政策超分析
停戦交渉は決裂か/ウクライナ情勢を徹底分析/夏に最大規模の戦闘も【小泉悠】
(378)
1.1万回視聴
2025年6月6日

政策や国際情勢を徹底分析する、「政策超分析」。今回のテーマは「ウクライナ情勢」。前編では、ロシア・ウクライナ間で進む停戦交渉と最新の戦況について、小泉悠が徹底解説。 <ゲスト> 峯村健司|キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 https://x.com/kenji_minemura 小泉悠|東...
ロシア・ウクライナ間の停戦交渉は決裂か?トランプの仲介は失敗
ウクライナ戦争をめぐる停戦交渉は長期化の様相を呈している。5月、トランプ大統領とプーチン大統領の電話会談が実現したが、期待された成果は得られなかった。ロシア側の真の目的とは何か、トランプ政権はどのような交渉を行っているのか、今後の戦況はどう展開するのか。今回は専門家のコメントをもとに、ウクライナ情勢を読み解いていく。

Q. ウクライナ戦争の停戦交渉はどのような状況にあるのでしょうか?
長期化する見通しだ。軍事的な論理だけで見ると、この戦争は容易に終結しない。政治的な介入がなければ停戦は難しいだろう。
トランプ政権は当初、ロシアが既に占領した領土(ウクライナの約2割)を基に停戦を模索しようとした。これは典型的な「不動産屋の論理」といえる。しかし、プーチン政権の真の目的は領土獲得ではなく、ウクライナの主権を制限することにある。

3月以降、トランプは「30日間の即時無条件停戦」を主張してきた。ウクライナ側はこれまで「停戦はロシア軍の再編成期間になるだけ」と難色を示していたが、5月10日に欧州4カ国と協議し、条件を飛ばしてトランプの提案を受け入れる姿勢を示した。5月12日にはマクロン大統領のスマートフォンからトランプに電話し、停戦の意向を伝えた。
この時点で、ウクライナ、欧州、アメリカの足並みがそろい、「我々は停戦する。ロシアはどうするのか」という形が作られた。これは開戦以来、最も実質的な停戦の可能性があった瞬間だ。
Q. ロシア側の反応はどうだったのでしょうか?
プーチンはこの停戦提案をはぐらかした。停戦の話はスルーし、代わりに「イスタンブールで捕虜交換協議をしよう」と別の話題を持ち出した。さらに、「停戦は捕虜交換協議の過程で実現できるかもしれない」と曖昧な言い方に終始した。
5月19日にはトランプとプーチンの電話会談が実現したが、トランプは強い態度でロシアに停戦を迫ることはなかった。会談後、トランプは「両当事者間にのみ理解できる問題がある」と述べ、トーンダウンした。プーチンはこれを見て、ロシアに対する強い圧力はないと判断したようだ。
実際、電話会談直後にロシアは大規模な空爆を行った。これはプーチンがトランプを「なめきっている」証拠だろう。トランプはロシアの攻撃に対して「制裁も検討する」と言及するが、実行に移すことはない。この3月から同じことを繰り返している。
Q. なぜトランプはプーチンに対して強く出られないのでしょうか?
不可解な点だ。トランプは通常、傲慢さや強気な姿勢を見せるが、ロシアの前では不思議と萎縮する傾向がある。過去にロシアの金融機関からの融資を受けていたという噂や、ロシア絡みのスキャンダルを恐れているという憶測もあるが、真相は不明だ。

問題の一つは、トランプ政権内にロシア問題の専門家が少ないことにある。第1期政権時代にはフィオナ・ヒルやマクマスターなどの専門家がいたが、現在は閣僚級や次官級のレベルでロシア問題に精通した人材が不足している。
ロシア側から見れば、トランプ政権は「ちょろい」相手に映っているだろう。プーチンはKGB出身で、人を操作することに長けている。適切な助言者なしでは、トランプが騙されるのも無理はない。
Q. ロシアの真の戦争目的は何なのでしょうか?
ロシアの目的は「ウクライナの非ナチス化」「非軍事化」「中立化」だと主張している。しかし、本質的にはウクライナの主権を剥奪し、独立国としての地位を奪うことが真の目的だ。
プーチンは「危機の根本原因を除去しなければならない」と繰り返すが、その「根本原因」とは「ウクライナが独立して主権を持っていること」と解釈できる。
停戦交渉が噛み合わない理由はここにある。ロシア側は「停戦交渉のテーブルにつくなら、占領した4州を丸ごと渡せ」と主張。さらに停戦合意後も、安全保障メカニズムにロシア自身を入れることや、再侵略が起きた場合の協議開始に対するロシアの拒否権を要求している。これではウクライナの安全は担保されない。
Q. 最新の戦況はどうなっていますか?
現在の焦点は東部ドンバス地域、特にポクロウシクという街だ。ここは昨年夏から激しい攻撃を受けながらも持ちこたえている。

街を囲む要塞線を二重に作っていたため簡単には落ちないことは予想されていたが、これほど長期間持ちこたえるとはロシア側も想定していなかっただろう。昨年秋にウクライナ軍がドローンでロシア軍の補給線を攻撃し、地面が泥濘化して大規模な攻勢がやりにくくなったことも要因だ。
しかし、地面が固まった現在、ロシア軍は攻撃を再開している。ポクロウシクの北側と南西側からロシア軍が進出し、街を包囲する動きを見せている。この夏にポクロウシクが持ちこたえられるかは厳しい見通しだ。
もう一つの懸念点は、ロシアがウクライナ北側に約5万人の兵力を集結させていることだ。ハルキウ(ウクライナ第2の都市)やスムイ州を狙う可能性がある。いずれにせよ、この夏は厳しい展開になるだろう。
Q. 中国は停戦に向けて何らかの役割を果たす可能性はありますか?
中国が仲介役として登場するシナリオは考えられる。もし中国がロシアに対して停戦を求めた場合、ロシアは真正面から断ることは難しいだろう。
中国とロシアの関係は一般に考えられているほど強固ではない。確かに習近平主席とプーチン大統領は40回以上会談しているが、軍事的に近いわけではない。中国からすれば、ロシアの戦争に巻き込まれて責任を負わされることは避けたいと考えている。
一方で、中国はロシアに対して爆薬の原料など軍事転用可能な物資を大量に輸出している。2021年までゼロだった輸出量が、現在は何百倍にも増加している。これはロシアの弾薬生産が平時の何倍にも増え、供給が追いついていないことを示している。
中国は基本的にロシア寄りではあるものの、核兵器の使用などに関しては牽制もしている。また、小規模ながらウクライナへの人道支援も行っており、完全な中立姿勢を保とうとしているようだ。
両国が限界に近づいてきた時点で、中国が「とどめの一押し」として仲介に入る可能性はあるだろう。