
2022年11月9日
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恒田 帝人の組織においては、スティーブ・ジョブズのような“変わり者の天才肌”の方を、どういうふうに内包しているのですか?
鈴木 それは答えるのが難しい質問ですね(笑)。
例えば研究職でちょっと突拍子もない人などは、フェロー(特別研究員)として自由に研究してもらっています。あくまで限られた研究者に対してですが、すぐに会社の利益につながらなくても良いので、好きなことを研究できる場を提供しています。

冨山 その一握りのフェロー以外の天才肌の人たちを、会社の中に置いておくのは正直難しいですよね。
鈴木 おっしゃるとおりです。
ただ、組織の力を生かして可能になることもあると思っています。研究所には大まかな研究方針がありますが、天才肌の研究者はその枠に収まらないことも多い。そんなときには、上層部から「それくらいは、やらせても良いでしょう」と少し介入することもあるんですよ。
冨山 2010年にノーベル化学賞を受賞した根岸英一さんも、帝人の元社員でしたね。

鈴木 根岸さんが帝人の研究所に在籍していたのは、1958年から1969年までです。
当時の繊維産業は今の自動車産業に匹敵するくらい強くて、GDPの10パーセントを稼いでいたくらいですから、優秀な技術者や研究者の多くが帝人や東レ、クラボウなどの繊維産業に集まっていたのです。
根岸さんは入社2年目に休職してペンシルベニア大学大学院に留学して、帰国後に再度休職してパデュー大学の博士研究員になりました。ですから、帝人で働いていたのは実質1、2年です。
冨山 一瞬だったのですね。
鈴木 ただ根岸さんは、留学中も会社に籍を置かせてくれたことに対して、恩を感じておられたようです。2011年に帝人の名誉フェローに就任した後は、若手の研究員に対してとても手厚くご指導いただきました。
田中 これから日本をどう発展させていくべきかと考えるとき、根岸さんのような方、あるいはアップルのスティーブ・ジョブズやテスラのイーロン・マスクのような天才が、「なぜ今の日本で生まれないのだろう?」という疑問は浮かびます。

鈴木 それは大きな課題ですよね。
しかしながら、日本だけの問題だと悲観する必要もないと思いますよ。以前、ヨーロッパの方と「なぜヨーロッパにはGAFAが生まれないのか」という議論をしたことがあります。やはりヨーロッパの企業もミドルサイズまでしか成長できないので、構造的にどのような問題があるのかを真剣に考えましたね。
つまり、「なぜアメリカ以外の国で、天才が生まれないのか?」という疑問を持つといいのではないでしょうか。
冨山 構造的な違いといえば、アメリカはこの30年間で「産業トランスフォーメーション」、つまり産業構造の入れ替えを達成しています。
一方ヨーロッパは「コーポレートトランスフォーメーション」、つまりM&Aによって会社の主要なビジネスモデルを入れ替えていく方式を取っています。その一番の成功例がドイツのシーメンス社ですね。
僕は日本企業の体質はアメリカよりもヨーロッパの会社に近いと思っています。

アメリカ型の産業トランスフォーメーションを見習うのはしんどいですが、ヨーロッパで成功したコーポレートトランスフォーメーション型のアプローチであれば、日本企業でも可能ではないのかと。実際、日立はシーメンスをモデルにした事業再編を行っていますしね。
労働市場でも「解雇規制を緩和してアメリカ並に」という話もありますが、これはおそらくこの国には馴染みません。日本には、北欧やベネルクス3国のような仕組みがフィットするのではないでしょうか。
鈴木 確かに、僕のヨーロッパの知人も、気軽に会社を立ち上げて、失敗しても「失業保険があるから、次の起業の準備期間にする」とケロッとしています(笑)。
冨山 労働力の移動は激しいのに、貧困に陥ることもないのは、失敗しても国のサポートがあるからですね。
実は国民1人あたりのGDPは、ドイツやフランスよりも北欧やベネルクス3国の方が高いのです。ヨーロッパから学ぶことは多いはずですよ。
田中 確かに、米中をまねしろと言われても土台が違いすぎて、まねしようがないなと足踏みしてしまう面はありますね。
冨山 アメリカと日本は、文化や社会の仕組みが根本的に違うんですよ。
でも、だからこそ日米の相性は良いと僕は考えています。人間同士と一緒で、似たもの同士で組むと大体うまくいきませんから(笑)。だから“違う者同士”の日米の経済協力はお互いに重要なんですよ。
鈴木 日本は1億2000万人という「そこそこ」の規模の国内市場があるために、つい国内市場だけを見てビジネスを考えがちです。
例えば韓国は、人口5000万人ぐらいで日本の半分の市場規模です。最初から「国内市場だけでは足りない」という前提がある。だから、韓国では、新しく起業する際に最初から国内市場ではなくグローバル市場を見ているんですよ。だから彼らは強い。
冨山 アーティストグループのBTSなどもそうですね。
北欧の企業も同じです。国内マーケットが非常に小さいため、最初から完全にグローバルモードになっています。各国の制度を観察して分かったのですが、世界の仕組みは“日本とそれ以外”というガラパゴス化が進んでいます。

