
CMOに必要なブライトサイド・スキルとダークサイド・スキル
聞き手/佐々木紀彦 撮影/林 直幸
マーケティング分野のプロとして注目が高まるCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)。CMOとはどんな仕事で、どんなスキルセットが必要なのか。第1回は、リクルート、ヤフーなどを経て、現在、イーデザイン損保のCMOを務める友澤大輔氏のスキルセットを解読する。
エフェクチュエーションとは何か?
――CMOに求められるスキルセットはなんでしょうか?
まず大きく分けて、ブライトサイド・スキルとダークサイド・スキルがあります。会社を変革するにも、その両方のスキルが必要です。
論理的思考力や交渉力、新しい物をどんどん吸収していくラーニングできるようなスキル、これらは分かりやすいブライトサイド・スキルです。
それとともに、周りを巻き込んでいくスキル、大きい組織では特に、上司を巻き込んでいくようなスキルが大切です。みんなが綺麗に納得をして「いいなと思えて」、いざ失敗しそうになると「これはヤバい」と思って急に転換できる。そうした敏感力を私はダークサイド・スキルと呼んでいます。

第1話で紹介した出木場さんは、ダークサイド・スキルも圧倒的に高かったです。
ダークサイド・スキルとは、人や組織に影響を与え、空気を支配し、人を正しく見極め、厳しい意思決定を断行できるようなスキルのことです。
例えば、以下のようなスキルです。
・すべて自分でやろう、ではなく使えるものはなんでも使って総合力で勝負する。自分に足りないところを埋めてくれる人を引っ張ってチームを作る。
・自分の中に軸を作る。自分は何を大切にしているのか、何に恐れを抱くのか。それらをコントロールしていく。
・リスクをとったことは、たとえ失敗しても誰かが見ている。改革は最初のうちに結果がでなくてもそこを踏ん張れるかが重要。
・リーダーとしてどういうチームを作りたいか、というビジョンを持つ。何かを成し遂げたいという執着心を持つ。肩書きではなく、自分の人間性で勝負する。
マーケティングの場合、ブライトサイド・スキルに脚光が当たりがちで、キラキラした感じがするかもしれませんが、ダークサイド・スキルも同じくらい必要です。
マーケティングは会社の中で一番目か二番目かにお金を使っている部署であり、短期間で結果を出すことが求められます。しかし、その割に、使ったお金がどれくらい成果につながっているか証明しづらいところがあります。
だからこそ、社内外の新しいステークホルダーを巻き込んで、いろんな人たちに活力を与えて前向きになってもらい、事を大きくするスキルが特に最近大事になってきています。
――起業家に求められるスキルにも似ていますね。
まさにそうです。
不確実性が高いときに、どういうふうに会社や組織や人を動かしていくのか。その際にアントレプレナーが用いるスタイルとして、「エフェクチュエーション」という考え方があります。
「エフェクチュエーション」は、“未来は予測できない”という前提のもと、既存のリソースや手法を用いながら、アジャイルに意思決定を行い、事業を推進していくやり方です。
一方で「コーゼーション」という考え方もあります。“未来は予測しやすい”という前提のもと、事前にきちんとプランを作り、その達成に向けてリソースをかき集めて、ウォーターフォールで実行・検証・改善していくやり方です。いわゆるPDCAの考え方です。
コロナ前のように、「どういうふうにマーケットが成長するか」を読みやすかった時代には、従来のコーゼーション型でもうまくいきました。
しかし、今は不確実性しかないので、自分が持っている手段とリソースと人を素早くつなげて、クイックに試していくエフェクチュエーション型の方が合っています。
以前は“顕在的な欲求”に対して解決を出すアプローチが主でしたが、今は、“潜在的な欲求”を見つけて、新しい市場を生み出すマーケティングがより重要になってきているのです。
CMOに求められる“調整力”
――大企業もスタートアップ的な思考を導入しないといけないわけですね。
そうです。
私のやっていることは、「スタートアップの方が向くのではないか」とずっと言われ続けているんですが、なぜか私は大企業にしか在籍していません。それは、大企業の中で、私のようなタイプの人材のニーズが高いからだと思います。
大きな組織で、エフェクチュエーション型のアプローチを取るには、かなり調整力が必要です。そうでないと、普通に嫌われて、半年や1年で去ることになってしまいます。
複数年以上、大組織でやっていくには、粘り強く調整をしながら、結果を残さないといけません。自分の考えを世の中や会社にも伝えながら、会社を変えていき、形に残していく。そういうマーケティング人材が今、強く求められているのだと思います。
――調整力というキーワードが出ましたが、より具体的に何を意味するのでしょうか?
