
石破総裁の狙いは「反アベノミクス」
石破政権の経済政策は「反アベノミクス」? 地方創生と労働市場改革のカギを第一生命経済研究所エコノミストが解説
石破茂氏が自民党総裁選で勝利し、新政権の経済政策に注目が集まっている。岸田政権と比べてどのような変化があるのか、市場はどう反応するのか。第一生命経済研究所エコノミストの熊野秀夫氏に聞いた。

Q. 石破新総裁誕生は予想外でしたか?
石破氏の当選は予想外というより、今回の総裁選は9名の候補者がいて予想が難しかった。結果的には良いところに落ち着いたと思う。野党は立憲民主党の野田氏を選んできたが、誰が対抗できるかを考えると、高市氏や小泉進次郎氏では苦しいかもしれない。石破氏であれば良い論戦ができる。自民党の決選投票でも国会議員は選挙を戦うなら石破氏しかいないと判断したのではないか。
Q. 石破総裁誕生後、円高が進み日経平均先物も下落しましたが、市場はどう判断したのでしょうか?
決選投票直前、高市氏が優勢との見方から円安・株高が進んだ。これは合理的根拠というより、高市氏に対する「日銀に利上げをさせない」「財政拡大を維持する」といったリフレ的なイメージが先行した。石破氏が次期総裁になると分かると、3円程度の円高、先物で1700〜2000円の下落局面もあった。10月初旬は米国の経済指標次第だが、月初の株価調整が繰り返される可能性もある。
Q. 市場の拒否反応は何が原因ですか?
まず金融所得課税への懸念がある。ただし石破氏自身は「税調で議論しなければ分からない」と述べており、すぐに実施される話ではない。もう一つは日銀政策への姿勢で、高市氏との対照的な点として、石破氏は「日銀の上田総裁に任せる」という方針。これにより日銀は政策の自由度を得て、12月か来年1月には追加利上げをする可能性が高まったことが円高・株安圧力になった。
Q. 石破氏の財政スタンスは緊縮派と言われていますが、それも影響していますか?
石破氏の政策を見ると、弱者への配慮や防災庁を防災省に格上げするなど、実質的に大きな政府を志向している。これは国土強靭化と重なり、支出拡大につながる。つまり財政緊縮よりも、財源を探しながら財政拡大も同時に進める可能性が高い。
Q. 石破政権の経済政策をどう評価していますか?
一言でいえば「反アベノミクス」だと思う。アベノミクスの弊害を一つ一つ潰していく方針といえる。アベノミクスでは地方創生はあまり重視されず、格差問題も放置されていた。格差是正や地方創生2.0はアベノミクスへの反省と言える。
Q. 岸田政権も反アベノミクスだったのでしょうか?
岸田政権は完全に反アベノミクスとまでは言えない。岸田首相はイデオロギーというより「安倍を超える」という意識が強く、成長に対して分配を強調した。しかし分配政策の中身は浅く、「新しい資本主義」という看板は掲げたものの、具体的なメニューが並んでいなかった。アベノミクスを意識しつつも、分配政策を打ち出そうとした中途半端な立ち位置だった。
Q. 石破氏が目指す「地方創生2.0」の具体的内容は何ですか?
正直なところ、看板はあるが中身がよく見えない。「地方の人口流出に歯止めをかけ、東京一極集中の弊害を是正する」「若者、特に女性に選ばれる地方を実現する」「ICT技術を活用し地方経済を活性化する」と言っているが、地方の知事が予算を立てるイメージがわきにくい。
石破氏は300万人の移住を目指すと言うが、職場がなければ移住は進まない。地方で優秀な人材を確保するには、東京に一極集中している大企業が地方に移転する必要があるが、それは難しい。リモートワークを主軸にした地方創生を目指しているのかもしれない。