例えば、起業するときの出資契約書や株主間契約書を日本では日本語、日本法、東京地裁の裁判管轄で結んでしまいますが、北欧では、言語はもちろん英語で、法律はデラウェア州法やロンドンでの裁判管轄で起業します。だから、グローバル展開が早く、資金も人材も世界から集まり、どんどんユニコーンが生まれる。
北米はもちろん、他のヨーロッパ地域、東南アジアもほとんど同じ仕組みで、日本だけがかなり特殊な状況にある。つまり日本市場だけに最適化してしまうと、他の95パーセントの市場で勝負するのが難しくなります。
ファイナンスの面でも、95パーセント相手の勝負と5パーセント相手の勝負では、最初からバリュエーションが1桁違いますよね。
恒田 そのギャップは、スタートアップの採用事業を進める上でもよく実感します。最初からグローバルモードで事業をつくろうという場合、当然チームメンバーも世界基準に合わせて採用しなくてはなりません。
ところが、日本ではスタートアップが優秀なエンジニアを採用しても、その30パーセント以上が外資に転職してしまうのです。
私の会社はスタートアップの採用支援をしていまして、平均年収800万円以上が約30%を含む年間800人以上の方々を支援していますが、その採用件数以上に、日本のIT業界から、人材がコンサルや外資に流出してしまっている点がとても心配です。

冨山 その問題は、日本だけを見るのではなく、「なぜ北欧やシンガポールの企業ではそれが起きていないのか」というグローバルな視点で見ることで打開策が見つかるはずですよ。
人材の問題には、全部理由がある。北欧やシンガポールでは、ビザや税制などで世界中から人を呼び込む努力を国もしているのです。
鈴木 おっしゃるとおり、人材流出を「日本人の問題」と見るべきではありませんね。
日本人以外の人材を含め、日本という国が、優秀な人材を惹きつけられる国になればいいんですよね。日本の教育レベルは非常に高く、それだけのポテンシャルはあるはずですし。

しかも、一度日本に来てもらうと、結構な割合の人がこの国を好きになってくれます。「日本はとても安全で、食事もおいしい。ちょっと言葉は通じにくいけれど、暮らしやすい」という外国人は多いですね。
高度な技術を持った人材が日本に来て、日本の企業で働いて、税金を落としてくれる。そして、彼らの英知が日本企業に蓄積される。そんな流れができれば、最高じゃないですか。
冨山 今の日本の制度では、例えばストックオプション一つとっても、世界標準と違うんです。
日本の場合は、社員が退職すればストックオプションは失効してしまうけれど、諸外国では退職後もストックオプションの保有あるいはセカンダリーマーケットでの売却が可能で、会社の企業価値が上がれば何億円もの対価を受け取れる仕組みができあがっているのです。

つまり、「優秀なエンジニアを半年だけ使いたい」というときに、手元資金がなくてもストックオプションで“後払い”にするという手段が使える。一方、日本のスタートアップはキャッシュで雇うしかありません。恒田さんが心配する「人材が外資に流出してしまう」という問題は、要するに日本独自の法制度や慣習の問題でもあるのです。
これはまったくおかしな話です。国はスタートアップが成長した際に期待できる莫大な法人税を逃しているわけで、ひいては“国の成長機会”を逃していると言えるのではないでしょうか。
このような問題にこそ、経済同友会を使って声を上げればいいと思いますよ。
田中 なるほど。経済同友会を使って規制改革を訴えればいいということですね。

鈴木 そうです。経済同友会は政治や行政にもそれなりにネットワークがありますし、変革につながる提言の勘所も分かっている。ぜひ活用してほしいですね。
冨山 政治の話というのは、先鋭的な層だけが声を上げている間は動きませんが、中間層が「これはさすがにおかしいのでは」と言い始めるとパタパタっと状況が動く傾向があります。
経済同友会には「この団体が言うなら」という説得力があるので、ある意味すごく“利用のしがい”がある団体だと思います。若手経営者は、僕や鈴木さんのように「影響力を持つ先輩」を便利に使えばいいんですよ。
田中 心強いお言葉ですね。ここぞというときにはぜひご相談に行かせてください。