
日米経済最新分析:トランプ関税の誤算
トランプショックとアメリカ経済のチキンゲーム、日本はどうなる?
アメリカ発の「トランプショック」が世界経済を揺るがす中、日本経済はどう進むのか。第一生命経済研究所の熊野英生氏に、トランプ政権の関税政策から日本企業の賃上げ、日銀の金融政策まで、世界と日本の経済の最新動向を聞いた。

トランプ政権は経済でチキンゲームをしている
Q: トランプショックのインパクトをどう捉えていますか?
トランプ政権はチキンゲームをしているようだ。アメリカ経済は基本的に強いと思われていたが、FRBが利下げし始めた矢先にトランプ大統領が関税率の引き上げを2月4日以降から実施した。輸入品に対して消費税率のように10%、20%、25%といった関税をかけると、個人消費は直撃を受ける。
また、イーロン・マスク氏の同時(政府内でのリストラ)が2月から4月に雇用の悪化を招く可能性があり、物価上昇と雇用悪化の両方から個人消費が萎縮し始めている。これがダウやナスダックなどの株価に表れている。
Q: スタグフレーション突入と言えるのでしょうか?
まだはっきりとスタグフレーションになるかは分からないが、トランプ関税がインフレ率を引き上げる作用を持っているなら、FRB(アメリカの中央銀行)は利下げに動きにくいはずだ。FRBが利下げしなければ、これはスタグフレーションと言える。
Q: なぜトランプはこういった政策を押し進めるのでしょう?
思い違いがあったのではないか。大統領就任100日(1月20日から4月30日頃まで)は、自分の政策プランを実行する期間だが、それがトランプ関税だった。
私の推測だが、トランプ関税で稼いだ税金で年末以降の法人税減税を実施しようとしていたのではないか。イルソン氏のコストカット、ウクライナ戦争を早期終結させて支援金を節約する、国内産業への補助金を節約して年末の法人税減税(21%から15%への引き下げ)に回そうとしていたと思われる。
しかし、関税政策があまりに刺激的だったため、今、方針転換を余儀なくされている。トランプ氏が関税率引き上げというアクセルを踏むのをやめれば、アメリカ経済はチキンゲームから脱却できる。このままアクセルを踏み続けると、車同士が正面衝突するような危険な状況になる。
株価の動きとトランプ関税の影響
Q: 株価の下落が進んでいますが、アメリカ株価の動きをどう見ていますか?
去年の末頃まで、世界中の株の時価総額の半分をアメリカ株が占めていた。特にマニフィセント・セブンと言われるハイテク系企業がアメリカ株を牽引していた。
しかし1月20日にディープシークショックがあり、そこで下落方向になったところに、トランプ関税のマイナスインパクトが追い打ちをかけた。トランプ関税で最もダメージを受けそうなセクターは、鉄鋼でも自動車でもなく半導体ではないかと思う。
半導体はグローバルにサプライチェーンが展開しており、韓国や台湾がアメリカへの報復関税を実施すれば、アメリカ中心の半導体サプライチェーンがズタズタになる。そういう思惑もあって、サプライチェーンが水平分業している半導体セクターが打撃を受け、マニフィセント・セブンが大きく下落している。
アメリカの時価総額が減ると、分散投資で日本にあてられていた資金が引き上げられる。日本株の時価総額は約1000兆円だが、NVIDIA一社だけでも以前は約400兆円の時価総額があった。マニフィセント・セブンの縮小によって、分散投資されていた資金が日本から引き上げられ、アメリカと日本の株がシンクロして下落している。
Q: トランプ関税が続いた場合、さらなる下落もありうるのでしょうか?
危険ゾーンは100日目(4月末)までだろう。トランプ氏はそれまで関税政策を引っ込めそうにないので、日本の株価にとっては危険な時期だ。
Q: 世界全体の株価を見た時に、連動性が一番強いのは日本でしょうか?
その通りだ。ヨーロッパはもう少し下がってはいるが、これまでは上昇傾向だった。これはトランプ氏がウクライナとロシアの紛争を停戦から終結へと導くだろうという期待があり、ヨーロッパにとっては停戦によるメリットが大きいため。
一方、中国経済は悪いと言われているが、反転指数や上海総合指数は上昇している。これは皮肉なことに、去年は中国の景気が悪いから日本株へ海外マネーが流れてきたという説明だったが、今は逆になっている。トランプ政権の失策に対し、中国は全人代で5%成長率維持や、AI(ディープシーク)への期待感から株価が上昇している。

