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日本とは何か?西郷隆盛、本居宣長、福澤諭吉の日本論
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2025年7月19日

戦後80年を迎える日本。アメリカニズムが揺れる中、日本が軸にすべき自画像とは何なのか?西郷隆盛、本居宣長、福澤諭吉の思想を紐解きながら、思想史家の先崎彰容氏に「日本の未来像」を展望してもらった。 <ゲスト> 先崎彰容|評論家 東京大学大学院人文社会系研究科博士前期課程修了。フランス留学も経験。東日...
日本人と日本国家に欠けている「軸」とは?評論家・先崎彰容が語る日本の自画像と未来像
世界的な国際秩序の変容、情報革命の進展といった現代社会の変化の中で、日本人のアイデンティティや国家としての軸が揺らいでいるのではないか。評論家の先崎彰容氏が「日本の自画像と未来像」をテーマに語った。

Q. 現代社会をどう捉えていますか?
国際社会では、欧米中心の国際秩序に対してロシアや中国が挑戦する一方、アメリカ自身も内向きになり、トランプ前大統領のように「アメリカ・ファースト」を掲げて従来の国際秩序から退場しつつある。
この状況は「反近代主義」と呼べる現象だ。近代主義とは第一次世界大戦後にアメリカが確立した、資本主義や民主主義、欧米中心の国際秩序など、私たちが基本としているシステムのことだ。これが確立されて約100年経ち、今や各国がそこから離れようとしている。
アメリカでさえトランプの政策は「グローバル秩序を作るのは民主党の政策であって、アメリカも閉じていくのだ」というメッセージだ。つまり、ロシアも中国もアメリカも、みな「近代」という場から退場しようとしている。
国内に目を向けると、日本は「失われた30年」による閉塞感に苦しんでいる。この閉塞感に対して、人々には3つの選択肢しかない。①少しずつ変えていく、②暴力やテロに訴える、③諦めてシニカル(皮肉的)になる。最近の選挙で見られる奇妙な行動や、ポスターを意図的に乱雑に貼るなどの行為は、合法的なテロとも言える上げ足取りであり、③のシニカルな反応だ。
Q. 情報革命はどのような影響を与えていますか?
現代の情報革命は、実は明治時代にも同様の現象があった。当時は鉄道の発達により新聞が急速に広まった。これにより人々が極端になり、政治も過剰に抑え込もうとして、社会が殺伐としていった。
例えば西南戦争の時代、東京にいる大久保利通が「西洋のタオルを使って顔を洗っている」という噂が河原版(当時の週刊誌的な情報源)で広まると、九州では「やはり彼は西洋主義者だ」と批判が高まった。現代のSNSと全く同じ構造だ。自分が見たい情報だけがどんどん入ってくる中で、最終的に西郷隆盛は「そんなに早まって戦争してはいけない」と思いながらも、すでに始まってしまった戦争の責任を取って死んでいった。

福沢諭吉は当時、「極端主義」という論文で、情報の流入によって人々が極端になり、政府がそれを警戒して過剰に抑え込むことで、両者が極端化していくと警告した。だからこそ彼は教育(慶應義塾)と言論(自主憲法)を重視した。
現代は映像メディアの規制緩和でYouTubeなどが発達し、より極端な現象が起きている。一家団欒でテレビを見ていた時代と違い、同じリビングにいても全員が異なる情報にアクセスするスマホ社会では、人々は破壊的に孤独になっている。
Q. 日本人のアイデンティティはどう変化していますか?
今の日本人ほど孤独な存在はない。孤独なのに「自分で考えろ」「君の強みは何か」と問われ続ける社会で、多くの人が疲弊している。書店には自己啓発本と疲れた時の対処法の本が溢れているのはその証左だ。
自信がない自分に気づいた時、安易に「お前はすごいんだよ」と存在そのものを全肯定するような政治的言説が増えている。一見、過去の日本人を大事にするように見えるが、実は対人関係を忘れた膨張した自己自信、自尊心になりがちだ。
日本はアメリカの薄められた表面的な部分だけを取り入れてきたことが最大の問題だ。アメリカには宗教や家族という軸があるが、日本にはそれさえも薄れている。
歴史的にみれば、現代の80年間はアメリカニズムに染まった異常な時期だと言える。日本人が無意識にアメリカ一辺倒で生きてきた時代だ。しかし今、国際社会がバラバラになる中で、日本人も複数の価値観を見る必要がある。
Q. 日本人の価値観はどう形成すべきですか?
先崎氏は「本居宣長」の研究から、日本独自の価値観について言及した。例えば中国の詩には酒の話が多いが、日本の和歌には男女関係が中心的なテーマとなっている。

これは単なる恋愛関係ではなく、相手の良いところを認め、言葉を尽くして心に届けようとする関係性だ。現代の「なぜ私の気持ちが分からないのか」という一方的な自己主張や、絵文字だけで感情を表現する文化とは対照的な、豊かな人間関係のあり方を示している。
日本人の価値観は大きく分けて3つある。①物の哀れに代表される日本独自の生き方、②儒教的な男性的な生き方、③アメリカニズム的な商品貨幣経済に基づく生き方だ。これらを理解し、バランスを取ることが重要だ。
Q. 日本の未来像をどう描きますか?
現代社会は生きることに価値を置き、死を見えないようにしてきた。しかし少子高齢化やコロナ禍を経て、死について考える時代が来ている。日本は宗教性が薄いため、死に方についての価値観が担保されていない。

柳田國男によれば、日本人の死生観は仏教とは異なり、亡くなった人は近くの小高い山に霊魂として上がり、名前を失いながら漠然とした存在の中に取り込まれていく。お盆に祖先が帰ってくるという信仰もそこにある。こうした伝統が今、失われつつある。
日本の将来には、観念的な日本回帰ではなく、実際の習慣や伝統を通じて「日本とは何か」を探る姿勢が必要だ。また死者の声に耳を傾ける謙虚さも求められる。
古典教育やリベラルアーツの復活は肯定的に捉えるべきだ。言葉に厚みを持たせることでポピュリズムを防ぎ、日本の歴史や古典を現代に生きる私たちの問題として捉え直すことができる。30〜40代になって学び直したいと思う人は多いが、何をどう学べばいいか分からない。そこに適切な案内役が必要だ。
日本を知るには、90分で分かる歴史ではなく、じっくりと古典に向き合い、足が4本になったように複数の視点を得る学びが重要だ。自画像を取り戻すための孤独な学びが、逆に人との出会いや対話につながっていく。