EXTREME SCIENCE
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2024年10月18日

昆虫学者で著書に『ダーウィン』(中公新書)がある鈴木紀之氏が登場。ダーウィンの人物像から進化論のインパクト、生物の知られざる進化の姿に迫る。 <ゲスト> 鈴木紀之|昆虫学者 博士(農学)。高知大学農林海洋科学部農林資源環境科学科 准教授。 京都大学大学院農学研究科博士課程修了。立正大学地球環境科学...
ダーウィンが打ち出した進化論は、私たちの世界観を根本から変えた革命的な理論だ。しかし、その理論は一般にどれだけ正確に理解されているだろうか?今回は進化生物学者の鈴木紀之氏に、ダーウィンの実像や進化論の真髄について質問した。

ダーウィンは「種の起源」で進化論を提唱したことで知られていますが、実はその業績は多岐にわたります。彼は約10冊の本を執筆し、それぞれが重厚な内容でした。進化論者としての側面だけでなく、感情表現の研究、フジツボの分類学、ミミズと土の関係など、様々な分野で画期的な研究を行いました。例えるなら、5人分の仕事をこなしたと言えるほどです。
驚くべきことに、ダーウィンは30歳頃には進化論の着想を得ていましたが、「種の起源」が出版されたのは50歳の時でした。約20年もの間、彼は発表を控えていたのです。この間にも世界一周旅行の記録などは出版していましたが、進化論については控えめに匂わせる程度でした。
また、ダーウィンは大学などの公職に就かず、自宅で研究に没頭する生活を送りました。彼は裕福な家庭の出身で、経済的余裕があったことも、自分の研究に専念できた理由の一つでしょう。規則正しい生活を送り、朝起きて研究し、手紙を書き、昼に散歩して、また研究し、家族と時間を過ごして寝るという日々を繰り返していました。
ダーウィンは当時最大限のネットワークを駆使した研究スタイルを持っていました。手紙を通じて世界中の研究者や一般の人々と交流し、情報を集めていたのです。これは現代でいうSNSやクラウドソーシングに似ています。
彼はイギリス国内だけでなく、大英帝国の植民地であったインドや東南アジアの人々にも手紙を送り、現地の生物に関する情報を収集していました。専門家だけでなく、アマチュア研究者とも丁寧にやり取りし、データを集めていました。例えば、競馬の馬のオスとメスの比率という膨大なデータも、知人を通じて入手しています。
現代のインターネット時代のように、多くの人々の協力を得て知識を集約する方法を、ダーウィンは手紙というアナログな手段で実践していたのです。
進化論は理論の話ですが、ダーウィンがこれを築けたのは、具体的な動植物の知識があったからです。彼は自分の足で世界を歩き回り、手を動かして実験し、その経験があったからこそ理論化できました。
ダーウィンは机上の理論家ではなく、フィールドワーカーでもあったのです。例えば、ガラパゴス諸島で観察した海イグアナと陸イグアナの違いは、彼の進化論構築に大きな影響を与えました。同じガラパゴスという狭い地域に、なぜ系統的には近いが生態が全く異なる2種類のイグアナがいるのか。これは神が創造したという説明では納得しにくく、ガラパゴスで2種類に分かれたと考える方が合理的に思えたのです。
また、ダーウィンは「自然淘汰」だけでなく「性淘汰」という概念も提唱しました。性淘汰とは、オスがメスに選ばれるために派手な羽根や強い角を持つようになるという考え方です。これは「生存に役立つ形質が残る」という自然淘汰の理論だけでは説明できない現象を解明するものでした。例えば、孔雀のオスの大きな羽は生存には不利ですが、それを持ちながら生きられるということは強いオスの証拠になり、メスに選ばれやすくなるのです。
進化論に関してはさまざまな誤解があります。例えば「最も強いものが生き残る」「最も賢いものが生き延びる」「変化できるものだけが生き残る」などの言葉はダーウィン自身の言葉ではなく、後に作られた表現です。
また、進化の過程を「弱肉強食」と捉えるのも誤解です。実際の自然界は複雑なバランスの上に成り立っています。例えば、芋虫が葉を食べつくさないのは、植物が防御物質を持っていたり、鳥などの捕食者が芋虫の数を抑えているからです。
さらに、「プランクトンのパラドックス」と呼ばれる現象もあります。池の水という比較的均一な環境に、なぜ多様なプランクトンが共存できるのか。競争が激しければ一種類だけが生き残るはずですが、実際にはそうなっていません。このことは、生物界では競争だけでなく共存も重要な要素であることを示しています。
生物の多様性が維持される理由の一つに、「後輩のエラー」があります。例えば、クリサキテントウとナミテントウという非常に似た種がいますが、この二つの種は交尾しても子孫を残せません。それにも関わらず、オスは機械的に交尾しようとするため、エラーが起きやすいのです。
このエラーを避けるため、二つの種は異なる場所に住み分けるようになりました。クリサキテントウは誰も食べないような取りにくい油虫を食べるという、いわば「悪い意味でのニッチ」に追いやられています。これは直接的な競争ではなく、交尾のエラーを避けるための結果なのです。
このような種の住み分けは、ダーウィンも気づいていた現象です。彼は「種の起源」という本のタイトルとは逆説的に、種という概念は絶対的なものではなく、グラデーションのある相対的なものだと理解していました。種が分かれていくプロセスは、子供が突然別の種になるのではなく、わずかな違いが積み重なって徐々に進行するのです。
進化生物学において、未だに完全に解明されていない大きな問題の一つは、性の起源です。なぜこの地球上のほとんどの生物にオスとメスがあるのか、その理由についてはさまざまな仮説が乱立していますが、コンセンサスはありません。
例えば、「オスとメスが交配することで遺伝的多様性が増す」という説明がありますが、これには疑問点もあります。多様性が役立つのは環境が急変する時であり、平時には必ずしも有利ではありません。自然淘汰は毎世代ごとにベストなものが選ばれるプロセスであり、100世代後に有利な形質が今選ばれることは論理的に説明しにくいのです。
また、「赤の女王仮説」という考え方もあります。これは、鏡の国のアリスに登場する赤の女王が「この国では同じ場所にいるためには走り続けなければならない」と言ったことに由来し、病原体などとの絶え間ない競争の中で性が進化したという説です。しかしこれだけでも性の起源を完全に説明することはできません。
進化論から学べることはたくさんありますが、注意すべき点もあります。生物学的事実と人間社会の価値観を混同すべきではありません。例えば、「弱肉強食」「適者生存」といった表現で進化を語ることは、社会ダーウィニズムと呼ばれる誤った考え方につながりやすいのです。
また、生存競争は必ずしも目に見える形で行われているわけではありません。私たちが現在見ている状況は、過去の激しい生存競争の結果であり、その過程は直接観察できません。例えば、競争が激しければ種の住み分けや絶滅が起こり、結果として競争が見えなくなるのです。
進化論からは、現実の複雑さや多様性、バランスの大切さを学ぶことができます。ダーウィンが示した自然界の姿は、単純な弱肉強食ではなく、複雑な相互作用によって成り立つ世界なのです。