
2022年8月1日
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ポケトーク社長の松田憲幸が世に送り出した手のひらサイズのAI通訳機「ポケトーク」は、発売から2年足らずで販売台数50万台を突破。
それまでのポケトークの需要で最も大きかったのは、旅行需要だった。だが、コロナが人の行き来を止めた。
事業は壊滅的な状況に追い込まれたのではないか。そう思いきや、徹底的な攻めの姿勢で投資を続け、ポケトークの事業をピボット(方向転換)し、コロナ前よりもはるかに大きなポテンシャルを手にしていたのだ。

旅行需要が蒸発してしまったポケトークは、いかにピボット(方向転換)を果たしたか。そもそもなぜこれほどポケトークが大ヒットしたのか。
松田がプロジェクトを立ち上げたのは、長年の問題意識に対する解の一つだという信念があったからだ。日本人の英語力不足である。

松田が構想していた「手のひらサイズの通訳機」が実現する環境が整っていった。この3つを掛け合わせれば、通訳機を世界中に持っていって使える時代が来た。
2017年12月、ポケトーク1号機発売。初期生産数はなんと11日間で売り切れた。

ソースネクストのソフトウエアのビジネスでは、ある程度パソコンやインターネットに詳しいカスタマーが多かった。
しかし、今回は家電のハードウエア。ターゲットが違う。数千ものカスタマーフィードバックから徹底してユーザー分析を行い、改善点を整理していった。
まずはコンセプトから改めることにした。

ポケトークを使ったことがある人なら、その翻訳精度と同時にスピードに驚く。松田はこう語る。
「オンラインの通訳機に使えない代物というイメージを持っている人も少なくありませんでしたから、きちんと翻訳ができる翻訳精度は重要だと思っていました。
それこそ、おかしな翻訳が出るくらいなら訳せないほうがいいくらいに思っていました。同時に翻訳スピードにもこだわりました」

明石家さんまは、高額なCM出演料を考慮して大企業でもためらうような日本で最も有名なタレントの一人だ。
「たしかに高額でしたが、だからといって出演料の安いタレントで代わりができるかといえば、私はまったくそうは思いませんでした」

年間約90億円あったポケトークの売り上げは、その後激減し、二十数億円と実に7割も落ちた。だが松田は平静だった。
CTOの川竹も焦りはなかった。コロナによって変化したビジネス環境は、むしろ新しいチャンスの到来に映った。

寄付をした病院から、「ポケトークを買いたい」という連絡が次々に入ってきた。アメリカで新しい需要が見つかったのだ。
「それまでアメリカ人は英語が話せるので旅行需要は大きくないと思っていましたが、隠れたニーズの発見でした」

「『Newsweek』の表紙では、ポケトークのロゴマークはまんまん中で、あのファイザーの真下に置かれている。これはやはりジェネラルマネージャーのマーケティングが本当にうまかった、ということだと思います」

アメリカの売り上げはコロナ前の4倍にまで拡大。今期はその2倍になると予想しているという。いったい何が起きているのか。

コロナ禍の2021年夏、ポケトークに強力な助っ人がジョインすることになる。CMOの若山幹晴だ。34歳にして、大きなポテンシャルを持つ新会社のマーケティング担当役員に抜擢された若山とは何者なのか。

若山に委ねられたミッションは、専門のマーケティング領域に留まるものではなかった。取り組んだのは、原点に立ち戻ることだ。

オンラインでの外国人とのミーティングの際、相手がしゃべった言葉が映画の字幕のように画面上に現れる。なんとも画期的な商品「ポケトーク字幕」のアイデアも、ブレスト会議の中で生まれた。
「デモをやってみたら、みんな『すごーい!』と驚いた(笑)」

ユーザーからのヒアリングのプロセスで、また新たな需要を見つけた。もともとポケトーク字幕は、海外にいる外国人のビジネスパートナーとの間で使ってもらうことを想定していた。
だが言葉の壁は、日本国内においてもあったのだ。

「アプリを出してしまうと、専用端末とカニバリゼーションを起こすのではないか、というのが一つのリスクでしたが、むしろユーザーは拡大するのではないか」

アプリを世に送り出したのは、2022年春。一気にダウンロード数を伸ばした。その背景の一つには、細やかなニーズを意識した価格戦略がある。

松田がシリコンバレーに住んでいる目的の一つは、ITの大きな潮流をつかむこと。
「シリコンバレーでは、今はサブスクのビジネスがどれだけあるかが、会社のバリューを決めるんです」

2022年2月1日、ソースネクスト創業者の松田は、社長として新会社をスタートさせた。それがポケトーク株式会社だ。ソースネクストからポケトーク事業を分社化させた。

分社化は、奇跡的な偶然がいくつも重なり、このタイミングしかないという状況で実現した。まずポケトーク事業の売り上げが激減していたことが、功を奏した。

2022年3月に、ロシアの軍事侵攻によって日本にもたくさん避難民が押し寄せているウクライナへの支援を行った。ウクライナ大使館に1000台のポケトークを寄付した。5月には、多くのウクライナ人が避難しているポーランドにもポケトークを送った──。
*「ヒットメーカーズ」AI通訳機「ポケトーク」開発ストーリーの第1話をスタート。本連載は毎日1話ずつ公開します。