
【五輪展望(陸上中長距離)】日本のマラソンはなぜ世界で勝てなくなったのか?
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2024年8月5日
お家芸であったマラソンで、なぜ日本は勝てなくなったのか?駅伝、実業団などの日本特有のシステムは五輪にはマイナスなのか?陸上中長距離競技の展望を、駿河台大学駅伝部の徳本一善監督に聞いた。
三浦選手はメダル可能性あり!陸上長距離の見所と強くなるための秘訣
陸上長距離種目における日本代表選手の可能性と、競技の魅力について、駿河台大学駅伝部総監督の徳本一善氏に話を聞いた。パリオリンピックでの注目ポイントから、日本の長距離界が世界と戦うために必要なことまで、詳しく解説してもらった。
Q. パリオリンピックの陸上長距離種目で注目すべき日本選手は?
男子の3000m障害の三浦龍司選手が最も注目すべき選手の一人だ。長距離種目の中では最も良い順位が期待できる。東京オリンピックでも入賞しているが、今回はメダルの可能性も十分にある。その戦力から言えば、メダルは想像できる範囲内だ。
普通に分析すると入賞ラインが現実的だが、120%の力を出せればメダルも可能性がある。ただし、世界的に見て「勝負所の底力」だけに頼るのではなく、常に当たり前のレベルでその領域に行けないと確率的には低い。トレーニングで一つずつ積み重ねていく必要がある。
Q. 長距離レースでは、なぜベストタイムだけでは順位が決まらないのか?
これは非常に複雑な要素が絡み合っている。自分の能力は決まっているので、相手に勝つためには「相手が想像しないところでスパートをかける」といった戦略が重要だ。レースの中で必ず局面があり、その局面を誰が掴むかが勝負を大きく分ける。
例えば、勝てないと思われる選手が勝ってしまうケースでは、予測を超えたエネルギー配分が成功することがある。「このペースで突っ込んでも持たない」と思って勝負に出て、意外にも持ちきってしまうことがある。相手からすれば「ここは絶対落ちてくるだろう」という予測が外れた場合だ。
また、力のある選手が出るタイミングを失い、ポケットに閉じ込められて出られなくなってしまうケースもある。ある選手にとってはロングスパートの方が勝てる確率が高いのに、最後の1周のスプリント勝負になってしまうと不利になることがある。こういった駆け引きが長距離レースの面白さだ。
Q. 女子1500m・5000mの田中選手の凄さはどこにある?
田中望美選手の凄さは、日本人としてオリンピックや世界大会の1500mで決勝まで行けるような選手が現れるとは思っていなかったことだ。東京オリンピックで彼女の活躍を見て、本当に衝撃を受けた。「世界で戦える日本人はいる」と諦めていた自分のマインドが変わった。
彼女のトレーニングやレースの出方は、常識を超えている。日本選手権では3種目に出場し、800m、1500m、5000mを同じ日に走るなど普通ではあり得ないことをしている。何か素晴らしいことを成し遂げる人は、結局は常識に当てはまらないことをしている。彼女のおかげで「こういう選手を育てるためには何が必要なのか」を考えるきっかけになった。
Q. なぜトラック競技で日本選手が決勝の舞台に立つことが難しかったのか?
特に女子の場合、ランニングフォームが海外の選手と大きく異なっている。日本の女子選手の多くは「ウォーキングに近いランニング」をしており、ストライドが短くピッチが速い走り方をしている。本来は「スプリントからランニングに行く」のが正解で、ヨーロッパやアメリカの選手はほぼそうできているが、日本選手は1〜2割しかそのような走りができていない。
近年ではシューズのテクノロジーの進化も大きく、フォアフット(前足部)で着地する走り方が広まった。適切に対応できた選手は伸びたが、小手先だけで対応しようとした選手は伸びていない。ランニングの基本動作へのアプローチが足りなかったことが大きな課題だった。
Q. 駅伝とマラソンの関係について、どう考えるか?
学生時代にトラックよりも駅伝(20km)を基準に練習すると、5000mや10000mなどスピードが求められる種目に対応しづらくなる。理想的には若い時はスピード系の競技で強化して、徐々に距離を伸ばしていくのが完成形に近い。世界のトップ選手はみなそういう順序を辿っているが、日本選手ではその順序を辿っている選手は少ない。
駅伝があるため、大学生の一番油が乗っている時期に20kmに注力してしまう日本特有の事情がある。人気があり期待される競技に選手のベクトルが向いてしまうのはやむを得ない面もある。800mの日本選手権チャンピオンが高校生だったりするのに、その後長距離に流れていくのも、人に期待されたいというアスリートの要求があるからだ。
Q. マラソンで日本選手が以前ほど活躍できていない理由は?
日本のトップ選手は昔と比べてそれほど変わっていないが、特に女子選手はトレーニングの部分で我慢ができていないという声がある。高橋尚子選手や野口みずき選手がメダルを取った時の練習量と比べると、今の選手たちはそれを超えるだけのことができていない。
一方で「あれはやりすぎだった」という考え方もできる。より効率的で合理的なトレーニングで、リスクを最大限回避した上での強化という考え方もある。結果だけを見ると、高橋選手や野口選手のトレーニングの量と質を超える選手が現れない限り、あの領域には行けないのかもしれない。
もう一つの見方として、世界のレベルが上がっていることもある。女子マラソンの世界記録は2時間11分台だが、日本記録は2時間18分台と7分もの差がある。男子では4分程度の差だが、女子の方がより世界から離れている状況だ。
Q. 日本の長距離界が世界と戦うために必要なことは?
最大の課題は「レースIQ」の高い強い選手を育てることだ。レースIQとは、自分のエネルギー配分を正確に予測できる能力のことで、大迫傑選手のように常に実力通りの結果を出せる選手は少ない。世界のトップ選手たちは常に高いレベルで結果を出している。
日本とケニアの選手を比較すると、ケニア選手は「いい練習」を当たり前のようにしている。日本選手はオリンピックレベルの練習を「10割」で取り組もうとするが、ケニア選手は常に「7〜8割」の力で同じレベルの練習をこなしている。日本選手は無理してしまい、本番で調子を崩すことが多い。
知見の共有も重要だ。田中望美選手のノウハウや三浦龍司選手の成功例を日本の陸上界全体で共有し、選手たちが「できるかも」と思えるようになることが必要。科学的な検証と議論を重ね、日本全体のレベルを引き上げる必要がある。
Q. 大学駅伝部の指導者として、選手育成の考え方は?
すべての選手に世界を目指せとは言えない。大学指導者の理念は「社会に信頼される人材を育てる」ことが軸にある。世界を目指すかどうかは選手自身の選択だが、指導者の役目はそれに応じたサポートをすることだ。
最も重要なのは「思考」であり、選手に「君ならできる」と思わせることから始まる。日々の生活や考え方を変えることで、脳に刺激を与え、人より優れた能力を手に入れる可能性が高まる。
今回のパリオリンピックでの田中選手や三浦選手の結果は、将来の日本陸上界にとって非常に重要だ。彼らが成功すれば「道筋をたどっていけばいい」という希望になるし、そうでなければ危機感につながる。どちらにしても検証して課題を見つけ、行動することを繰り返さなければ超えられない領域だ。