
親力トレーニング②:親として幸せな姿を見せる
構成/岩辺みどり 撮影/林 直幸
エンジンとガソリン
私たち親は、時折、子どもたちにベクトルを向けすぎてしまうときがあります。
世の中の親学や親力講座といったものは、「子どもをどう褒めるか」といった内容が多く、子どもにベクトルが向いています。しかし、それでは本当の信頼関係を結ぶことはできません。
子どもは自分にベクトルが向きすぎると重く感じますし、押し付けられている感覚が強まります。結果的に子どもは自分の世界観に閉じ込もってしまい、子どもの可能性にキャップをしてしまうのです。
2つ目の親力トレーニングは、親として幸せに生きる姿を見せることです。そして、幸せを実現するために学び続ける姿勢を見せることです。親が子どもに教えてあげられるのは生き方と学び方なのです。

本来の親力とは、親自身が「どうロールモデルになっていくか、どういう存在であり続けたいか」を考えることです。
学ぶ内容や目標を親が勝手に定義して押し付けるのではなく、目標に向かって学び続ける姿勢を生活の中で子どもに見せていくのです。
いわば、親力とは、「子どもの中に、様々な壁を突破していくためのエンジンを育てる力」と言えます。
先取り教育だ、中学受験だ、偏差値教育だとやってしまうのは、ガソリンだけをどんどん流し込むようなものです。エンジンがしっかり育っていないのに、ガソリンを入れまくっても、走れないかエンストを起こしてしまうでしょう。
30種以上のバイトと借金を抱えた学生
僕が自らの親に感謝している理由は、まさに僕の中にエンジンを育ててくれたからです。

両親は、共に母子家庭で育った苦労人でした。経済的に困窮している家庭で育ち、当時の先生たちや周囲のサポートのおかげで学ぶ意識を持つことができたそうです。父は、都立の日比谷高校に進学し、塾に行くお金もない中で、学校の先生の素晴らしいサポートのおかげで東大に入りました。
父は、挑戦を繰り返す人でした。
銀行に入った後に、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)に社費留学してMBAを取り、順調に出世していました。しかし、頭取コースに乗っていたのにもかかわらず、レースの結末が見えた瞬間に面白くないと思って脱サラします。
父が始めたのは、お汁粉店でした。すでに父は40代半ばで、当時高校生だった私を含めて4人の兄妹がいました。本来であれば、教育費が一番かかる時期であり、仕事も安定する時期ですよね。それなのに、こんな大胆なチャレンジに打って出たのです。
結局、お汁粉屋は大きな誤算もあって、早々に撤退を迫られます。ただ、父はめげません。今度は何十万冊と本を仕入れてきて漫画喫茶を開店します。
仕入れからお店の仕切りづくり、パソコン配線まで自分でやっていました。年収何千万円を安定的にもらえるキャリアを歩んでいたのに、ピボットしたのです。周囲からすると不思議でしょうが、父自身はとても幸せに生きていました。それが家族に伝わってきたのです。
自分で人生を切り開いてきたという自負を強く持った父なので、子どもたちにも何かを与えようとか押し付けようということがまったくありませんでした。それは勉強だけでなく、お金も同じです。僕は子どもの頃からお小遣いをもらったことがなく、14歳から大学まで30種類くらいのバイトをしてお金を稼いできました。
だからこそ、自分がやりたいことに対して口出しをされたこともありません。「やってみるの? でもやるのだったら、自分の責任でやれよ」ということを幼い頃からインプットされました。
僕の兄妹には、高卒の農家もいれば、建築家もいれば、アーティストもいれば、東大を出た学者もいます。
兄妹がそれぞれの道を行っているのが、僕はすごくいいと思っています。チャレンジや失敗を繰り返しながらも、自分の道を進んでいる。一人ひとりの幸せの定義が全く違う。歩んできている道のりも、特性も違うのです。
共通点は、みんな成長マインドセットがあって、新しいことに挑戦し続けていることです。放任主義とも言えるのかもしれませんが、父は自分で学び続け、挑戦し続ける姿を見せてくれましたし、僕たちにも自由に挑戦させてくれました。
VUCAの時代に幸せを再定義する
そもそも、親子というのは対等ではありません。
親のほうが長く生きてきて、親は正解を知っている。だから「こうしなさい、ああしなさい。するとうまくいくよ」という前提に立ってしまいます。
しかし、本当は、親側も完璧な答えなんて持っていません。VUCAの時代には、誰も正解を知らないので、完璧な答えを持っている親など存在しないのです。
そんな時代における親力とは、「どこまで子どもと対等な関係に近い形で接することができるか」ということです。そして、大人も日々を前向きに切り開き、学び続けているという姿勢を背中どころか全身で見せ、言語化していく。それこそが親力なのです。
今、僕たちはある意味“無理ゲー社会”(困難なゲームを生き抜くことを求められている社会)を戦いながら生きている状態です。縮小していく国の中での幸せの再定義という難題に取り組まないといけません。
自分で自分の幸せを定義し、その中でしっかりと幸せに生き、幸せに死んでいく。それが、私たちが親として見せるべき姿であり、子どもたちに残せる姿だと思っています。
第4話、第5話は親力についてお話ししましたが、第6話からは一番興味が強いと思われるテーマ、英語力についてお話します。