PIVOT TALK BUSINESS
ビジネスで使われる行動経済学
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2025年3月20日

私たちは毎日3万5000回も意思決定をしている。 その大半は無意識に行われているが、そこには大きなビジネスのカギがあるという。 行動経済学のスペシャリスト・相良奈美香氏が最前線の学問を解説。 <ゲスト> 相良奈美香|行動経済学のスペシャリスト まだ行動経済学が一般的に広まる前の2013年から10年...
【行動経済学Q&A】非合理なのは当たり前!毎日の意思決定を科学する新しい学問
「人間は1日に3万5000件もの意思決定をしている」という事実を知っていますか?実はその大半は無意識に行われているのです。従来の経済学では「人は合理的だ」という前提で語られてきましたが、実際の私たちの行動はそうではありません。今回は行動経済学のスペシャリスト、相良奈美香氏に、この新しい学問が明らかにする人間の非合理性と、その知識をビジネスや日常生活に活かす方法を聞きました。

Q: 行動経済学とは何ですか?
行動経済学は、日常的にある「非合理な行動」を科学する学問です。聞くと難しく感じるかもしれませんが、実は身近な現象を扱っています。例えば、不要なものをネットショッピングでついつい購入してしまったり、ダイエット中なのに甘いお菓子に手が伸びてしまったりするような、「やるべきではないとわかっているのにやってしまう」行動を研究しています。
従来の経済学では、人間は合理的な存在だという前提がありました。合理的な人間とは、あらゆる選択肢を考慮し、それぞれのメリット・デメリットを比較検討して、最適な決断をする存在です。例えば朝食を選ぶときも、可能な限りの情報を集め、時間をかけて最適な選択をするという考え方でした。
しかし実際の人間はそうではありません。日常の中で行う膨大な数の意思決定を、すべて合理的に行うことは不可能なのです。
Q: システム1とシステム2とは何ですか?
行動経済学では、人間の情報処理パターンを大きく「システム1」と「システム2」の2つに分けて考えます。
システム1は速い情報処理システムで、ほぼ瞬時に直感的に判断する仕組みです。例えば「1+1は?」と聞かれれば、ほとんど考えずに「2」と答えられます。これがシステム1の働きです。
一方、システム2はゆっくりと情報を集め、じっくり考えて意思決定をする仕組みです。例えば「735×47は?」と聞かれれば、時間をかけて計算し、自分の思考プロセスをコントロールしながら答えを出します。
重要なのは、私たちが思っているよりもはるかに多くの決断をシステム1で行っているという点です。しかもシステム1は基本的に無意識なので、自分がシステム1で判断していることに気づきにくいのです。
Q: なぜ世界的な企業は行動経済学を取り入れているのですか?
世界的な企業、特にAmazonやNetflix、Googleなどは行動経済学を積極的に活用しています。これらの企業では行動経済学者が多く働いており、ユーザーインターフェース、カスタマーエクスペリエンス、プロダクトデザイン、広告などの分野でその知見が活かされています。
例えばAmazonの「ワンクリック購入」は、人間が本質的に「怠惰」であることを理解した上で設計されています。また、セール時に元の価格を線で消して「5,000円も安い!」と表示する手法は、アンカリング効果を利用したものです。
Netflixも同様に行動経済学を活用しています。コンテンツが多すぎて選べないという課題に対して、最初に自動的にプレビューを流すことで、ユーザーの意思決定を容易にしています。これは「選択肢が多すぎると人は決められない」という行動経済学の知見を活用した例です。
このように、顧客がシステム1で判断していることを理解している企業は強いのです。多くの企業はまだ、顧客がシステム2で合理的に判断していると考え、より多くの情報や機能を提供しようとします。しかし実際には、顧客は「これでいいや」と直感的に選んでいることが多いのです。
Q: 確証バイアスとは何ですか?どう対処すればいいですか?
確証バイアスとは、一度信じた情報に合う情報だけを目に留めたり頭に残したりする傾向のことです。例えば「男性の方が合理的だ」と一度思い込むと、それを裏付ける情報ばかりに注目し、逆の情報は無視してしまいます。
確証バイアスに対処するためには、まず自分にバイアスがあることに気づくことが第一歩です。完全にバイアスをなくすことは難しいですが、異なる文化や価値観に触れることで、自分の「当たり前」が揺らぐことがあります。
例えば日本では名刺交換がビジネスマナーとして当たり前ですが、アメリカではそうではありません。このような異文化体験を通じて、自分の確証バイアスに気づく機会が増えます。だからこそ、グローバルな経験は重要なのです。

