
日銀の追加利上げ。年内2回の確率が70%【熊野英生】
日銀利上げの真相と今後の展望:1%超える金利は市場に摩擦を生む可能性も
今年1月に日銀が0.25%ポイントの利上げを実施したことで、日本は実質的にマイナス金利政策から脱却した。これは2016年以来の転換点となる政策変更だ。この利上げの背景や今後の金融政策の行方について、第一生命経済研究所の熊野英生氏に詳しく聞いた。

Q. 今回の利上げは事前に「リーク」されていたと言われていますが、これはどう捉えるべきでしょうか?
実際には日銀が意図的に「織り込ませた」と見るべきだろう。昨年の7月会合における「不十分な説明」への反省から、2023年後半以降、総裁や副総裁が公の場で利上げを示唆してきた。上田総裁会見でもそのような「申し合わせ」があったことが明かされている。
通常、中央銀行は利下げ時にはサプライズを起こしてインパクトを大きくするが、利上げ時は負のインパクトを緩和するため事前に織り込ませるというセオリーがある。ただし日銀はこれまで、特に安倍政権下では政治的圧力を受けることを恐れ、このセオリーに従わなかった面がある。現在の石破政権は比較的、金融引き締めに理解を示す姿勢を見せており、日銀にとって「やりやすい」相手になっている
と言える。
Q. 現在のインフレはコストプッシュ型かディマンドプル型か、どちらの要因が大きいのでしょうか?
上田総裁の会見によれば、現在のインフレはほぼコストプッシュ型だという。これは「第一の力」と表現され、2025年前半にかけてさらに進む可能性が指摘されている。
コストプッシュ型インフレへの金融引き締めの効果は、その要因によって異なる。原油価格上昇による場合は効果が限定的だが、今回のように円安が主因である場合は、利上げが円安圧力を緩和するという効果が期待できる。
実際、今回利上げを見送っていたら、円安がさらに進行し、為替介入の必要性が生じていた可能性もある。この点からも、今回の利上げは妥当な判断だったと評価できる。
Q. 12月は見送って1月に利上げした理由は何でしょうか?
主な理由の一つはトランプ政権の不確実性が減少したことだろう。トランプ大統領就任後、当初懸念されていたような急激な政策変更や市場混乱が見られなかったことで、日銀は利上げに踏み切る環境が整ったと判断した。
また、春闘の賃上げ機運が高まっていることも背景にある。2024年3月の集中回答日には、定期昇給を含めて5%以上という、昨年に近い水準の賃上げが進む見通しとなっている。
さらに、日銀の物価見通しも上方修正された。特に米価やエネルギー価格の上昇、輸入物価の上昇などを織り込み、今年度と来年度の物価上昇率が上振れると予測されている。これらの要因が複合的に作用して、1月の利上げにつながったと考えられる。
Q. 今回の利上げが経済に与える影響はどの程度でしょうか?
マイナスの影響は確かに存在するが、現時点ではそれほど強く表面化しないだろう。短期プライムレートが0.25%上昇しても、企業の資金繰りが急速に悪化するとは考えにくい。
住宅ローンについても、元利均等返済の場合は返済期間が延びる形で調整されたり、金利の見直しが5年後になるなど、直ちに影響が現れるわけではない。ただし、マインド面での影響は無視できない。
特に、定期昇給が止まった50代や役職定年となった50代後半の層からは、「賃上げの恩恵よりも住宅ローン金利の上昇による老後の貯蓄への影響が心配」という声も多く聞かれる。経済全体としては賃上げの流れはあるものの、その恩恵を受けられない層も相当数存在する点には留意が必要だ。

Q. 今後の利上げペースはどうなるでしょうか?
市場関係者は過小評価している可能性がある。日銀は今回の利上げのインパクトはほとんどないと見ており、年内にあと2回の利上げを行う可能性が高い。
7月に参議院選挙があるため、6-7月の決定会合では利上げを見送り、選挙後の7月末の会合と12月中旬の会合で各0.25%ポイントの利上げを行い、政策金利を1.0%まで引き上げる見通しだ。
この水準になると、中小企業向け融資などでマイナスの影響が出始める可能性がある。そのため、2025年のどこかで利上げを一時停止する展開も考えられる。
Q. 日銀の考える「中立金利」はどの程度なのでしょうか?
上田総裁は明確に述べていないが、1%から2.5%程度と考えられる。これはマーケットが想定する中立金利よりもかなり高い水準だ。
ただし、金利を1%程度まで引き上げると、金融機関に問題が生じる可能性がある。現在の国債の利回りが1.2%程度であることを考えると、短期金利が1%になれば調達金利と運用利回りが接近し、一部の金融機関では逆転してしまう恐れもある。これは業務純益を圧迫する要因となり得る。
また、政府の利払い負担増加も無視できない。税収が増加している現在でも、金利上昇によってその一部が相殺される可能性があり、財政面での制約も今後の金融政策に影響するだろう。
Q. 不動産価格や株価への影響はどうでしょうか?
不動産価格は気がかりな点がある。国土交通省の統計を見ると、利上げが決まった後も地価は上昇を続けている。これは「なりスマシ現象」のように、金利上昇前の駆け込み需要の可能性もあり、資産価値の観点から不安要素だ。
株式市場については、「流動性相場」から「業績相場」への移行が進むと予想される。価格転嫁に成功した企業は利益が厚くなり、企業の業績によって株価のパフォーマンスが分かれる展開になるだろう。ただし、自動車の生産問題などにより輸出が力強く増加しない現状では、企業の収益性改善には価格転嫁の成功と生産水準・稼働率の引き上げが鍵となる。
Q. 金融政策の「副作用」として懸念されることは何ですか?
一つは産業の新陳代謝の問題だ。金利上昇により、いわゆる「ゾンビ企業」が淘汰される可能性があるが、そうした企業の従業員の雇用移動をどう支援するかが課題となる。理論的には人手不足の状況下で、収益性の低いセクターから高いセクターへの労働移動は望ましいが、企業倒産による強制的な移動ではなく、円滑な労働移動を促す制度設計が必要だ。
また、金利上昇に伴う政府の利払い増加も看過できない。現在は税収が増加しているものの、金利上昇がその効果を相殺する可能性があり、財政規律の観点からも注視が必要だ。
Q. 利上げを阻害する「リスク要因」はありますか?
最大のリスクは「トランプ爆弾」と呼ばれる米国発の不確実性だ。トランプ政権が関税引き上げや日本への防衛費増額要求などを行った場合、日本経済に大きな影響を与える可能性がある。特に2月上旬に予定されている日米首脳会談は要注意だ。
仮に防衛費の大幅増額を求められた場合、日本は財源確保のために増税を検討せざるを得なくなるかもしれないが、それは石破政権にとって大きな政治的リスクとなる。
また、韓国情勢の不安定化により、日本がアジアでの安全保障上の責任をさらに負うことになれば、それも経済・財政面での負担増につながる可能性がある。
上田総裁も「ナイトの不確実性」と表現しているように、予測不能な事態が発生した場合は、利上げを中断したり、場合によっては金融緩和に戻る可能性も排除できない。