
キャンセルカルチャーの脅威 「賢いけどコミュ障」が危ない
構成/三谷弘美
リベラル・リテラシーに欠ける発言をすると、たちまちキャンセルされてしまう「キャンセルカルチャー」が、アメリカでも社会問題となっている。複雑な社会だからこそ、人々が「分かりやすさ」にとらえられていく現状について、橘玲氏が語る。
――第4話では、リベラル化された社会は人間関係が複雑になり、ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)、つまりリベラル・リテラシーがないと、何を話していいかも分からなくなるというテーマを聞きました。日本のビジネスシーンで、リベラル・リテラシーがないとどういうことが起きるでしょうか。

リベラルな社会では、ポリコレのルールを無視して「差別」と見なされる言動をすると、SNSなどでキャンセル(社会的排除)の標的にされてしまいます。
アメリカではこうした抗議行動が、ジャーナリストの作品や学者の研究内容にまで広がり、表現の自由を侵す「キャンセル・カルチャー」として社会問題になっています。
ビジネスも同じで、リベラル・リテラシーに反した言動を経営者がすると、たちまちキャンセルされてしまいます。
吉野家「シャブ漬け」発言は典型例
最近では、吉野家のCMOが大学の社会人向け講義で「生娘をシャブ漬けにする戦略」と発言したのが「地雷を踏んだ」典型例です。

普段からそうやって笑いを取っていたのでしょうが、それを半ば公の場で口にするとどうなるかのリテラシーが欠けていて、たちまちキャンセルされてしまった。
私が疑問に思うのは、リベラル・リテラシーが高い人が、必ずしも弱者にやさしい(マイノリティを平等に扱う)とは限らないことです。この人たちは単に、どのように振る舞えば相手から「差別」と見なされないかの感度が高いだけかもしれません。
知能が高ければポリコレのルールが理解できるかというと、そういうわけでもない。
論理的・数学的な能力が高いにもかかわらず、コミュニケーションのルールが理解できず、批判されて理不尽に感じる人が一定数いるようです。いわゆる「賢いけどコミュ力が低い」タイプです。
トランプ支持者のピーター・ティール
シリコンバレーのベンチャー投資家で、トランプを支持していることでも有名なPayPal創業者のピーター・ティールも、そのひとりではないかと思います。

ティールはチェスの天才でもあり、とてつもなく賢いことは間違いありませんが、ほとんどインタビューには答えず、ウェブメディアへの数少ない寄稿を読んでも何を言っているのかよく分かりません。
やはりトランプの熱烈な支持者で、ヘッジファンドで成功した大富豪のロバート・マーサーも、コンピュータの天才ですがコミュニケーション能力が低く、娘が代わりにスポークスパーソンを担っています。
こうしたタイプは案外たくさんいて、言葉の端々をとらえられて「差別だ」と批判されると、「何を言われているか理解できないよ」とさじを投げてしまい、善悪二元論のような分かりやすいイデオロギーにとらえられていくのではないでしょうか。
「自己責任論」は強いロジック
――日本だと、「ホリエモン」や「ひろゆき」の、ズバッと言ってくれる気持ちよさにひかれてしまう、ということでしょうか。
そういう傾向はあるかもしれませんね。2人とも賢い人たちなので、どう言えばみんなの注目を集められるのかをよく知っていて、それを実践してきたわけですから。
「結局、みんな自分が持っているものでなんとか頑張るしかないでしょ。そうやって自由に競争して、評価された人がリーダーになって何が悪いの」というロジックはものすごく強力です。
そして成功した人ほど、この自己責任論(私が成功したのは懸命に努力したからだ)で自分を守っている。これは「リベラル」を自称するエリートも同じです。
――今、旧来のテレビメディアに対して新興メディアであるはずのYouTubeも、彼らが出ている動画ばかりになっています。
分かりやすいし、魅力があるんでしょうね。タイパ(タイム・パフォーマンス)が最優先される現代では、複雑なものごとを複雑なまま説明しても全然人気がありません。

私もできるだけものごとを分かりやすく説明しようと思っているので、他人のことはいえないのですが、特定のアイデンティティに加担するような分かりやすさは社会を分断させていきます。
とはいえ、欧米を吹き荒れるポピュリズムの嵐を見ていると、「政治と宗教」や国葬の是非を巡ってぎすぎすする日本の状況はずっとマシだと思いますが。
ネットにコンテンツが溢れるようになっても、1日は24時間しかなく、そのうち自由に使えるのはせいぜい3~4時間というきびしい時間制約は変わりません。当然、タイパ(タイムパフォーマンス)の悪いコンテンツは見捨てられていき、TikTokのようなショート動画や、映画やアニメをダイジェストしたファスト映画の需要が高まっていきます。
このような状況では、メディアも分かりやすさを重視するしかなくなります。ネットメディアの担当者から、「嫌韓・反中や皇室ものの記事を載せるとよく読まれる。本当はやりたくないのだけど、アカデミックな記事を載せたかったら、一方でビューを稼ぐものも載せざるを得ない」と聞いたことがあります。
――それは耳が痛いです。メディアの役割として、同じ興味を持った人のコミュニティをつくることがあると思っているんですが、橘さんは、サンデルが理想とするコミュニタリアニズムは実現しえないと言っていますね。
※第6話(最終話)は、9月30日公開。