
2022/08/12
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2020年、33歳でマーケティング支援を行う会社を起業したばかりの若山幹晴は、ポケトークを世に送り出した松田憲幸と出会う。もちろん大ヒット商品となったポケトークのことは知っていた。若山は語る。
「私も留学経験者でしたので、言葉の壁は身をもって実感していました。ですから、その壁がなくなる世界はすごい、と思っていたんです。そこに従事できるワクワク感があったのをよく覚えています」

同時に、松田という経営者にも興味を持った。
「前職のジーユーの柚木治社長がテレビ東京の『カンブリア宮殿』に出演したんですが、その1カ月前に松田が出たんですね。自ら店頭に立つシーンが紹介されていて、私も大事にしていた顧客を第一に考える姿勢に強く共鳴していたんです。実際に会うと、まさにその話で盛り上がって意気投合してしまって」
業務委託としてポケトークの事業に関わることになったが、当時はコロナで売り上げが急減していたタイミングでもあった。
「ところが、会社に行っても悲観的な感じはまったくありませんでした。それどころか、こんなことを考えている、こんなことをしていきたい、という声が次々に聞こえてきて、ポジティブなんですよ。
毎日一緒に顔を合わせて侃々諤々(かんかんがくがく)とビジネスの議論をしていく中では、ポジティブじゃないと楽しくないよね、という共通認識がある会社だと感じました。それを誰よりも体現しているのは、社長の松田なんですが」

そして数カ月もすると、業務委託のままに事業責任者、ブランドオーナーを担ってほしいという依頼を受ける。
「そもそも業務委託なのに、ですよね。考え方になんてフレキシビリティがある会社なんだろうと思いました。しかも、フルタイムではない私をソースネクストの人たちも快く受け入れてくれました」
松田の経営者としての力量にも驚かされることになる。
「なるほどここまでやれるんだ、そんな一手があったんだ、と驚かされることが多い。それがお客さま目線で理にかなっているんです。また何より社員から愛されています。社長ですけど、みんなから『ノリさん』と呼ばれていて、本当に家族みたいな会社なんです」

ポケトークがどうして大ヒットしたのか、その理解も深まった。
「もともとは一消費者として、翻訳精度が高いな、翻訳が速いな、と思っていたんですが、テクニカルな背景を知ると、なるほど、こういうノウハウでこういう技術があって、だから世界でもトップシェアのAI通訳機を作れたんだ、と分かりました」
若山に委ねられたミッションは、専門のマーケティング領域に留まるものではなかったが、若山としてはまずはマーケティングの側面からポケトークを見ていった。
「どんなお客さまがいらっしゃって、提供価値は何で、それをどんな形でお客さまに伝えていくのか。その戦略を改めて作って実行していきました。それから、費用対効果も考えていきながら、営業戦略やチャネル戦略を考えていくなど、PLを含めて事業を見ていくようになりました」

コロナを経て、ポケトークをめぐる状況は大きく変わっていた。若山が改めて取り組んだのは、原点に立ち戻ることだった。
「海外旅行需要を中心に50万台も売れていたところから、コロナで一気に需要がなくなってしまった。では、ポケトークの売り先はもうないのか。実際には売り上げは0台になったわけではなかったんです」
例えば、語学学習ニーズ。実はコロナ前から、ポケトークを語学学習のために購入している人がたくさんいた。英会話の練習に使うだけではない。ポケトークの特徴は、翻訳した言葉がスピーカーから流れてくるだけではなく、画面にテキストが表示されることだ。しかも、極めて高い精度でテキスト化が行われる。これを勉強に利用しようと考えた人がたくさんいたのだ。

またポケトークの3号機では、英会話学習のニーズを意識した付帯機能を追加していた。英会話レッスン機能だ。
ポケトークがあれば一人で簡単な英会話のレッスンができるよう、海外旅行を想定した「入国審査」「機内食」「チェックイン」「食事の会計」など、さまざまな全36場面の質問に答えると、また返事が返ってくる、という練習ができる。
「改めて思ったのは、私たちはAI通訳機を売っているのではなく、言葉の壁をなくすソリューションを提供しているのだ、ということでした。その原点に、今こそ立ち戻ろう、と」

実際、言葉の壁は海外旅行だけでなく、例えばビジネスを行っている企業内にもある。日本に住んでいる外国籍の人々、日本語が得意ではない人々の日常生活にもある。
「そうした言葉の壁のあるところにしっかり目を向けて、ポケトークの事業を再構築していく。旅行を楽しめるツールから、言葉の壁をなくすツールというところにもう一度着眼して、新しい需要を広げていこうと考えたんです」
そこから画期的な新製品が生まれていく。「ポケトーク字幕」もその一つだった。
*明日に続く。