ECONOMICS101
インフレ時代に学ぶ「物価の知識」
(145)
1.5万回視聴
2025年4月8日

デフレとは何だったのか?なぜ今、インフレが始まったのか? 物価研究の第一人者である渡辺努氏から、ゼロからでも分かる物価の知識を学ぶ。 聞き手は第一生命経済研究所 首席エコノミストの永濱利廣氏。 <ゲスト> 渡辺努|物価研究の第一人者 ナウキャスト創業者・取締役 1982年東京大学経済学部卒業後、日...
「日本のインフレ時代」Q&A - 渡辺睦教授が語る物価の謎
30年間のデフレからなぜ日本は抜け出せなかったのか。そして今、私たちは本当にインフレ時代に突入したのか。東京大学大学院教授の渡辺睦氏が、日本経済の謎に迫る。

Q. なぜ今インフレなのか?どのタイミングで変わったのか?
インフレとは物価が上がる状態のことで、簡単に言えば「1万円札で買えるものの量が減ってしまった」状態です。消費者としては、特に野菜など食料品において、以前は5品買えていたものが3品しか買えないほどの変化を感じています。
政府以外の多くの人々や企業は、すでに日本がインフレ状態にあると認識しています。実際、物価の上昇は顕著で、かつてないほど「物価」という言葉が一般の会話で話題になっています。

Q. 日本のデフレはどのようにして始まったのか?
日本のデフレは1990年代半ばから始まりました。それまでは日本もアメリカも同様に物価や賃金が右肩上がりでしたが、90年代半ばから日本だけが「価格と賃金が動かない状態」になりました。
この状況はおよそ30年間続き、その間にアメリカやヨーロッパの物価・賃金は上昇し続けたため、結果として日本と他国との間に大きな差が生まれました。これが現在「安い日本」と言われる状況を作り出しました。
Q. なぜデフレが30年も続いたのか?
デフレが始まった1990年代半ばは、皮肉にも「高い日本」の時代でした。バブル景気で賃金が上昇し、1995年頃は超円高だったため、ドル建てで見た日本の賃金は他国と比べてかなり高水準でした。
この時期はちょうど中国企業がグローバル市場に参入してきた時期で、日本の家電メーカーや自動車メーカーは競争力維持のために賃金を抑制する必要がありました。当時の日経連(現在の経団連)は賃上げを控えるべきだと提言し、労働組合側も雇用を守るために賃上げ要求を自粛することを決めました。
渡辺教授はこの「自粛」が長期化した理由について、「日本人は自粛好きで、いったん始まった自粛をやめるタイミングを逃してしまった」と説明します。実際には2000年代後半には中国の賃金も上昇し、日本だけが賃金が高いという状況は解消されていましたが、その時点で自粛をやめることができませんでした。

Q. 地理的・文化的要因は関係あるのか?
日本のデフレ長期化には地理的・文化的要因も関係しています。ドイツも日本と同様に中国企業との競争に直面しましたが、ドイツの場合はイタリアやフランスなど近隣国があるため、自国だけで賃金を抑制しても効果が限られていました。
一方、日本は島国であり、労働者が簡単に他国に移動できないという特性があります。このため「日本人の希望に沿った調整」が可能だったと渡辺教授は説明します。
また、ドイツはユーロ導入によってドイツマルクよりも弱い通貨水準になったことも追い風となりました。日本にはそのような通貨面での調整がなかったことも影響しています。
Q. アベノミクスは成功したのか?
安倍政権は2012年から始まった「アベノミクス」で、金融緩和などを通じてデフレ脱却を目指しました。渡辺教授はこの取り組み自体は高く評価しています。
「それまでの政権や日銀が手をつけてこなかった部分に踏み込んだ点は立派だった」と評価する一方で、「結果的には物価は上がらず、デフレ脱却には至らなかった」と指摘します。
アベノミクスの期間中、実は約500万人の雇用が増加しました。これは労働市場にまだ余剰があったことを示しており、この状況では賃金上昇圧力が生まれにくかったのです。
Q. 今のインフレはなぜ起きたのか?
現在のインフレには複数の要因があります。第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏は「ロシアのウクライナ侵攻が日本のデフレ脱却に大きな影響を与えた」と指摘します。
原材料費やエネルギーコストの上昇により、企業はもはや人件費の抑制だけでは対応できなくなり、値上げせざるを得なくなりました。加えて、人手不足が深刻化したことで賃金上昇圧力も高まりました。
渡辺教授の研究によると、消費者は実際の物価上昇が本格化する前から「インフレが来る」と予想し始めていました。これには①ウクライナ戦争の影響、②欧米でのパンデミック後のインフレという2つの要因が大きく影響しています。
Q. 今後日本はインフレが続くのか?
渡辺教授は「インフレが続く確率は7〜8割程度」と見ています。一方で「デフレへのノスタルジー」が日本社会に根強くあるため、2〜3割の確率でデフレに戻ってしまう可能性もあると警告しています。
ただし教授自身は、日銀や政府が目指している「物価が緩やかに2%程度上昇し、賃金も2%プラスアルファで上昇する」状態が理想的だと考えています。
人手不足という環境下では実質賃金は上昇すると予想され、「物価が2%で上昇し、賃金は3%程度で上昇し、金利は2%強で落ち着く」という状態が日本にとって望ましいと述べています。
Q. 若い世代はこのインフレにどう対応すべきか?
特に若い世代は、生まれた時からデフレが続いていたため、インフレに対する「構え」ができていません。物価上昇に気づくのが遅れがちで、対応も後手に回りやすい傾向があります。
若年層の貯蓄額の中央値が低いという指摘もあり、インフレによる生活への影響は若い世代ほど大きくなる恐れがあります。
Q. インフレ社会での勝者と敗者は?
インフレ社会では借金をしている人が得をします。債務の実質価値が減少するからです。「最も得をするのは日本政府」と永濱氏は指摘します。1000兆円を超える借金を抱える日本政府にとって、インフレは債務負担を軽減する効果があります。
一方で、年金生活者など固定収入で暮らす人々は、収入が物価上昇に追いつかず、購買力が低下するリスクがあります。
Q. インフレとデフレ、どちらが望ましいのか?
日本社会には「デフレへのノスタルジー」があります。物価も賃金も上がらないデフレ環境の方が「居心地がよい」と感じる人も少なくありません。特に年金生活者や中小企業経営者などは、インフレよりもデフレを望む傾向があります。
しかし経済全体から見ると、適度なインフレの方が健全です。デフレ下では消費を先延ばしする方が合理的となり、経済が停滞します。また借金の実質負担が増加するため、信用創造による経済成長も阻害されます。

ミクロ(個人)では物価が上がらない方が良いと感じても、マクロ(経済全体)では適度なインフレの方が望ましいという、この矛盾を理解することが重要です。