
加藤勝信氏に聞く、所得倍増プランと社会保障改革
「所得倍増」実現への道筋と社会保障改革 - 加藤勝信氏インタビュー
加藤勝信氏は自民党総裁選に向け、「国民所得倍増」を掲げ、その実現のための具体策や社会保障改革の方向性について語った。社会保障政策に精通した加藤氏は、特に賃金上昇を経済成長の起点とし、官民一体となった構造改革の必要性を強調。インタビューでは、慶應義塾大学創設策部教授の中室牧子氏も参加し、経済政策から人物像まで幅広く質問が交わされた。

Q. 所得倍増を実現するための具体的なロードマップは?
所得倍増を掲げることは勇気のいる決断だった。過去20〜30年間、賃金も所得も上がらなかった日本において、「倍増」というビジョンを示すことには迷いもあった。しかし、欧米諸国との賃金格差を考えると、それくらいの目標を掲げないと、日本の経済は立ち行かなくなる。物価は上がっているのに所得が伸びず、最新のスマートフォンすら高額所得者でないと買えないような国では、若者が海外に流出し、産業の空洞化が進むだろう。
この状況を作り出したのは自民党政権にも責任がある。安倍政権以降、失業率は改善し、働く人は1割、女性は2割、高齢者は倍に増えたが、一人当たりの賃金上昇までは実現できなかった。今、企業は利益を上げ、内部留保も増えている。さらに、人手不足が構造的に生じる時代に入ってきており、賃金を上げるチャンスはここしかない。
所得倍増の具体策としては、まず賃上げを起点として好循環を生み出すことが重要だ。賃上げが行われると、人々は将来の収入増加を見込んで消費を増やす。これによって市場が拡大し、企業は国内向けの商品開発や設備投資を増やし、働く人々をより大事にする。この循環を始めるためには、税制面での支援が必要だ。
賃上げ税制を改正し、賃上げ分の最大3割を還元する現行制度を、特に中小企業向けには5割に引き上げる。また、教育、保育、医療、介護などの公的セクターで働く人の賃金を10%以上引き上げる。さらに最低賃金を前倒しで2000円に引き上げることで、特に非正規雇用者の収入向上を図る。
これらの政策を組み合わせて、賃金上昇の好循環を生み出し、2040年までの所得倍増を目指す。年率5%の成長なら15年で実現できる計算だが、それをどう前倒しするかは今後の課題だ。実現のためには、「国民所得倍増実現会議」を設置し、国内外から優秀な人材を集め、実行可能な対策ではなく、本当に必要な対策を打ち出していく。
Q. なぜアベノミクスでは個人の所得が上がらなかったのか?
アベノミクス期間中に所得が上がらなかった主な理由は、労働参加率の上昇があった。女性や高齢者の労働市場参入が進み、働き手の総数が増えたことで、一人当たりの賃金上昇圧力が弱まった。しかし、労働参加率はすでに上限に近づいており、今後は「量」から「質」への転換が必要だ。
日本はこれから本格的な人手不足時代に入る。この環境変化を捉え、賃金を上げる好機を逃してはならない。アベノミクスの成果と課題を踏まえ、次のステージに進むべき時だ。
Q. 労働移動の活性化についてどう考えるか?
労働移動の活性化は成長戦略として重要だ。特に40-50代の世代は、大企業内での活躍の場が限られる場合もあるが、中小企業では経験を持つ人材を求めている。「堂々移動」を促進することが大切だ。
最近では大手企業でも新卒と中途採用の比率が同程度になってきているところもあり、転職市場は活性化している。以前は転職するとネガティブなイメージがあり、給与も下がることが多かったが、今は転職で給与が上がるケースも増えている。
公務員でも中途採用を進めており、一度退職した人材を再雇用するケースも出てきた。「もう辞めると言ったら仕方ないが、2-3年経って戻りたいと思ったら言ってくれよ」という雰囲気になってきている。
労働移動の促進については、河野太郎氏らとも議論しているが、アプローチに若干の違いがある。河野氏は解雇規制の見直しからスタートしているが、私は転職市場をより豊かにし、働き手側の環境整備を優先すべきだと考えている。
Q. 社会保障費の膨張をどう抑えるか?
社会保障費の抑制には、デジタル技術の活用が不可欠だ。例えば、電子レセプトの活用により重複投薬の防止ができる。薬局でマイナンバーカードをかざせば、別の医療機関での処方歴が瞬時にわかるようになる。また、飲み残しの薬の問題も大きい。家庭に眠る医薬品は1つ1つは小さくても、総額では相当な金額になる。
社会保障の議論では、負担と受益をセットで考えることが重要だ。単に負担だけを減らすと、病気や介護が必要になった時の本人負担が増えてしまう。財政面だけでなく、人手の問題も深刻だ。2040年までに医療・介護サービスの生産性を2割向上させないと、現在と同じサービスの維持は難しくなる。
デジタル技術やロボット、センサーなどを活用することで、例えば介護施設では一人のスタッフが見る利用者数を現在の2.2人から3人近くまで増やすことが可能になる。この効率化により、より質の高い人的サービスに時間を割けるようになる。
Q. 所得倍増と併せて掲げる「3つのゼロ」政策の狙いは?
「3つのゼロ」政策(給食費、子供医療費、出産費用の無償化)は、子育て世代の負担軽減と地域間格差の是正が目的だ。現状では、同じ日本に生まれた子供でも、住んでいる自治体によって受けられるサービスに大きな差がある。
例えば、子供医療費については、18歳まで完全無料の自治体もあれば、一部負担のある自治体もある。給食費についても、コロナ対策資金を活用して無償化した自治体とそうでない自治体がある。「子供は国の宝」というなら、住む場所によって扱いに差があるのはおかしい。
地方自治の尊重は重要だが、基本的な部分については国が一定の基準を設けるべきだ。この考え方に基づくのが「3つのゼロ」政策であり、決して「バラマキ」ではない。
Q. 政治家としての人物像や信念は?
私は複数回の挫折を経験してきた。中学・高校受験で落ちたこともあれば、官僚試験でも一度失敗した。しかし、常に「必ずやり遂げる」という強い意志を持ち続けてきた。家族や周囲の人々は心配していたかもしれないが、自分自身は諦めなかった。
政治家として大切にしているのは、「保守」の精神だ。保守とは謙虚さと寛容さを持つことだと考えている。人間は間違えることもあるが、歴史から学びながら改革を進める。しかし、間違えるかもしれないという謙虚さも忘れない。また、様々な意見を聞き、できるだけ多くの人の声を取り入れながら政策を作っていく「和の政治」も大切にしている。
日本人の素晴らしさは、災害や困難に見舞われても立ち上がり、再び努力を続ける強さだ。農業をしている人々が台風で収穫を失っても、また立ち上がって努力する姿には感銘を受ける。この力があれば、所得倍増も実現できると確信している。みんながその気持ちになれば、この国は間違いなく動き出す。
Q. 安倍・菅・岸田、三代の総理から学んだことは?
安倍総理からは明確な方向性を持つことの重要性を学んだ。菅総理からは「おかしいものはおかしい」と指摘し、一度決めたら何があっても実行するという決断力を学んだ。岸田総理については、政治団体の問題などがあったものの、安倍・菅政権で出てきた様々な課題を一つ一つ解決してきた手腕を評価している。
私自身の強みは「まとめる力」だ。様々な意見を丁寧に聞き、一見対立するように見える意見の中にも共通の思いを見出し、それを形にしていく能力がある。この「まとめる力」がより強い実行力を生み出すと確信している。