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ハーバード大医師が語る「家庭と仕事を両立する工夫」
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2025年8月2日

正解のない「子育て」という営みに親はどう向き合えばいいのか?どうすれば子どもの特性を伸ばすことができるのか?どうすれば親自身がプレッシャーから解放されるのか?ハーバード大学の小児精神科医で3児の母である内田舞氏に聞いた。
子育て世代のプレッシャーはどう乗り越える?内田舞医師が語る「外的評価」と「内的評価」
私たちは社会的な動物として、他者からの承認や評価を求める本能を持っています。特に日本では、他者の目を気にしすぎて自分らしさを発揮できないことも。ハーバード大学小児精神科医の内田舞氏に、現代人が抱えるプレッシャーとの向き合い方について聞きました。

Q. 日本人は他者からの評価に敏感すぎる傾向がありますが、どう乗り越えられますか?
これは「外的評価」と「内的評価」という概念に集約されると思います。外的評価とは文字通り外からの評価で、テストの点数や肩書き、最近ではSNSのフォロワー数やいいねの数などが該当します。

人間は社会的な動物なので、一人で生きていける人はほとんどいません。社会で協力しなければ生き延びられないという本能から、社会での承認や仲間からの認識を大切にする動物として進化してきました。そのため、外的な評価を求めるのは人間である以上、誰もが多かれ少なかれ持っている特性です。それを否定する必要はありません。
しかし同時に「内的評価」、つまり自分自身が自分についてどう思っているか、自分の良いところも悪いところも含めて「自分はこういう人間だ」と思える土台があるかどうかが、人生を大きく左右します。私は育児においても子どもたちにこの内的評価を育ててあげたいと思いますし、自分自身も意識的に育てるようにしています。
Q. 外的評価の構造は簡単には変わらないと思いますが、内的評価を高めることで楽になりますか?
そう思います。私はジュニア世代のアスリートの診察をすることが多いのですが、アスリートはまさに結果を求められるため、外的評価に非常にさらされています。若いうちからこれだけのプレッシャーを背負うのは大変なことです。
例えば、あるフィギュアスケート選手の患者さんがいました。その方はシーズン前から一番練習をして、最高の状態で大会に臨み、自分史上最高の演技ができました。しかし、同様に素晴らしい演技をした別の選手が1位となり、その患者さんは2位になったのです。
患者さんは「これだけ頑張って、満足のいく演技ができたのに2位だった」ということを受け入れられないと言っていました。その気持ちはよく理解できます。そこで私は「外的評価」と「内的評価」を分けて考えてみようと提案しました。
外的評価として順位は2位でした。これは対戦相手がどのような演技をしたかによって大きく変わります。もし対戦相手がジャンプで転んでいたら、患者さんが1位になっていた可能性もあります。
一方、内的評価に目を向けると、シーズン前からの準備と練習過程、その中での成長、そしてそれを全て出し切った演技の価値は、他の選手の結果によって変わるものではありません。自分の成長と練習過程を大切にし、それを祝福することはできないかと話したところ、患者さんの気持ちが少し晴れたようでした。
これは日常生活でも同じです。目標に向かって頑張った過程や、協力してくれた人たちへの感謝の気持ち、自分の歩んできた道のりを大切にすることは、誰にでもできることではないでしょうか。
Q. キャリアと家庭の両立について、仕事上の自分と親としての自分はスパッと分けた方がいいのでしょうか?
それは個人の好みもありますが、完全に分ける必要はないと思います。私の職場でのミーティングである女性教授が興味深い話をしてくれました。彼女は「これまで子どもが病気になって早く帰らなければならない時に、こそこそと『すみません』と言いながら帰っていた。でも実際、私たちは人間なのだから多面的な顔を持っています。仕事での顔もあれば、家族メンバーとしての顔もある。それが私たち人間なのだから、分ける必要はないのではないか」と言ったのです。
これからは子どもの歯医者の予約があるなら「1時半までにこの仕事を終わらせなければならないから協力してほしい」と部下に頼み、「後から質問があれば電話してください」と堂々と帰っていく。そして皆が「行ってらっしゃい」と送り出せるような職場環境にしたいと彼女は言っていました。

医師としての責任も、子どもを歯医者に連れていく責任も、誰かが果たさなければならないものです。どちらも放っておくことはできません。職場の責任はある程度待ってもらえるものもありますが、家庭での責任は待てないことが多いのです。
だからといって職場の責任を果たさなくていいと言っているのではなく、その責任が果たせるような働き方を考える必要があります。それはリモートワークかもしれないし、仕事量を減らして給料も減らすという選択かもしれません。そこは個人と職場でのネゴシエーションによりますが、家庭でも職場でも責任を果たせる環境づくりに努力していく必要があります。
Q. 北欧では仕事と生活のバランスがとりやすいと言われますが、アメリカのような競争社会でもそれは可能なのでしょうか?
北欧の文化は本当に素晴らしいと思いますが、比べものにはなりません。しかし数字で見ると、例えばハーバードでは教授職の47%が女性です。日本と比較すると大きな差があります。
私自身、日本にいたら今のような研究、臨床、教育の仕事を女性としてできていたか、そして3人の子どもを育てながらハーバード医学部の准教授として一つの分野を任せてもらえていたかと考えると、非常に難しかったのではないかと思います。
日本を出ようと思った直接的な理由は、日本の文化における女性の地位に絶望感を感じたからです。アメリカに来て良かったと思っていますが、日本社会も変わってきていることは嬉しく思います。ただ、その道のりはまだまだ続く必要があると思います。
Q. 母親の視点が多く出ましたが、父親側のマインドセットはどう変えていくべきでしょうか?
まず女性が置かれている状況を認識する必要があります。日本では「女性差別はない」と思っている男性も多いですが、無言の偏見や無意識の中で共有された考え方が、女性の選択肢を狭めている状況があります。
専業主婦になることを選ぶのは全く問題ありません。フェミニズムとは女性の選択肢を大切にし、その選択肢を奪わないことを目指すものです。専業主婦は本当に大変な仕事ですし、それが自分の選択であれば誇りを持ってほしいと思います。
しかし問題は、それが本当にその人の選択だったかという点です。育休が男性は数週間、女性は1年というような社会構造の中で、必然的に女性が家事育児を担うことになるケースも多いのではないでしょうか。これは真の意味での「選択」と言えるでしょうか。
また、男性自身も「男らしさ」というステレオタイプに苦しんでいます。「男なら泣いてはいけない」「一家の大黒柱」といった考え方は、男性に大きな心理的負担を与えています。日本の自殺率の高さ、特に中高年男性の自殺率の高さは、このような固定観念と無関係ではないでしょう。

男性たちが「泣いてはいけない」「弱い感情を感じてはいけない」と思わされている中で、唯一許されているのが「怒り」という感情です。本来なら様々な感情を表現できれば、そこまで行かなくても良かったのに、誰かを支配したりコントロールしたりする方向に行ってしまうことがあります。
父親たちには、泣いてもいいし、寂しいという言葉を言ってもいいし、悲しいという言葉を言ってもいい。そしてそれを育てている男の子たちにも見せてあげてほしいと思います。そういった感情を感じても大丈夫だということを示してほしいと強く感じています。