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平均値・合計値・絶対数の罠【西口一希⑥】
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2024年2月26日

経営とマーケティングをどうすればうまくつなげることができるのか。P&G、ロクシタン、スマートニュースなどでマーケティングを担当してきたStrategy Partnersの西口一希氏。
「平均値を見てるだけじゃ会社を救えない」マーケティングの盲点とは?
多くの企業がマーケティングや経営判断において平均値や合計値に頼りがちだが、それだけでは真の顧客理解には至らない。本記事では、数字の見方によって判断が大きく変わる「平均値・合計値・絶対数の罠」について解説する。
Q. 平均値・合計値・絶対数の罠とは何ですか?
経営者が事業規模の拡大に伴い現場感覚を失っていくと、顧客の心理は見えなくなり、数字だけで判断するようになります。特に「売上が上がったか」「利益が上がったか」「顧客が増えたか」といった合計値での増減、あるいは「顧客単価」「獲得コスト」「ライフタイムバリュー」などの平均値で判断する傾向が強まります。
また、施策の効果を示す際に「1万人くらいのポテンシャルがある」「2万人くらい増える」といった大きな絶対数に引かれがちです。こうした数値だけを見ていると、顧客の増減や購買行動の質的変化が見えなくなり、判断を誤るケースが増えてきます。
これが「平均値・合計値・絶対数の罠」です。経営者こそが平均値や合計値だけでなく、その数字を構成している細かな内訳をきちんと見る必要があります。

Q. なぜ平均値だけを見ると危険なのですか?
平均値だけを見ることの危険性を理解するために、簡単な例を考えてみましょう。様々なメディアで「平均年収ランキング」などが発表されていますが、これらの数字だけでは実態が見えません。
例えば、A社とB社の平均年収がともに1500万円だったとします。しかしその内訳を見ると、A社は全体的に1000万円から2000万円の間でバランスよく分布しているのに対し、B社は500万円の社員と5000万円の社員が混在している可能性があります。
このとき、安定性を求めるならA社、成功報酬に賭けたいならB社を選ぶといった判断ができるでしょう。また、「B社で5000万円を稼いでいる人は何をしているのか」「500万円の人はなぜそうなのか」といった疑問も浮かびます。平均値「1500万円」だけでは、これらの重要な情報が完全に失われてしまうのです。
実際のビジネスにおいても、「売上が上がった」「単価が高い」「獲得コストが低い」といった平均値だけで意思決定をしてしまうことは非常に危険です。
Q. 新商品の市場調査で平均値を見ると、どんな問題が起きますか?
新規事業のアイデアに対して10万人に5段階評価(1=絶対買わない、5=絶対買う)のアンケート調査を行った例を考えてみましょう。
コンセプト1: 平均値3.2
コンセプト2: 平均値2.9
コンセプト3: 平均値2.5
平均値だけを見ると、コンセプト1が最も評価が高く、最適な選択肢に思えます。しかし、回答の内訳を見てみると違った景色が見えてきます。
コンセプト3は「絶対に買わない」という人も多いのですが、同時に「絶対に買う」という人も最も多いのです。これは、明確にターゲットが絞り込まれた独自性のある商品であることを示しています。新規事業として本当に成功するのはこのコンセプト3である可能性が高いです。
しかし残念ながら、多くの企業ではコンセプト1を選んでしまいます。コンセプト1のスコアが高くなるのは、市場に既にある商品の改良版のような提案は想像しやすく、「まあいいかな」という中間的な評価を多く集めるためです。一方、新規性があり特定の人には強く刺さるが、理解できない人には全く響かない商品は、平均値では低く評価されがちです。

Q. 調査の母数(絶対数)の多さは信頼性につながりますか?
絶対数の罠も見逃せません。同じ商品コンセプトのテストを100人に行った場合と10万人に行った場合では、意思決定が左右されることがあります。
10万人のデータなら統計的に信頼できると思われがちですが、内訳を見ないと本質は見えません。例えば100人のテストで「絶対買う」と答えた人が20人いた場合、これは非常に高い数字です。特にマーケットのポテンシャルが300人程度なら、この20人という数字は非常に有望だと言えます。
統計的な意味を問う前に、この20人がどのような人なのかを突き詰めることが勝ち筋です。また、「絶対買わない」と答えた30人の理由も知りたいところです。これらを分析するだけでも、事業戦略は自ずと見えてくるでしょう。
Q. ビジネスの実例で平均値・合計値の罠を説明してください
1本300円のビールを販売するビジネスの3ヶ月間のデータを見てみましょう。
初月の状況:
顧客数: 7人
合計売上: 32,700円
平均客単価: 4,671円
2ヶ月目:
顧客数: 8人 (114%増加)
合計売上: 42,900円 (131%増加)
平均客単価: 5,363円 (115%増加)
新規顧客: 3人
離反顧客: 2人
リピート率: 71.4%
これだけを見ると好調に見えますが、3ヶ月目には状況が一変します。
3ヶ月目:
顧客数: 11人 (138%増加)
合計売上: 37,200円 (13%減少)
平均客単価: 3,382円 (37%減少)
新規顧客: 5人
離反顧客: 2人
リピート率: 75%
顧客数は増えているのに、売上と客単価が急減しています。なぜこのような事態が起きたのでしょうか?
詳細を見ると、購買本数と購買頻度に大きな変化があったことがわかります。初月に大量購入していた顧客の購買頻度が2ヶ月目に激減し、3ヶ月目には高単価顧客が離反。代わりに増えた新規顧客は低頻度・少量購入だったのです。
このような構造は、顧客一人一人の購買行動を追跡しないと見えてきません。単に「顧客数が増えた」「売上が増えた」という平均値や合計値だけでは、潜在的なリスクを見逃してしまうのです。

Q. どうすれば平均値・合計値・絶対数の罠から抜け出せますか?
まず、顧客の入れ替わりを可視化するための表やダッシュボードを作成しましょう。自社データで期間を変えながら、どの顧客がどう変化しているかを追跡します。
また、アンケート調査を行う余裕があるなら、顧客のセグメント別の行動を把握するための9セグメント分析(未認知からロイヤルまでの顧客動態)を行うことも有効です。
重要なのは、売上だけでなく利益ベースで顧客を評価することです。理想的には、顧客IDごとにライフタイムバリューをリアルタイムで計算する仕組みを構築し、どの顧客からどれだけの利益が生まれているかを把握することです。
このように数字の内訳を細かく分析することで、「なぜこの顧客の購買頻度が落ちたのか」「なぜこの顧客は本数を増やしたのか」といった問いに答えることができます。それによって、3ヶ月目の売上急減のような事態を予測し、対策を講じることが可能になるのです。
Q. マーケティングと経営において、最も重視すべき指標は何ですか?
売上高を追い求める「売上高市場主義」ではなく、利益を重視した経営に転換すべきです。スタートアップでもエンタープライズ企業でも、「セールスさえ伸ばせばいい」というPSR(Price to Sales Ratio)のような指標に惑わされず、利益ベースでマーケティングと経営を組み立て直すことが重要です。
稲森氏のアメーバ経営のように、全ての活動を利益ベースで考え、何にお金がかかったかを紐づけて考えることで、真の価値創造につなげることができます。
すぐに完全な利益ベースの管理に移行することは難しいかもしれませんが、まずは顧客セグメント別の分析から始め、徐々に利益視点を強化していくことが実務上は現実的なアプローチです。