PIVOT TALK BUSINESS
“残る企業”と“退く企業”の差
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2025年7月7日

地政学リスクが、経営の判断軸を変え始めている。元・経産省 通商交渉官・羽生田慶介氏にきく、「3つの大潮流」とこれからの経営戦略。
地政学リスクから企業を守るための羅針盤「何をしないか」の決断が生き残りの鍵
地政学リスクがビジネスに与える影響が日々増大する現代。企業はどのようにしてこのリスクに対応し、持続可能な経営を実現すべきなのか。オウルズコンサルティンググループ代表の羽生田慶介氏に、企業が取るべき具体的な対策について聞いた。

Q. 地政学リスクの中で企業は何を備えるべきですか?
まず重要なのは、何が起きているかの可視化から始めることだ。コンサルティングの鉄則として、課題特定から問題解決へと進む必要がある。
特に分かりやすい第一歩は、チョークポイント(重要な供給拠点)の可視化だ。自社のサプライチェーンにおいて、どこが途絶えると事業継続が危うくなるかを特定することが重要になる。
ただし、企業規模が大きくなるほど、全てのチョークポイントを特定するのは困難になる。例えば、売上高が数千億円や1兆円規模の企業では、1年かけても完全な特定は終わらない。そのため、重要度の高い箇所に集中すべきだ。
重要度の判断基準としては、2つの観点がある:
1. 購入量が多い原材料・部品(鉄、樹脂、半導体など)
2. 供給リスクが高い物資(政府が重要物資として指定しているものなど)
この特定作業は、通常3ヶ月程度の期間で実施するのが現実的だ。特定の過程では「よく分からない」という要素が多く出てくるが、それを明らかにすること自体が第一歩として価値がある。
Q. 企業が「何をしないか」を決めることの重要性とは?
経営戦略において「何をしないか」を決めることは、「何をするか」を決めることと同等かそれ以上に重要だ。特に現在の地政学リスク対応においては、これまで当然視されてきた中期経営計画のコストダウン目標を一部諦める決断が必要になる場合がある。
例えば、会社全体のコストダウンは引き続き追求しつつも、リスクの高いサプライチェーン部分については、コストダウン対象から外すといった判断が求められる。
この決断が難しい理由の一つに、社内の抵抗勢力の存在がある。工場長や事業部長といった現場責任者は、これまで設定された中期経営計画のコストダウン目標達成にコミットしており、その達成度合いでボーナスが決まる構造になっている。そうした中で突然「調達先を広げろ」「安くても危険なので調達先を変えろ」と言われても、抵抗感を持つのは当然だ。
この問題を解決するには、経営層が「以前に設定した目標は一旦棚上げし、達成できなくても評価は下げない」と明確に伝える必要がある。目標設定の変更から始めなければ、実質的な変革は難しい。
Q. 企業の永続価値とは何ですか?地政学リスクとどう関連していますか?
地政学リスク対応やサステナビリティへの取り組みは、短期的な予算達成とは関係ないと考える企業担当者も多いが、実はこれらは企業の永続価値、ひいては現在価値に直結している重要な要素だ。

企業として最も重要な問いの一つは「10年後も存続しているか」という点だ。この存続可能性が企業の現在価値に大きく影響する。
企業価値評価でよく使われるディスカウントキャッシュフロー法では、企業価値の約4〜5割は「ターミナルバリュー」と呼ばれる、中期経営計画終了後も事業が継続するという前提に基づいている。実際には5年後のビジネス環境がそのまま続くことはあり得ないが、M&Aなどでの企業価値算定ではこの手法が一般的に使われている。
この「中期計画終了後も事業が継続する」という前提を担保するのが、地政学リスク対応や経済安全保障対応だ。5年後、10年後も原材料の調達が可能で、製品を製造・販売できる環境を確保することは、今年の予算達成以上に企業価値にとって重要である。
Q. 企業の社内部門序列をどのように再設定すべきですか?
これまでの製造業では、デザインや設計部門が最も重視される傾向があった。製品のイノベーションや差別化の観点から、デザイン主導の成功事例が持て囃されてきた。
一方で調達部門は「設計が決めたものに合わせて安く買ってくる」という補助的な役割と見なされ、社内での位置づけは高くなかった。
しかし地政学リスクが高まる現在、この序列を変える必要がある。調達部門は企業の将来を守る最前線となり、その重要性が格段に高まっている。企業の在庫回転日数は平均して約1.08ヶ月であり、どれだけ資金があっても安定的な調達ができなければ約1ヶ月で在庫が枯渇し、事業継続が危うくなる。
この社内序列の変更は現場レベルでは難しいため、経営層が主導して実行する必要がある。どんなに優れたデザインでも、安定して調達できない素材や部品は使わないといった判断を、調達部門が主導できる体制づくりが求められる。
Q. 政府をビジネスパートナーにするとはどういうことですか?
民間企業の立場では、政府機関に対して苦い経験を持っている場合も少なくない。相談に行っても「それはダメです」と頭ごなしに断られたり、官僚的な対応に失望したりした経験から、多くの企業は政府機関への相談を躊躇している。
しかし、地政学リスクや経済安全保障に関しては、政府と連携することが不可欠だ。その理由は情報量の圧倒的な差にある。政府は一般に公開できない重要情報を多く保有しており、その情報をもとに対策を講じる必要がある。
企業が政府機関に相談する際は、コンサルタントを介すべきか直接相談すべきかという問題もあるが、基本的には直接相談しても問題ない。ただし、相談の仕方には工夫が必要だ。「これはやっていいですか?」という聞き方では「いいとは言えない」という回答になりがちだ。
より効果的なのは「このようなリスクがあり、こういう対策を考えているが、他に注意すべき点はありますか?」「政府として支援できることはありますか?」といった聞き方だ。コンサルタントの価値は、こうした相談の仕方をアドバイスする点にもある。
Q. 地政学リスク対応についての最後のメッセージをお願いします
これまでの自由貿易の時代は経営が比較的容易だった。コストは継続的に下がり、いつどのタイミングで下がるかだけを考えればよかった。
しかし、これからは経営者が「何をするか」「何をしないか」という勇気ある判断をしなければ、現場が動けなくなる。また、この地政学化・経済安全保障対応の結果として、新たなビジネスチャンスも生まれる。

重要なのは、この変化を前向きに捉え、企業の永続的な価値を守りながら新たな機会を捉えていく姿勢だ。短期的な予算達成よりも、5年後、10年後も事業を継続できる体制づくりに注力すべき時代が到来している。