Q. TSMC誘致のような海外投資拡大も重視されていますが、これは有効な政策ですか?
石破氏に限らず、多くの候補者がTSMCの話に言及していた。しかし冷静に考えると、1兆円の費用のうち半分を日本政府が負担するモデルは持続的とは言えない。
海外からの対日直接投資拡大は25年以上前から課題とされながら、実現していない。現在の経済安全保障の流れは米国の政策をコピーしたもので、経済合理性ではなく補助金によって成り立っている。構造的に海外企業を地方に誘致できるモデルとは言えない。
また、TSMCのような先端工場は自動化が進み、雇用創出効果は限定的。設備投資は増えても地方の賃金上昇につながりにくい。
Q. 地方創生のためには何が有効なのでしょうか?
リモートワークとインバウンドに可能性がある。インバウンド消費は昨年5.3兆円で、今年は7兆円近くになる見込み。ただ、現状では東京・大阪のゴールデンルートや京都、北海道、沖縄、山梨といった限られた地域にしか需要が集中していない。中国地方や九州、東北などでインバウンドを取り込む政策が必要だ。
農林水産物の海外輸出も重要で、現在の1.4兆円から2兆円、3兆円へと増やしていく方針。これらを積み重ねていかないと地方創生は難しい。
インバウンド需要の分散には、ライドシェアなどの交通手段に加え、民泊の普及や空き家の活用も必要。地方には900万世帯の空き家があり、長期滞在型の外国人観光客向けにワーケーション環境を整備するなど、潜在需要は大きい。
Q. 石破氏は労働市場改革も掲げていますが、どのような改革が必要ですか?
日本の生産性はG7で最下位、OECD38カ国中でも30位程度と低い。賃金が上がらない理由の一つは、大企業内の余剰人員だ。AIなどの技術革新で生産性が上がっても、日本的雇用慣行により人件費が減らないため、企業単位での生産性向上につながらない。
解雇規制緩和については、今回の総裁選でも議論されたが、すぐに変えられるものではない。判例の積み重ねで形成されてきた制度だからだ。
より実現可能なのは「在籍型出向」の活用だ。コロナ禍でも実施された制度で、大企業から中小企業への人材移動を促進できる。最初の2年間は在籍したまま出向し、その後転籍する形態だ。転籍先で一時的に給料が下がっても、将来上がる見込みがあれば移動する人は多い。
この方式は「情報の非対称性」の問題を解決する。いきなり転職すると相互に不安があるが、出向期間中にお互いを知ることができる。役職定年後に活躍の場を失っている人材の有効活用にもつながる。
Q. 石破政権で期待できることは何ですか?
まだ具体的政策は見えていないが、10月1日に始動する政権の人事が重要だ。自民党の派閥解消の流れもあり、石破氏が適材を選ぶ自由度は高い。
改革型の社長が就任した企業と同様、組織の中には「冷や飯」を食わされてきたが優秀な人材が潜在している可能性がある。石破氏自身も2012年の総裁選で首位だったにもかかわらず決選投票で安倍氏に敗れ、その後「冷や飯」状態だった。そうした経験から、埋もれた人材を登用できるかが鍵となる。
Q. 衆院選を前に、無党派層を取り込むには何が重要ですか?
安易な「バラマキ」政策を避けることだ。補正予算で給付金のようなバラマキをしておきながら、来年増税という話では岸田政権の二の舞になる。自民党は元々そのような政党ではなかったが、近年はバラマキへの抵抗感が薄れてきた。この流れと決別できるかどうかが重要だ。
物価高対策については、円安が大きな要因であり、日銀の利上げタイミングが重要になる。適切なタイミングで円安を抑制すれば食料品やエネルギー価格の上昇を抑えられるが、目に見える形で「これは私の成果」と言えるような物価高対策は難しい。
日本経済の根本的な課題は生産性の低さにある。生産性を高めて賃金が上がれば、物価上昇が抑えられながら実質賃金も上昇する。それには技術革新と労働移動の促進が不可欠だ。