調整力とは結局、マーケティングコミュニケーションの考え方と同じなんです。
まず社内のターゲットは誰かを定めます。ターゲットが何に興味を持っていて、何が琴線に触れるかを理解します。
特に大企業で新しいことをやる場合、社内に敵が生まれやすい。「これは我々の競合ではないか」と思う人が出てきます。だからこそ、誤解を解くためにも、「敵ではない」とお伝えするとともに、「我々が事業で学んだことは必ずフィードバックします」とメリットを提供し、さらには「何か一緒にやりませんか」としっかり手を握るようにします。
これは世の中とのコミュニケーションでも同じですが、敵になると相手はどんどん離れていきます。
同じことを言うのでも、言葉の選び方一つで相手の印象は変わります。相手にとって不愉快な言葉の選択をすると、一切伝わらなくなるのです。そうならないように、微妙な言い回しも含めて工夫して伝えて、一緒に仕事ができるようにしていきます。すると、いいサイクルが回り始めるのです。
これはダークサイド・スキルの典型ですが、面倒くさそうな人ほど早めに巻き込み、一緒に何かをやってみる。これを大企業型の調整としてやることが多いですね。
それを根回しと言ってしまうとそれまでですが、早めにそういう人の意見を聞いて、アドバイスを得て、その上で事業や商品をよりよくすると考えれば、単にマーケットリサーチと同じです。
――社内の人もお客さんだと思えば説明しやすいですね。
その通りです。
マーケッターにとって、マーケティングリサーチにおいても、コミュニケーションにおいても、PRにおいても、すべての武器は言葉です。テクノロジーの進化により伝え方が変わっていますが、「言葉を通して相手に納得・共感してもらって前に進めていく」という根底は変わっていません。とにかく、言葉の使い方が非常に重要です。
デジタル・流行り言葉を使わない理由
――あえてデジタルっぽい言葉は使わないそうですね。
極力言葉を砕いて伝えています。
そもそも、難しい言葉を使っているときほど、思いが薄くなるんです。
私は今、イーデザイン損保でお客様にダイレクトに損保を売る商品のマーケティングを担当していますが、例えば、「KOLを使って共感マーケティングをしよう」といった瞬間に思考がピタッと止まってしまいます。
KOLの代わりに、専門家という言葉を使ってこう説明した方が伝わりやすいですよね。
「自動車保険の商品は非常に難しく、差別化が難しいです。そうした状況の中、どうしていくのか? 従来からの自動車保険は募集人やディーラーさんを通じて販売されています。そうした方々が、難しい商品を説明することで信用をいただき、その信用を商品に対して補完してくださっていました。これが東京海上グループの強さなわけです。この強みをどのようにダイレクト損保でも実現していくのか?そのためには…」
言葉を砕きながら、ナラティブに語っていかないと、思いが伝わりません。自分の中で腹落ちして「こうやりたい」と思った時に、言葉の選択が生まれます。ファンマーケティングとか共感マーケティングとか、流行り言葉ですべてを解決しようとすると、逆に伝わらなくなってしまうのです。
社外に対しては言葉を砕いている人でも、社内には砕かないという例も多いですが、それはおかしい話です。
――どうしても面倒くさくなってしまいますからね…。
社内の砕き方とユーザーに対しての砕き方は違うと思いますが、適切に言葉を選び、会社や世の中に敏感なワードを的確にキャッチして、適切に言葉を選択・加工して伝えていく。これを意識的・無意識的にできないかぎり、マーケティングの責任者は務まりません。
――社内を客観視して、言葉を選べるようになるためにも、CMOはいろんな会社を渡り歩いていた方が良さそうですね。同じ企業にいすぎると、視点が同一化してしまいそうです。
いろんな業界の中で揉まれれば揉まれるほど言葉が洗練されていくし本気度も増すように思います。
「かしこさの階段」とは何か
――人に伝えるためのフレームワークとして、友澤さんは「かしこさの階段」を挙げています。
これは札幌の小学校の教師の方がブログで紹介していたものです。以下のように人の成長段階を絵にしたものですが、マーケティングにも応用できます。

この階段を見ると、伝えることにはいくつかの段階があることが分かります。
「逃げ出す」か「ちゃんとやるか」のライン、「頭で分かっているだけ」か「実際に自分でやれるか」のライン、「人に伝えられる」か「多くの人に伝わるか」のライン。特にマーケティングの場合は、後半の「多くの人に伝わる」ことがとても大事です。社外であればメインターゲット、社内であればキーパーソンにしっかり伝わると、そこからバッと広がっていきます。この本質は社内も社外も同じです。
これを小手先の技術とかフレームワークで処理しようとすると、間違った言葉の選択とか、間違ったアプローチをしがちになります。
CMOまで行く人は、技術論だけでなく、根っこのところを固める必要があります。だからこそ、マーケティングは座学も大事ですが、同時に実務もやらないといけません
マーケティングは人に伝えることがメインの仕事なので、自分が書く資料も、講演の登壇資料も、社内の勉強会資料も徹底的にこだわることによって、インプットとアウトプットが循環していきます。このやり方が一番成長できると思いますよ。
*第4話に続く。