PIVOT TALK BUSINESS
10の部門別“止まるリスク”
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2025年7月9日

日本企業は経済安全保障をどのように実践できるのか?元・経産省 通商交渉官・羽生田慶介氏に、10の部門の具体的な対策を聞いた。 <ゲスト> 羽生田慶介|オウルズコンサルティンググループ代表 経産省(FTA交渉・ASEAN担当)、キヤノン、戦略コンサルなどを経て起業。 現在は経産省大臣官房臨時専門アド...
地政学リスクに対する企業戦略:各部門で何をすべきか
地政学リスクと経済安全保障が企業経営にもたらす影響が拡大している。国家間の緊張関係がビジネスに直結する時代において、企業はどのように対応すべきか。オウルズコンサルティンググループ代表で、元・経産省通商交渉官の羽生田慶介氏に聞いた。

Q. 社内部門の序列再設定が必要な理由は?
製造業では従来、デザイン部門や設計部門が花形で、革新的な商品を作り、他部門がそれに合わせるという序列があった。しかし、地政学リスクが経済安全保障上の問題になる現在、その関係を逆転させる必要がある。調達部門の戦略性に他部門が合わせていく形に変えなければならない。
政府調達はGDPの10~15%を占める巨大市場だ。バイ・アメリカン政策のような国内調達優先の動きも広がっている。これはWTOの内国民待遇原則に反するグレーな政策だが、現実に動いているため対応が必要だ。

Q. 調達部門はどのような対応をすべきか?
最も重要なのは調達先の分散化だ。集中すれば大量購入で安くなるが、その国から締め付けられると一気に物資が入らなくなる。多少コストが上がっても調達先を複数化すべきだ。
調達の複数化によるコスト増を相殺するために、ロングテールの取引先削減や製品ラインナップの整理も同時に行うべきだ。日本企業は製品ラインが多すぎる傾向があり、地政学リスク対応を機に社内改革を進める好機でもある。
さらに企業内での調達部門の地位向上も必要だ。具体的には副社長や専務クラスの役員を調達部門のトップに据えることが効果的だ。日本の経営者は事業で成果を上げた人が上に行きがちだが、機能部門へのリスペクトを高める必要がある。
実際、在庫は平均1.08ヶ月で消費してしまうため、いくら資金があっても調達ができなければ生産できなくなる。調達部門の強化が企業の命運を分けるポイントになる。
Q. 研究開発部門が直面するリスクとは?
研究開発部門からの相談が最近増えている。多くの企業が中国企業との共同開発を行っており、法律違反ではないものの、それが適切かどうか不安を抱えている。
特に技術流出のリスクが高まっている。退職したエンジニアが技術を持ち出すケースも増加している。これは1990年代以降の日本の半導体産業でも経験した問題だ。当時は日本のエンジニアが韓国に移り、現在は中国企業に移っている。
企業としては情報漏洩防止のためのハード・ソフト面のセキュリティ強化と、セキュリティクリアランス(機密情報取扱資格)の導入が必要だ。日本はセキュリティクリアランス制度の導入が欧米に比べて遅れていたが、ようやく整備され始めている。
中国で生産する過程で日本企業の技術が現地企業に伝わってしまうことも長年の課題だ。研究開発をどう管理するかは今後の重要テーマとなる。
Q. M&Aにおける地政学リスク対応はどうすべきか?
安全保障審査による突然の不承認リスクが高まっている。米国のCFIUS(対米外国投資委員会)による審査は透明性があるとはいえ、M&A後に「売却せよ」という事後命令が出ることもある。
明らかな軍事産業だけでなく、一見関係なさそうな企業も対象になることがある。例えば、中国企業がLGBT向けデートアプリを買収した際、個人情報を握ることで核開発エンジニアなどに脅迫の機会を与えるリスクから売却命令が出された事例もある。
M&Aの際には経済安全保障の観点でのデューデリジェンス(精査)が不可欠だ。単なるキャッシュ創出マシンとしての価値だけでなく、「10年後もある会社なのか」というサステナビリティの視点が重要になっている。
Q. ビジネスチャンスの喪失と創出について
地政学リスクによるビジネスチャンスの喪失には、セキュリティクリアランスの欠如やバイアメリカン政策などによる入札要件の制約がある。GDPの10~15%を占める政府調達の説明会にすら呼ばれなくなる可能性がある。
一方、チャンスも生まれている。第一に、経済安全保障関連の補助金の獲得機会がある。第二に、サプライチェーンの変化による新たな需要の発生がある。中国からタイ、タイからメキシコへと生産拠点が移動する中で新たなビジネスが生まれる。
第三に、「友好国」同士での共同研究開発の機会が増えている。例えばレアアースについて、日本はオーストラリアやインドとの協力を進めており、日本のリサイクル技術などを提供することでウィンウィンの関係を構築できる。
こうした機会をつかむには、政府との連携が鍵となる。従来の業界団体窓口だけでなく、経営企画や事業企画が直接政府と関わるべきだ。特に政府調達への姿勢が、新しいルールへの対応力を左右する。

