
【進化の舞台裏】天気予報はなぜ当たるようになったのか
「天気予報はなぜ当たるようになったのか」
元気象庁長官の長谷川直之氏が明かす、天気予報の進化と防災への取り組み

Q. 「天気予報はなぜ当たるようになったのか」という本を出版されたきっかけは何ですか?
天気予報は私たちの日常生活に欠かせないものですが、その裏側で気象庁の人たちがどのような工夫や努力をしているかはあまり知られていません。
この本を通じて、気象情報がどのように作られているか、そして防災のための情報をどのように活用してほしいかを伝えたいと思いました。
実は私が気象庁に入った頃、祖母に「毎日お空を眺めていいわね」と言われたことがあります。
この反応を見て、気象庁の仕事内容が一般の方々に正しく理解されていないと感じました。
気象情報が作られる過程や、情報を出す側の意図を知ることで、皆さんがより効果的に気象情報を活用できるようになればと考えています。
Q. 天気予報の精度は実際に向上しているのでしょうか?
データで見ると明らかに精度は向上しています。東京の天気予報を例にすると、雨が降るかどうかの予測精度は1980年代後半から右肩上がりになっています。
年ごとにばらつきはありますが、5年平均で見ると明らかな上昇傾向があります。また、気温予報の誤差も小さくなってきています。

台風の進路予報の精度も向上していますし、より細かい情報が出せるようになったことで「当たっている」と感じる人が増えているのだと思います。
とはいえ、まだ予測が難しい現象もあるので、「少しは当たるようになった」というのが正確な表現かもしれません。
Q. 天気予報の精度が向上した主な理由は何ですか?
最も大きな理由は「数値予報」という技術の発展です。これは気象の変化を物理法則に基づいて数値化し、コンピューターで計算する技術です。
日本では1959年に数値予報が始まりましたが、当初はコンピューターの性能が限られていたため、予報官の経験に基づく予測の方が精度が高い時代が続きました。
私が気象庁に入った1983年頃には、数値予報の結果が予報官の予測と同等のレベルになり始め、
低気圧や高気圧の動きについては数値予報に任せられるようになりました。一方で、地形の影響による局地的な天気の違いなど細かい予測はまだ難しかったです。
その後、スーパーコンピューターの計算能力が飛躍的に向上し、より細かい計算ができるようになりました。
また、人工衛星による観測データが充実したことも大きな要因です。このように技術の積み重ねによって、精度が向上してきたのです。
Q. 現在でも予測が難しい気象現象はありますか?
最も注目されているのは「線状降水帯」です。これは横に細長い雨域ができて、同じ場所で何時間も雨が降り続ける現象です。
線状降水帯が発生すると膨大な雨量になり、災害が起きやすくなります。
大雨になることは予測できても、線状降水帯が発生して記録的な雨になるかどうかを事前に正確に予測するのは現在でも非常に難しいです。
また、夏の夕立のような局地的な現象がどこで発生するかの予測も同様に難しい課題です。
これらの予測精度を上げるためには、より高密度な観測網とコンピューターの計算能力の向上が必要ですが、コストとの兼ね合いもあります。
レーダーなどの観測技術を活用した研究が進められており、将来的には予測精度が向上することが期待されています。
Q. 「線状降水帯」という言葉がよく使われるようになりましたが、これには意図があるのでしょうか?
気象庁が「線状降水帯」という言葉を使い始めたのは、数年前に広島で土砂災害が発生した際に、
なぜそれほどの大雨になったのかを説明する中で使用したのが始まりです。マスコミもこの言葉をよく使うようになり、社会に浸透していきました。

