
2022年5月10日
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――友澤さんはベネッセからキャリアを始めて、その後、職場を定期的に変えています。CMOという仕事は、「会社に勤める」というよりも、スキルセットや経験を武器にして、プロフェッショナルとして、「企業を渡り歩く」という方が向く仕事なのでしょうか?
今の会社は私にとって8社目です。
ドラッカーも「経営とはマーケティングとイノベーション」だと言っているように、私はマーケティングやプロモーションの専門性を武器にして、会社を変える仕事をしてきました。つまり、企業経営に関与したいからこそ、自分が一番得意なものとしてマーケティングを選択してきたと言えます。

実際、私が企業から声をかけてもらうときは、さまざまな会社が変わる時です。
偶然ですが、新卒でベネッセに入った時も、東京支社が多摩に移転して、ベネッセコーポレーションに名前を変えたタイミングでした。ベネッセには1994年に入社して、2000年まで在籍しました。
ダイレクトメールの営業をやったり中学2、3年生向けの理科の教材開発をやったり、インターネット講座の立ち上げをやったり、「教育×マーケティング」に挑んだ6年間でした。
当時はちょうど、CRMやデータベースマーケティングが生まれ出す時だったのですが、新しいマーケティングの手法や分析などに早くから取り組みましたね。

その後は、事業会社でCRMをやっている人材が貴重だったので、PwCに声をかけてもらって2年弱コンサルタントとして働いた後に、ニフティに移りました。
当時、ニフティは1,000万人ぐらいの会員を有していましたが、Yahoo!BBのパラソル部隊によるモデム配布によって、どんどん流出が続いていました。「いかに流出を止めるか」が最大のテーマで、まさに会社が変わる時だったんです。
そこで私は、CRMやロイヤリティマーケティングのノウハウを活かしながら、中核事業の改革を行いました。また、その後新規事業も立ち上げました。
当時はタレントブログのはしりで、ココログの立ち上げに関与したりブログというビックデータを基にした「評判分析」やそれをプロモーション施策に生かす取り組み、たとえば眞鍋かをりさんらのブログのプロデュースなどにも関与しました。
――その後、リクルートに入社しています。
自分のキャリアの変化度合いが高まったのはリクルートからです。
リーマンショック直前の2007年に入社したのですが、ちょうど紙が中心だったリクルートの販路やマーケティングが一気にネットに変わった時期でした。この4年間は本当に濃密でしたね。
今、リクルートホールディングスCEOをしている出木場さん、リクルート社長の北村さん、KAIZEN Platform創業者の須藤さんなど、いまデジタルで世の中を変革させているイケイケの世代であり、大活躍している人たちと一緒に仕事をさせてもらいました。

リクルートの4年間が、自分のキャリアの分岐点になりました。入社時にちょうど35歳だったんですが、35~40歳のリクルート時代が自分の力を最も高めてくれました。
――イケイケ世代のスターたちから学んだことは何ですか?
「業界の商習慣に一切忖度しないこと」と「自分が正しいと思ったことは周りを巻き込みながらも徹底的にやり抜くこと」です。
やり抜くためには、圧倒的当事者意識が必要です。だからこそ、クライアントや生活者が思っている「顕在的なニーズ」と「潜在的なニーズ」を圧倒的に理解した上で、圧倒的な当事者となって、考え抜いてやり切る。そのマインドセットはリクルート時代に学びました。
私自身、そのために結構むちゃくちゃなことをやっていました。
――どんなことをやったのですか?
リーマンショックが起きて、広告予算をばっさりカットされてしまって、テレビCMや新聞広告を実施しづらかったんです。その前から自社のビジネスモデルを脅かしかねない「インターネット」にどう向き合うかが経営の重要課題となっていました。

その代わりに、リクルートが力を入れ始めていたのがネットのバナー広告やリスティング広告でした。普通の会社は広告代理店を使ってネット広告を運用するのですが、「代理店の手数料がもったいないし、何が脅威なのかを自ら見定めよう!」ということで、社内で実践する「インハウス方式」を採用しました。
当時の日本ではほぼ例がなかったのですが、リクルート自らがアドサーバーを持つことにしました。その上で、朝日新聞などいろんなメディアと直接交渉して、余った広告在庫を市場価格よりも安く買い集めたうえで、当時ほとんど実績のなかったリターゲティングや行動ターゲティング広告を実践しました。
ただし、リクルートの各部署が個別で交渉すると大変でしたが、この経験が今に活きています。インターネットマーケティング局という横断部隊が在庫を一括して購入して、社内でデータと予算を一括管理したうえで最適化してグルグル回して行きました。それをリクルート入社初年度からやりました。

普通の会社ではこんな大胆なことはまずやらせてもらえません。「調整とか、コンフリクトとか、ハレーションとか一切気にせずにとにかくやれ!」とやらせてくれたのがあの時代でしたね。
リクルートは社員全員がマーケティングの責任者みたいな感じです。最近だと“ナラティブ”とよく言われますが、経営者を魅了していくトークやロジックや語りがむちゃくちゃ上手い人が集まっていました。
そんな人たちばかりなので、社内説得もうまいんです。言葉を選びながら、自分の想いをコンテクストにちゃんと乗せて相手に伝えて、それを相手が受け止めてハンコを押すという流れができていました。
そんなスター集団の中で仕事をさせてもらえたことが、自分のCMOキャリアの原点になりましたね。
*第2話に続く