日本の春闘と賃上げの実態
Q: 春闘の賃上げ状況はいかがですか?
大企業の定期昇給を含めた賃上げは5.46%と、去年の初回集計の5.28%よりも少し上振れている。定期昇給のベースアップも、去年の初回調査の3.7%から今年は3.84%に上昇し、ベースアップはかなり強い。電気・自動車・機械など大企業は特に賃上げに熱心で、労働組合が要求していない高い賃上げを実施する例もある。
去年の毎月勤労統計の暦年ベースでは実質賃金はマイナス0.3%だったが、今年はおそらく0%程度まで回復するのではないか。中小企業でも、統計で確認できる中小企業の半分程度はかなり熱心に賃上げを実施している。
Q: 大胆な賃上げの要因は業績と人手不足、どちらが大きいのでしょうか?
大企業は収益が要因だ。大企業は5%以上の賃上げをしても労働分配率は44%と低い。大企業はもっと大胆に賃上げできるのではないか。
一方、中小企業は人手不足の要因が大きい。例えば九州のTSMCの進出による影響で、大企業が賃上げすると人材、特に新卒採用を奪われないよう、防衛的に賃上げしているところも多い。
Q: 大企業は5%でも低いということですか?
自動車メーカーなどは去年、海外の現地法人で9%~11%程度の賃上げを実施しており、これは国内の5%の倍近い。為替が円高になっている影響はあるが、5%の賃上げでも財務内容はそれほど大きく圧迫されないだろう。

Q: 労働生産性の向上も進んでいるのでしょうか?
ソフトウェア投資は過去3年間で大きく伸びている。ChatGPTに象徴されるように、企業もソフトウェアを導入しながら業務プロセスを見直して効率を上げている。
驚くことに、資本金10億円以上の大企業はコロナ明けから人員をほとんど増やしていない。収益は増えているのに雇用者数、特に正規雇用は増やしておらず、その分、労働生産性が上がって賃上げ力を生み出している。
賃上げと減税の対象者の違い
Q: 大胆な賃上げの話とインフレで国民生活が厳しいから減税を求める声が混在していますが、対象者が違うのでしょうか?
対象者は違う。住民税非課税世帯への給付は、ほとんどが高齢者だ。資産は3000万円以上持っていても、収入が低ければ対象になる可能性がある。
高齢化が進むと勤労所得に依存しない人が増える。世帯ベースでは38%が年金生活世帯で、サラリーマン世帯は半分しかない。政府は年金生活者を中心とした4割の人々に給付を行い、残りの半分は賃上げで潤うという図式だ。
しかし、賃上げの恩恵は小さい。賃上げの効果を中小企業(全体の7割)にどう広めていくかに取り組まないと、格差は解消しない。
Q: 日銀の利上げについてはどうお考えですか?
高齢者の手取りを増やす方法は給付以外にもある。預金金利が上がることだ。日銀は段階的に政策金利を年内に0.5%から1%程度に引き上げる予定と思われ、それによって高齢者の収入も増加するだろう。
日銀の次の利上げについては、3月19日の決定会合後の総裁会見が重要だ。賃上げ率が予想より上振れしたのはプラス要因だが、アメリカ経済の不透明感が引き算要因となる。
上田総裁は7月の参議院選挙を考慮して、6月頃に利上げを前倒しする可能性があり、さらには5月1日のゴールデンウィーク中に追加利上げするというシナリオもあり得る。
Q: 今は円高傾向なので為替要因による利上げのインセンティブは弱まっていませんか?
円高は企業にとってはマイナスだが、輸入物価を押し下げる効果がある。食料品やエネルギーコストは円高になれば下がるので、日銀が6月頃に利上げすれば、秋から冬にかけて輸入物価が下がり、物価上昇率が沈静化して実質賃金が明確にプラスになる可能性がある。
参議院選挙への直接的な影響は少ないが、選挙後の石破政権の求心力を高める効果はあるだろう。
Q: 今後の日本経済を見るポイントは何でしょうか?
輸出だ。トランプ政権の動向を見極めつつ、日本がアジア向け輸出を増やせるか、アメリカの自動車販売が続くかがポイントとなる。連結ベースでの自動車各社の収益も底堅いので、トランプ関税によるマイナスインパクトが小さければ株価も安定するだろう。