
2022年11月10日
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田中 では、経済同友会自体の課題についてもお考えを聞かせてください。日本の将来を考えたときに、経済同友会の「ここを変えたらいいのに」「もっとこう活動すればいいのに」という思いはありますか?

鈴木 僕が見る限り、近年は、若い経営者にどんどん参加してもらおうという動きはありますが、やはり入会審査がハードルになって若手経営者が参加しづらい面があるのかなとも思います。

その一方で、経済同友会の“肩書き”が欲しいだけの経営者がいることも知っているので、ここは非常に難しいところですね。
冨山 スタートアップの場合、会社の規模や財務の黒字化という条件は、基準を満たせないケースが多いでしょう。

田中 以前から「入会審査が難しい」という意見は同世代から挙がりますね。やはり入会基準などを変えていかないと、スタートアップの経営者は入会しにくいと思います。
冨山 やはりそうなのですね。
入会の間口を広げるということと、新しいメンバーができるだけ早く“対等のメンバー”として活動に関わってくれるように、みんなずうずうしくやるのが良いかもしれませんね。
田中 なるほど“ずうずうしく”ですね。経済同友会は、会社のように上下関係がある組織ではないですから、もっとフラットな意識で参加できるといいですね。もちろん人生の先輩に対する敬意はありますが。

冨山 そのとおりです。
もともと経済同友会は「対等に学び合う場所」なので、今の年齢からくる距離感や遠慮などをブレイクスルーしなければと思っています。ベテラン経営者はもっとフランクになるべきだし、若手経営者はちょっと生意気になるくらいが丁度良いかもしれませんよ。

僕は、経済同友会は“原点回帰”した方が良いのではないかと思います。そもそも経済同友会は、戦後の復興期に若手経営者が集まって「新しい日本をつくろう」と始まった団体です。当時は創業メンバーも30代〜40代の若い経営者で、メンバー同士がイーブンに意見を言い合い発信するような集団でした。
もしその遺伝子が残っているとするならば、若手経営者の皆さんが自由に集まって、自由にいろいろなことを発信していくスタイルのほうが、経済同友会として自然な姿なのではないでしょうか。
恒田 いま冨山さんは「対等に学び合う」とおっしゃいましたが、冨山さんご自身が若い世代から情報を得て「これはすごい!」と参考になったものはありますか?

冨山 もちろん! しょっちゅうありますよ。僕の経験ですと、当社が応援しているスタートアップに、設立当初からグローバルモードで展開している会社があります。
そこは人材の半分以上が外国人で、コロナ禍で海外から日本に入国できなくなった際、法律上の理由で一部の地域の人に給料を渡せなくなったことがありました。僕が「それ、どう解決したの?」と尋ねたら「しょうがないから、ビットコイン使って送り届けました」と言うのです。
そういった話を聞くと、Web3.0の空間で何が起きているかの学びになりますね。他にもいろいろと若い方とコミュニケーションして「Web3.0とはサイバー空間の領域拡張なのだな」とさらに理解が進みましたし、こちらが勉強させてもらうことのほうが多いんですよ。
少なくともIT分野に関しては若手経営者の方が先輩ですから、お互いに“学び合う”ことができますよね。僕は自分でビットコイン送金をしたことがなかったので、とても興味深かったです。
田中 ではここで、あえて意地悪な質問をさせてください。お二人は今まで多くの実績を出して日本を変えてこられたと思いますが、そんなお二人であっても「変えられなかったもの」はありますか?
冨山 そうですね。僕はバブル崩壊後の不良債権問題に関わっていたとき、変えることができたものと、変えられなかったものがあります。
具体的に言うと、不良債権問題とは、担保評価の問題です。銀行が不動産を担保に1000億円を融資したとして、バブル崩壊でその担保の価値が100億円になったとき、差額の900億円はいわゆる無担保の“裸貸し”の状態になります。
これは銀行にとってリスクになるため「担保の価値は1000億円だ」と言い張るんですね。ですが、結局最後は担保を処分して債権を回収することになりますから、いつかは差額の900億円を認識しなくてはいけません。ところが、銀行では諸般の事情でその判断ができない。筋が通ったことができないのです。

当時の僕は「あまりにもこの仕組みはまずいだろう」と思い「絶対にこの仕組みを打倒しよう」と決意しました。そして不良債権を買い取って事業再生を支援する産業再生機構のCOOになったとき、担保評価の仕組みを「取得原価」から「時価評価」に変えました。ある種、金融の世界における革命をやったわけです。
あのとき僕は「不良債権問題を解決すれば、日本は元のように元気になる」と思っていたのです。しかし、現実はそうではありませんでした。産業再生機構という政府の中枢に近い場所で仕事をする中で、他にも「打倒すべき仕組み」がこの国のいろいろなところにたくさんあるのが見えてきたのです。
田中 まさに「仕組み」そのものを変える挑戦をされてきたのですね。
冨山 僕は金融の領域では1つの革命を成し遂げましたが、この20年近くでなんとか変えられたのは、やりたかったことの10パーセントくらいです。その間に日本経済は相当衰退してきました。
あと20年くらいの間に、なんとか残りの90パーセントのうち半分くらいは、変えることができれば良いなと思っています。なぜかというと、自分の子や孫の世代に対して「恥ずかしい」という気持ちがあるからです。
鈴木 その気持ちはよく分かります。やはり僕たちのような人生の残り時間の短い人間が、まだまだ長く生きる若い人たちのことを、ちゃんと考えなければいけません。それが人生に与えられた課題ではないでしょうか。