Q: 状況はどのように意思決定に影響しますか?
人間は自分で主体的に判断していると思いがちですが、実は状況に誘導されていることが多くあります。例えば「単純存在効果」という実験では、全く知らない人が近くにいるだけで、商品の選択が変わることが証明されています。
電池を買う実験では、周りに人がいない時は安い電池を選ぶ傾向があります。しかし、全く知らない人が1人そばにいるだけで、10%以上の人がより高い電池を選びました。さらに3人いると、2倍近くの人が最も高い電池を選んだのです。
これは「人前で失敗したくない」という心理や「高いものは品質が良い」というヒューリスティック(脳の近道)が働いているためです。しかも、実験後に「なぜその電池を選んだか」と聞かれても、「高いほうが良いと思ったから」と答え、周りの人の存在については触れません。これは自分の判断理由を正確に認識できていないことを示しています。

Q: 選択肢の順番は意思決定にどう影響しますか?
選択肢の順番も意思決定に大きな影響を与えます。例えば、ワインの試飲実験では、3杯の同じワインを飲んでもらったところ、半数以上の人が最初のワインを一番美味しいと評価しました。これは「初頭効果」と呼ばれる現象で、最初に接する情報が最も記憶に残りやすく、好まれやすい傾向があります。
また、面接の順番による影響も研究されています。10人の応募者がいる場合、採用される可能性が最も高いのは1番目の人です。次いで可能性が高いのは最後の人で、これは「親近効果」と呼ばれています。
さらに、意思決定のタイミングも重要です。面接直後に決定する場合は最後の人が有利ですが、1週間後に決定する場合は最初の人が有利になります。これは、最初の人が「基準点」になりやすく、時間が経つと最後の印象よりも最初の印象が残りやすいためです。
行動経済学者である相良氏自身も、インターン採用で初頭効果を経験したそうです。8〜9人の面接を行い、最初の応募者が最も良いと感じたため、すぐにオファーを出そうとしました。しかし専門家としての自覚から「これは初頭効果ではないか」と立ち止まり、全応募者に翻訳タスクを課し、別の評価者に判断してもらいました。結果、最初の応募者ではなく、別の応募者を採用することになったそうです。

Q: 行動経済学をビジネスでどう活用できますか?
行動経済学はビジネスの様々な場面で活用できます。特に重要なのは、顧客の意思決定プロセスを理解することです。
例えば、多くの企業は自社製品の情報をできるだけ多く提供しようとします。しかし、これはシステム2向けの戦略です。実際の顧客はシステム1で判断していることが多いため、情報過多は逆効果になることもあります。
また、行動経済学的な観点から採用プロセスを見直すこともできます。面接だけでなく、実際の業務に近いタスクを課すことで、バイアスを減らし、より適切な人材を選ぶことができます。
行動経済学を学んだからといって、完全に合理的になれるわけではありません。しかし、自分や他者の非合理な行動に気づきやすくなり、より良い意思決定ができるようになります。
Q: 幸せになるためのお金の使い方はありますか?
行動経済学の研究によると、物よりも経験にお金を使う方が幸福度が高まります。同じ1万円でもアクセサリーや服を買うよりも、友人との日帰り旅行など経験に使う方が、長期的に見て幸福感が持続します。
特に日本人の場合は「時間を買う」ことが重要かもしれません。日本では長時間労働が一般的ですが、時間に余裕を持てるよう工夫することで、幸福度が向上する可能性があります。AIなどのテクノロジーが進化し、人間のタスクを代替できるようになれば、より豊かな生活が実現するかもしれません。