線状降水帯は予測が難しいため、どのような情報を出すべきか検討が必要でした。
しかし、「線状降水帯」という言葉が広く知られるようになったことで、「線状降水帯が発生します」と伝えれば、
危険性を認識して避難行動につながる可能性が高まります。つまり、この言葉の知名度を活用して、防災情報を効果的に伝えようとしているのです。
ただし、「線状降水帯」を頻繁に伝えすぎると、実際に発生しなかった場合に「当てにならない」と思われる危険性もあります。
一方で、発生の可能性を知りながら伝えないと避難が遅れる恐れもあります。
このバランスを取るのが非常に難しく、様々な検討を重ねた結果が現在の情報提供の形になっています。
Q. 防災情報の「空振り」と「見逃し」のバランスはどのように考えればよいですか?
防災情報では、「空振り」は「大雨になる」と予測したのに実際には大雨にならなかった場合、
「見逃し」は何も言わなかったのに大雨になってしまった場合を指します。
防災のための情報では、「見逃し」は命に関わる可能性があるため避けなければなりません。
見逃しをなくすためには、少しでも怪しい時は必ず情報を出せばよいのですが、そうすると今度は「空振り」が増えます。
空振りが増えると「どうせまた外れるだろう」と情報を信頼してもらえなくなる恐れがあります。
このバランスは、情報を見た人に何をしてもらいたいかによって変わります。
例えば「避難してください」という重い行動を求める場合は空振りを減らす必要がありますが、
「空を注意して見てください」程度なら、空振りが多少多くても許容されます。
情報の使われ方と予測精度のバランスを考慮しながら、最適な情報提供のあり方を常に検討しています。
Q. 「警戒レベル」という概念はどのような意味がありますか?
警戒レベルは全部で5段階あり、数字が大きくなるほど危険度が高まります。
レベル5が最も危険で、すでに災害が発生しているか、いつ発生してもおかしくない状況です。
重要なのは、レベル5になってから行動するのでは遅いということです。レベル4の段階で避難を完了しておく必要があります。
さらに、高齢者や障がいのある方など、避難に時間がかかる方々はレベル3の段階で避難を始めるべきです。
レベル3は「高齢者等避難」ですが、「自分は高齢者ではないから何もしなくていい」というわけではありません。
災害が迫っている時はレベルが急速に上がることもあるため、レベル3の段階でしっかり準備をして、いつでも避難できるようにしておくことが大切です。
もし家族に高齢者がいて避難するなら、一緒に避難するのが良いでしょう。
Q. 防災のために日頃から確認しておくべきことはありますか?
最も重要なのは、自分が住んでいる場所にどのような災害リスクがあるかを知ることです。
川の近くに住んでいる人は洪水のリスク、裏に斜面がある場所なら土砂災害のリスクがあります。

最近はハザードマップが整備されているので、自宅周辺の災害リスクを確認できます。
例えば、土砂災害が危険な地域でも、鉄筋コンクリートの建物の高層階に住んでいれば直接の被害は少ないかもしれませんが、
出入り口に土砂が溜まって出られなくなる可能性もあります。
また、「キキクル」という気象庁のウェブサイトも活用してください。
これは土砂災害、洪水、浸水のリスクを地図上に色分けして表示するもので、警戒レベルに合わせた色で示されています。
レベル5になると黒色で表示され、非常に危険な状態を示します。災害時だけでなく、平時から使い方を確認しておくことをお勧めします。
Q. 気象情報の精度向上に伴い、社会の受け止め方は変わってきましたか?
大きく変わってきました。2004年に風水害で多くの方が亡くなった際、避難情報のあり方が大きく議論されました。
その時には気象庁の大雨警報と避難行動を直接結びつけることはできませんでした。当時は気象予報の精度が現在ほど高くなかったためです。
その後、気象予報の精度が向上し、降った雨がどのように流れ、どこで災害が起きやすいかを計算できるようになりました。
現在は警戒レベルという枠組みで、気象情報と自治体の避難情報、住民の行動が明確に結びついています。
これは情報の精度向上によって、その情報をもとに行動する土壌が整ってきた証拠だと思います。
Q. デジタル化によって気象庁の業務はどのように変わりましたか?
デジタル化によって様々な変化がありました。数値予報の発展により、予報官は数値予報の結果を基に、さらに自分の知見で補完するようになりました。
観測も自動化が進み、かつては目視で行っていた雲の観測なども、現在は東京と大阪でしか行っていません。
これらの効率化によって、今までは観測や予測に多くの人手とエネルギーを使っていたものを、情報を正しく伝えることに振り向けられるようになりました。
例えば、本当に避難が必要な時には、全国の気象台の台長が市町村長に直接電話する「ホットライン」にエネルギーを注げるようになりました。
また、大雨シーズン前に市町村を訪問して顔の見える関係を構築するなど、コミュニケーションの充実にも力を入れています。
正確な観測と予報を行うだけでなく、その情報をどうすれば人々に活用してもらえるかを考える方向に変わってきています。
