
2040年の半導体。ラピダスに勝機はあるのか?
【半導体業界再建への道】JSR元会長が明かす「ラピダスに正気はあるのか」と「日本の勝ち筋」
半導体産業は国の安全保障と経済成長の根幹を支える重要基盤だ。かつて世界をリードした日本の半導体産業は長年低迷を続けているが、経済安全保障の観点から国家的な復活プロジェクトが進行中だ。その中心となるのが、先端ロジック半導体を開発するラピダス社。JSR元会長で経済同友会経済安全保障委員会委員長の小柴満信氏に、日本の半導体産業再建への道筋と課題を聞いた。
Q. なぜ半導体は国の命運を左右するほど重要なのか?
半導体は現代社会において原料のような位置づけだ。特に国の安全保障と経済成長、そしてグリーントランスフォーメーション(GX)を達成するために絶対に必要な基盤となる。
日本とアメリカの先端半導体使用量を比較すると、日本を1とした場合、アメリカは10倍にもなる。GDPの差(3.5倍程度)を考えると、この格差は驚異的だ。これはアメリカにAI企業が多数存在することが大きい。S&P500で「マグニフィセントセブン」と呼ばれる7社は全てAI企業であり、先端半導体をビジネスモデルの中核に据えている。
つまり、デジタル産業の衰退が半導体産業の衰退を招き、さらにそれが日本経済全体の競争力低下につながるという悪循環が生まれている。半導体は単なる手段ではなく、国の経済成長と安全保障を支える重要な要素なのだ。
Q. 日本の半導体産業はなぜこれほど衰退したのか?
日本半導体産業衰退の転機は1990年代の日米半導体摩擦だった。その後、日本は製造業メーカーとして海外に打って出ようとしたが、ファブレスメーカー(設計に特化し製造は外部委託する企業形態)が育たなかった。
また、当時の記憶はDRAM(メモリ半導体)がメインで、半導体を単なる電子部品としか捉えていなかった。その後、インテルを中心としたロジック半導体が台頭し、ソフトウェアと結びついて「Wintel」という強力な連合が形成された。さらにインターネットやAIの台頭が重なり、日本企業はこの変化についていけなかった。
経営面では、日本の「総合○○」という企業形態では、投資先行型の半導体事業に取り組みにくい構造があった。サムスンのように大きな投資を決断できる経営判断力も欠けていた。「雇用を守る必要がある」という言い訳は後付けに過ぎず、事業が元気なうちにポートフォリオを入れ替えれば雇用は十分守れたはずだ。
Q. 国を挙げて半導体に投資すべき理由は?
現在の半導体工場一つを建設するには約2兆円が必要であり、これを単独で行える日本企業はほとんどない。また、半導体産業は特に「マノ川」「死の谷」「ダーウィンの海」というビジネス発展の3つの障壁を繰り返し乗り越える必要がある業界だ。研究から開発、そして事業化への道のりを2年ごとに繰り返すことが求められる。
世界的にも、アメリカのIRA(インフレ削減法)や日本のGX政策など、政府が前面に出て民間をリードするポリシーへと転換している。半導体産業の復活は日本経済全体の成長のためであり、地方経済の活性化効果も大きい。
日本政府による4兆円規模の投資は、30年間の遅れを取り戻すための第一歩としては妥当だが、小柴氏は最低5兆円は必要だと指摘する。最初の投資で終わらせず、民間主導に移行するまでの支援継続が不可欠だ。
Q. ラピダスに「正気」はあるのか?
ラピダスが先端半導体に挑戦する理由として、半導体業界では「最先端が最も儲かる」という特殊な経済原理がある。最先端のウェハー(半導体の基板)ほど価格が高く、利益率も高い。
技術的には、半導体のトランジスタ構造がプレーナーからフィンFET、そして現在はGAA(Gate All Around)へと変化する重要な転換点にある。この変化はいわゆる「リープフロッグ」(蛙飛び)戦略の好機となる。ラピダスはIBMから先端技術の提供を受け、このGAA技術を活用している。
IBMは過去にも半導体業界の標準技術を多数生み出してきた革新的企業であり、パートナーとして最適だ。また、地政学的リスクの観点から、台湾や韓国ではなく日本を選んだという背景もある。
ラピダスの成功には「先端技術の獲得」と「リードユーザー(先進的顧客)の確保」という2つの要件がある。技術面ではIBMとの連携で目処が立ち、今後はリードユーザーの開拓が課題となる。
Q. 日本の半導体産業復活の鍵は何か?
日本の半導体産業復活には、材料・部材の強みだけに頼るのでは不十分だ。なぜなら、業界のトップシェアを持つということは、その業界以上に成長することが難しくなるためだ。半導体材料業界では日本は世界シェア55〜60%を持つが、成長率は半導体業界全体の7〜8%が限界となる。
これは資本コスト(6〜8%程度)と同等か、わずかに上回る程度の成長率でしかなく、株主資本を預かる経営者としては不十分だ。また、材料産業は労働集約的な側面があり、生産性向上に限界がある。
そこで重要になるのが、2040年に向けた次世代計算基盤の構築だ。現在、量子コンピューティングなど計算技術の根本的変化が2029年頃に起こると予測されている。この変化を先取りすることが日本の勝機となる。
日本は「富岳」というスーパーコンピュータで世界4位の性能を維持しており、古典的コンピューティング技術の強みがある。量子コンピュータも米国と日本にしか本格的なものがない。これらの強みを活かし、次世代の計算基盤を構築することが重要だ。
Q. 2040年の理想的な日本の姿とは?
2040年に向けた理想的な日本の姿は、経済成長を実現し、経済的威圧に負けない国を作ることだ。具体的には、自立性と不可欠性を確保しながら、GXを達成していくことが重要となる。
そのためには、半導体だけでなく、量子技術やバイオテクノロジーなど変革的な技術を活用した社会変革が必要だ。世界最高水準のコンピューテーション基盤が資源として国内企業に提供される環境を整えることで、日本は再び国際競争力を高められる。
国家戦略として、単に機能的・縦割り的なアプローチではなく、横断的な視点で国家全体の目標を定め、そこから逆算して必要な施策を考える方法が重要だ。現在の日本の取り組みは他国と比較すると評価できる部分もあるが、さらに高みを目指すべきだ。
特に必要なのは、首相直轄の技術インテリジェンス組織の設置だ。現在の科学技術・イノベーション会議は学術界の人材が中心だが、経済界や投資家など多様な視点を持つ人材を含めた体制が望ましい。