EXTREME SCIENCE
宇宙はホログラムのような"幻”か
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2024年8月29日

SF映画の科学監修や翻訳監修なども務め、新領域・学習物理学の研究を進める物理学者、橋本幸士氏。AIと物理学が融合する学習物理学の最前線に迫る。 <ゲスト> 橋本幸士|物理学者 京都大学大学院理学研究科教授。博士(理学)。 京都大学大学院博士課程修了後、東京大学駒場素粒子論研究室 理化学研究所などを...
物理学者が語る未来のサイエンス〜素粒子から人工知能まで〜
宇宙全体が「ホログラム」かもしれない?タイムトラベルは実現可能?そして人工知能と物理学の融合で科学はどう変わるのか?現代物理学の最前線で活躍する橋本幸士氏が語る科学の未来とは。
Q. ホログラフィック原理とは何ですか?
私たちの宇宙が実はホログラムのように、より低い次元のものから投影されてこの宇宙ができているという考え方です。この3次元空間の中にある様子が、どこかにある2次元の空間の情報によって決まっているという仮説です。
元々はこの仮説は超弦理論から生まれました。超弦理論では、素粒子が小さな「紐」からできていると考え、その振動の様子から素粒子の性質が決まるとします。紐理論の数学的枠組みから90年代後半に発展し、具体例が丸田・セナによって提案されました。
この原理の面白いところは、3次元の重力の話が2次元の情報で説明できるという点です。当初、多くの物理学者はそんなことはあり得ないと考えていましたが、具体例を検証すると、重力現象として計算したものと、低い次元の物質科学で計算したものが完全に一致する例が多数報告されるようになりました。
ただし、なぜそうなるのか、その変換の仕組みについてはまだ分かっていません。「こういったものとこういったものを取れば同じ結果が出ます」という形で証明されており、深いところで何が起こっているかは解明されていません。
Q. ダークマターや素粒子論の現状はどうなっていますか?
現在、標準模型では17種類の素粒子が確認されています。これらの素粒子とその相互作用だけで、私たちが観測できる宇宙のほとんどの現象を説明できます。しかし、ダークマターやダークエネルギーなど、見えないけれど存在する証拠がある物質については、まだ標準模型では説明できていません。
ダークマターについては、標準模型を拡張して新たな素粒子を加える説が多く提案されています。これらの素粒子は通常の物質とあまり相互作用しないため検出が難しいのです。また、小さなブラックホールがダークマターである可能性も検討されています。
ダークエネルギーは現在の式では「マイナスラムダ」という項で表現されています。かつては宇宙に関する方程式でこの項はゼロだと考えられていましたが、宇宙の加速膨張が確認されてからは、小さいながらもゼロではない値が必要とされるようになりました。
素粒子の性質や質量がなぜ特定の値を持つのかについては、様々な説があります。中には「たまたまそうなっただけ」という人間原理に基づく説もありますが、これを最大限許容してしまうと科学が進まなくなるリスクがあります。素粒子の性質を説明する理論を探求することも大切です。
Q. 物理学者の思考法とはどのようなものですか?
物理学者の思考法の特徴の一つは、問題を定義可能な形に整理することです。例えば「今日の満員電車、何人乗っとんねん、もうギュウギュウで死ぬで」という問いに対して、物理学者は「何人乗っているか」という部分だけに着目します。そして人間を球体(Q)と仮定し、電車という直方体の中にそのQがいくつ詰められるかという問題に置き換えます。
こうした抽象化によって、複雑な問題を計算可能な形に変換し、「おおよそ有効数字2桁で140人です」といった答えを導き出します。この「物理学の奥義」は、質問をリファインして物理学で使える定義可能な形にすることにあります。
物理学者は常に問題を考えていて、時に周囲の声が聞こえなくなることもあります。例えば赤信号で止まったとき、物理のことを考え始めて信号が青になっても気づかないことがあるほどです。家族に「パパ」と声をかけても気づかないこともあるそうです。
Q. タイムトラベルは可能になるのでしょうか?
タイムトラベルは理論上、可能かもしれません。しかし、実際に可能かどうかを証明するには、アインシュタインの重力理論に量子効果も含めた完全な理論が必要で、まだ誰もそれに成功していません。
タイムトラベルが可能だという人も、不可能だという人も、その計算や説明にはあやふやな部分があります。どちらかに踏み込むとすれば、「できる方向に向かって理論を作っていく方が楽しい」と考えられますが、実際にできるかどうかはまだ分かりません。
Q. AIと物理学の融合「学習物理学」とは何ですか?
学習物理学は、人工知能と素粒子物理学が結びついた新しい分野です。2016年頃から始まり、AIの技術を使って今まで解けなかった物理学の問題を解く、また物理学の考えを使ってAIを加速するといった相互作用があります。
例えば、物質が電気を通すかどうかを調べるのに、従来はスーパーコンピュータで膨大な計算をしていましたが、ニューラルネットワークを使うとその計算を高速化できます。また、新しい物質や現象を予測するのにAIが活躍し始めています。
現在は、AIの技術が物理学にどれくらいの精度で何ができるのかを探索している段階です。将来的には、AIが科学の仮説を提案し、その検証もAIが行うような時代が来るかもしれません。数学の分野では、AIが証明を行い、その証明が人間には理解できないほど長大になる可能性もあります。
特に注目すべきは、重力理論とニューラルネットワークの類似性です。ホログラフィー原理によれば重力空間は表面の情報で決まりますが、脳のニューラルネットワークも表面からの入力で内部構造が決まります。この類似性を研究することで、両分野に新たな知見がもたらされる可能性があります。
Q. AIの発展により科学はどう変わっていくのでしょうか?
AIの発展により、科学者の仕事のあり方が変わる可能性があります。例えば、数学の定理をAIが証明し、その証明が人間には一生かかっても読めないほど長大になる可能性があります。
しかし、これは必ずしも悲観的な未来ではありません。かつてスーパーコンピュータの登場によって計算物理学という新しい分野が生まれたように、AIによって人間には理解できない現象が発見されれば、それを理解しようとする新たな科学が生まれるでしょう。
科学者にとって最も大切なのは「理解すること」です。AIだけが分かる証明や現象があっても、それを人間が理解できる形に翻訳し、コミュニティで共有することで科学は発展していきます。AIと人間が共同して、より深い自然理解に到達する未来が待っているのかもしれません。