Q. DXの停滞と地政学リスクの関係は?
データの越境移動が制限されることで、DXにも障害が生じている。例えば、中国で収集した自動運転の衝突データを他国のデータと統合できなくなっている。また、日本の電力会社が海外の発電所を遠隔監視するようなサービスも難しくなっている。
国際標準化の取り組みも分断されつつある。通信(ITU)、電子機器(IEC)、その他(ISO)などの標準化機関はあるが、地政学的分断により世界共通のルール作りが困難になっている。
Q. 戦争や人権侵害への加担リスクにどう対応すべきか?
サプライチェーンの川下(販売先)の管理が求められるようになった。従来は「売った先のことは知らない」で済んだが、今はそれでは通用しない。
例えば、センサーがウイグルでの人権侵害監視に使われたり、部品がミサイルに組み込まれたりする可能性がある。取引先と「問題があった場合にはこのメカニズムで一緒に対応する」という具体的な取り決めが必要だ。
企業活動は契約で動いているため、地政学リスクが発生しても契約上の理由なしに取引を停止できない。「不可抗力(フォースマジュール)」条項も物理的障害に限定されがちだ。例えばロシアの取引先が「現金を持って取りに行く」と言われると、契約上は拒否できない。
こうした事態に対応するため、「地政学的・経済安全保障リスクがある場合は停止できる」という条項を契約に追加する動きが進んでいる。
Q. 海外展開における撤退判断の準備はどうすべきか?
高リスク地域であっても顧客ニーズがあれば進出を検討せざるを得ない。重要なのは、何かあった時に撤退できる手立てを用意しておくことだ。
キーワードは「アセットライト」または「変動費型のビジネス」だ。固定費や資産を多く持つと撤退が難しくなるため、バランスシートに重く計上せず、いつでも撤退できる状態を維持すべきだ。
特に設備投資が多い化学産業などでは、この対応が重要となる。自社で全工程を持つのではなく、一部を生産委託し、自社の「秘伝のタレ」部分だけを内製化するなど、アセットライト化が進んでいる。
Q. 従業員の海外派遣時のリスク対策は?
中国の反スパイ法などにより、日本人ビジネスパーソンの逮捕リスクが高まっている。対策として「してはいけないこと」のリストを作成し、海外派遣者に徹底指導すべきだ。

具体的には「個人のスマホを持ち込まない」など、情報漏洩や罠にはまるリスクを減らす対策が重要だ。特に元政府関係者は標的になりやすいため、より慎重な対応が求められる。
Q. 法務部門のキャパオーバーにどう対応すべきか?
エンティティリスト(取引禁止企業リスト)など、頻繁に更新される情報を事業部が自分でチェックすることは難しい。古い情報を見て誤判断するリスクもある。
解決策は社内共通データベースの構築と、ワークフローへの組み込みだ。リスト確認をチェックボックスに入れ、確認しないと調達プロセスが次に進まないシステムを構築すべきだ。AIの活用も進めるべきだが、それだけでは不十分だ。
Q. 中国とアメリカの法律が相反する場合はどうすべきか?
アメリカの法律を守ると中国で法律違反になる、またはその逆という「板挟み」状態が増えている。全てのコンプライアンスを守ることは不可能なため、ビジネスごとにどちらの法律を優先するか判断する必要がある。
日本企業の課題は、リスクを取る判断が遅いことと、企業としての哲学が欠けていることだ。日本政府の方針も明確でないため、企業として自ら判断しなければならない。DEI(多様性・公平性・包摂性)など、正解が一つでない問題に対しては、自社の哲学に基づいた判断が求められる。