが、一人当たりGDPはまだ2500ドル程度で低い。また、GDPに占める製造業の割合は農業よりも低く、雇用創出の観点から製造業の育成が課題となっている。そのモデルとして日本への期待がある。
日本にとってもインドとの協力は、14億人の巨大市場にアクセスできるメリットがある。また、インドをアフリカや中東市場進出の拠点とする可能性もある。東アフリカにはインド系の人々が多く、中東にもインド人が多数居住しているため、インドを拠点に両地域へのビジネス展開が考えられる。
Q. インドは中国を超えるのか?
可能性はあるが、そのために必要なステップを着実に踏まないとハードルは高い。インドは高い成長を実現しているが、一人当たりGDPの伸びで見ると、1980年代のNIEs諸国や2000年代以降の中国と比べると低い。これは生産性の向上が追いついていないためだ。
人が増えているから全体としての成長率は高いが、一人当たりの生産性向上がなければ持続可能な成長は難しい。一人当たりGDPは依然として2500ドル程度で、バングラデシュにも劣っている。
法制度の問題や社会制度に基づく経済構造をどう脱却できるかが課題だ。具体的には、非正規雇用の割合が高く、中長期的な雇用の安定性に課題がある。また、英語が公用語と言われるが実際には地域言語も重要で、英語の能力によって雇用機会に差が生じている。
また、与党のインド人民党はヒンドゥー民族主義を掲げており、宗教的マイノリティへの対応や周辺国との関係にも影響を与えている。
カースト制度も課題だ。憲法ではカーストに基づく差別は禁止されているが、職業と結びついている面があり、製造業の発展のハードルになってきた。IT産業が発展したのはカーストと関係がないからと言われるが、主要IT企業のトップを見るとカースト上位の人が多いという現実もある。
Q. インドの格差問題はどうなっている?
都市と農村部の格差は極めて大きい。GDPに占める農業部門の割合が高いが、収穫の良し悪しに左右され、全体的な所得の伸びにつながりにくい。一方、サービス業は都市部に集中している。

アジアで最も裕福な人の一人はインドのアンバニ氏だが、こうした極端な富の集中も問題だ。相続税がないため、一代で築いた富がそのまま継承され、格差が固定化される傾向がある。
また、男女格差も課題だ。女性の社会進出は日本より進んでいる面もあるが、人口構成に歪みがあり、男性の割合が女性より1割ほど多い。これは昔の持参金制度の影響で女児を産まない家庭が多かったためだ。この人口構成の不均衡は、社会的な問題の一因にもなっている。
Q. 日本企業にとってインド市場の魅力と課題は?
日本企業のインド戦略はやや出遅れた面がある。自動車産業ではスズキが全体の半分程度のシェアを持つが、家電など他の分野では中国、韓国、台湾などの企業に後れを取っている。
地理的にも、インドの主要経済拠点は西側(中東・アフリカ・ヨーロッパ向き)にあり、アジアとの連動性が低い点も障壁になっている。さらに、土地収用の難しさや労働法制の問題もある。
文化的に
見ると、インドは英国などの植民地だった影響で、法制度や契約観念がヨーロッパ的であり、日本企業のやり方とは合わない面もある。「言わなくても分かる」という日本的な考え方は通用せず、きちんと契約に落とし込む必要がある。
サービス業の進出については、人口が多く若年層の割合が高いため、チャンスはある。ただし宗教的な背景を踏まえた対応が必要だ。例えば飲食業では食材の選択に宗教的配慮が求められる。
Q. インドの今後の展望は?
インドには潜在力につながる材料はある。人口の多さと増加傾向、広大な土地は経済成長の土台になりうる。しかし、法制度とその運用の問題を解決しなければ、「インドは付き合いにくい」というイメージを払拭できない。
今後の注目点としては、インドが外交上の「等距離外交」を維持しながら、外資を受け入れる環境整備ができるかどうかだ。個人消費という経済成長の原動力に、生産性の向上が加われば、所得増→消費増の好循環が生まれる可能性がある。