
2022年11月9日
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恒田 今、私は37歳で、スタートアップ業界では「中堅」として扱われるのですが、経済同友会では年齢順で数えると下から10番以内です。鈴木さんと冨山さんは、30代〜40代の頃どのような経験をされていましたか?
鈴木 37歳ですか。その頃の僕は、イギリス帝人の研究所でチームリーダーをしていましたね。
もともと研究職として帝人に入社したので、45歳まではプレイングマネージャー的な立場で働いていました。プレイングマネージャーの最後の頃には、100人くらい研究者を抱えていたので、結構大変でしたね。

冨山 研究者集団のマネジメントは、難しかったのではないですか?
鈴木 とても難しかったですね。
冨山 IT産業も知識集約型の産業です。海外では、1人の天才がトップクラスの100人󠄀を率いて結果を出すのに対し、日本では秀才を100人ぐらい集めてみんなで頑張る。けれどやっぱり、1人の天才には勝てない。それがこの30年間続いている。

田中 おっしゃるとおりです。例えばサービスをつくってそれを成長させることと、根本的な仕組みそのものを生み出す能力は、別物なんですよね。
ただ、それを説明しても「差別的だ」と言われてしまったり、「みんなで頑張ることを否定するのか」と言われてしまったりすることもあります。
冨山 難しいところですね。ただ、やはり戦いの起点は最初のゼロをイチにできる天才を、どれだけアクティベートできるかにかかっています。
今後成長するだろうWeb3.0の世界でも、きっと天才が現れるでしょう。問題は、それが日本に現れてくれない限り、日本が“起点の技術”を持てないということです。先に海外に技術を握られてしまうと、どうしても不利になってしまいます。
恒田 100人の秀才に相当するような1人の天才は、日本においては絶対数が足りないのではないですか?
鈴木 それは確率論の話になりますが、結局は多数のチャレンジを続けるしかないと思います。
冨山 そうなのです。天才が活躍するには、たくさんのチャレンジが必要です。そのためには、社会がある種の包摂性、寛容性を持っていなければなりません。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズの目撃談を話しましょうか。僕がスタンフォード大学のビジネススクールで学んでいたとき、彼は聴講生的な立場で大学に出入りしていたんです。
恒田 同じ時期にスタンフォードにいらっしゃったんですか。
冨山 当時のジョブズはAppleを解雇され、女性問題やパワハラ等の問題も抱えて、社会的には“アウト”のレッテルを貼られたような状況でした。
にもかかわらず、大学は彼に「ビジネス・クラスの授業をいくらでも学んで良い」という待遇を与えていたんですね。
ジョブズは大学主催のパーティーにも毎回来ていましたし、スタートアップの授業ではスピーカーとして登壇して、自分の失敗談をめちゃくちゃ面白く自虐的に語るので、大人気の授業になりました。要するにアメリカの社会は、ジョブズにまたチャンスが訪れるような環境があったわけです。

これは結局、「社会の包容力の差」とも言えるでしょう。
別の例では、ハンガリーでmRNAの研究ができなくなったカリコー・カタリン博士に、アメリカのテンプル大学がポストを与えて研究を継続できる環境を用意した結果、研究成果をあげて新型コロナのワクチンに応用されるまでになりました。
これが日本だったら、まったく逆の状況になっていたでしょう。1度失敗すれば、日本では二度とチャレンジできないのではないでしょうか。
鈴木 それこそが“国力”だと思いますね。社会が持つ余裕とでも言うのかな。
だけど、文化の違いがあるのは事実です。日本人には「失敗を許さない」という気質や文化があり、なかなかアメリカのようになるのは難しいんじゃないかと思ってしまいます。やはり「失敗と挑戦を許容する空気」をいかにつくっていけるかが、日本の産業を元気にするために不可欠でしょうね。