
2022/02/01
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いかに機嫌よく生き切るかというのが、私の人生の大きなテーマです。
そのためには、日々のちょっとしたモヤモヤを解消して、気分よく毎日過ごすこと。その積み重ねが大事だと思っています。仕事も間違いなくはかどりますしね。
細かなことですが、例えば、机の引き出しを開けるたびに、使っていないハサミが出てくることが私は嫌。インクがかすれるボールペンがあるのもモヤモヤします。
そういうのが嫌いなので、ハサミは1本、カッターも1個、ボールペンも1本と決めています。
企業のロゴやキャラクターが入ったもらいもののボールペンは、「ありがとう」と言って、すぐに欲しい人にあげてしまいます。申し訳ないのですが、自分の美意識にいい影響を与えるものに囲まれて暮らしたいからです。

机周りもシンプルで、本当に必要なものを必要なだけ置いています。
ただ、「一品一品世界中から厳選した」というほど大げさな話でもありません。あまりこだわりすぎるのもよくないと思っています。
例えば、ドイツ製の素晴らしいデザインのハサミなどを探し出すとキリがない。道具選びについてもそこまでの時間を費やしたくないと思っているので、ほどほどにしています。
私は今、東京と軽井沢と福井の3拠点で生活しています。コロナ禍のため、今は福井に行くのは数カ月に一度になっていますが、以前は1カ月のうち、1週間を軽井沢、1週間を福井、それ以外を東京で過ごしていました。軽井沢では主に絵を描き、福井では陶画や立体作品を制作しています。
2011年の東日本大震災がきっかけでした。「もし再び、今度は東京で大災害が起きたら住まいと仕事場を同時に失ってしまう」という不安にかられたのです。
軽井沢を選んだのは、別荘地で買い物などをするにも便利で住みやすく、東京からのアクセスもいいからです。
福井との出会いは、焼き物の上に絵を描く「陶画」。ちょうど「絵以外の表現に挑戦したい」と考えていたときだったので、本格的に勉強しようと、福井にアトリエを借りることにしたのです。
友人が福井に窯を持ち、陶芸を始めたことも大きかったですね。

拠点が増えるごとに、「ものを必要最低限にする生活」が「超必要最低限にする生活」になっていきました。
最低限必要なものは何だろうと突き詰め、身の回りのものを整理していくと、どんどんミニマルな暮らしになっていくのです。すごく快適です。
3拠点にする前は、5LDKの家に住んでいました。夫も私も家で仕事をするし、空間が広いほうが気持ちいいと思ってそうしていたのですが、物理的に場所があると、ものがどんどん増えていきがちです。
当時は、ワインセラーやウォーターサーバー、精米機までありました。
軽井沢で生活し始めたとき、そうしたものがなくても暮らしていけることに気づき、少しずつ手放していったのです。
お気に入りのものだけを近くに置いて、嫌いなものや苦手なものはできるだけ周りに置かないことにしています。
それは人間関係も同じです。昔はあまり気が合わないと思いながら、無理に友達付き合いをしている人が何人かいました。
例えば旅行に誘われたりすると「あまり気が進まないな」と思いながら一緒に行ったりしていたのです。
ただ、あるときから「笑顔で後ずさり作戦」をするようにしました。誘われても、2回に1回、3回に2回とだんだん断る回数を増やしたり、返事をする間隔を延ばしたりして徐々に疎遠にしていき、苦手な人と無理に付き合うことを減らしていったのです。
今は本当に、好きなものに囲まれ、好きなことを楽しんでいます。
最近は神社や古事記にまつわる仕事が多く、火・風・水・土など森羅万象に神が宿るという古代日本の概念に興味を持っています。
作品での表現にもさらに磨きをかけたくて、最近は、自分の“引き出し”を増やしたくて日本の画家や陶芸も観るようにしています。
そこからのつながりで、数カ月前から京都で茶道を習い始めました。主に江戸時代以降に武家社会の間でたしなまれてきた「武家茶道」で、今は月に1回、京都に通っています。
茶道そのものだけでなく、茶室の掛け軸や季節のお花が飾ってあり、そのいわれや花器の説明を聞くのもすごく勉強になります。また和菓子の美しさも堪能できます。

わざわざ交通費や宿泊費をかけて京都まで通っているのには、「京都の街のことをもっと知りたい」という気持ちもありました。
実際、京都在住の人と知り合い、「ここのお店の作っている紙はいい」といった「地元ならでは」の情報を教えてもらったこともあります。今度その紙に絵を描いてみようかなと考えています。
そういう新しいつながりが広がっていくことも自分の中の財産になる気がして、多少コストをかけても行く価値が十分あると思っています。
損得勘定ばかりにしばられていては、好きなことを存分に楽しめませんよね。
ミニマルでシンプルな暮らしをしているからこそ、自分の中の“引き出し”が豊かになっていく。これが作品の表現力につながると信じています。