
ソニーのイノベーター、十時さんが教えてくれたこと
聞き手/佐々木紀彦 撮影/林 直幸
金は出すけれど、口は出さん
――今やソニーの顔である2人と付き合って、すごいなと思ったのはどんなところですか?
吉田さんとはそんなに仕事をしていませんが、紳士で、誠実なイメージです。メッセージがシンプルで明確で、それを誠実に実行していく。どんな時も真正面から深く思考して、実行されていらっしゃいました。
僕はどちらかというと、十時さんの下にいた時の方が長かったですね。So-net時代に、モーションポートレートというソニーの木原研究所系をスピンアウトさせた会社に転籍したんですが、十時さんは社外取締役だったので、毎月の取締役会で話をしました。
結婚式にも主賓で来ていただいたので、距離は近かったと思います。

――十時さんは、ソニー銀行の創設者でもあり、ソニーを代表するイノベーターとして知られています。
エニグモに出資するとき、十時さんにこう聞いたことがあるんです。
「まだ会員は数千人程度で、6億円の出資は会員1人頭で割ってもあまりに金額が大きすぎるように感じます。まだ社員が6人しかいなくて、事務所も仮の机でやっているような会社のどこに、6億円の出資の価値があるものですか?」
すると十時さんは、「だって、博報堂を辞めて一生懸命やっているんだよ。かわいいじゃん」とおっしゃったんです。その答えに驚きましたが、挑戦する人の気持ちをよく考えてくれる方なんですよ。

他にも、So-netがモーションポートレートへ出資していたときにも、十時さんに相談に行きました。その会社が、私が企画するサービスと競合のサービスを立ち上げ準備していたので、「競合サービスをやめられないか、一度交渉させてほしい」と言ったんです。
そしたら十時さんに「彼らはなんでやりたいか分かる?」と聞かれて、「要はその技術を広めたいんじゃないですかね」と答えたら、こう言われました。
「彼らは自分で会社をやると言って、それでやっているんだ。100%子会社だとしても、“敵対するサービスだからダメだ”というのは良くない。やる人の立場に立って考え直せよ」と逆に怒られたんです。起業するチームをリスペクトし、応援せよ、と。
基本的には「金は出すけど口は出さん」という、十時さんの信念にふれさせていただきました。
――かっこいい。最高の投資家ですね。
そうなんですよ。だから、本当にそうした考えを最初から最後まで貫いているんです。
僕が会社を辞めて起業するときも、ただ辞表を出すのではなく、「どうしても自分たちとしては真剣に大きな映像プラットフォームを作ってみたいので、ぜひ出資してください」という話を持っていきました。

そしたら事業プランはほとんど見ないで、「ああ、勝手にやれば」という感じで、「もしその案件の決裁が上がってきたら、ノーとは言わんとくわ」と。映像プラットフォーム事業なので、ソニーグループとドメインがもろ一緒なんですが……。
――So-netの中でやってもおかしくない事業だったんですか?
むしろ最初は、「絶対So-netの中でやった方がいい」という話でした。ソニーグループなので、デバイスもあるし、ネットワークもあるし、全部揃っている。
So-netの社長の石井( 隆一)さんからは、「全面的にサポートしてあげるし、会社が大きくなったら自分の会社にして独立していっていいよ」というオファーだったんです。
――そんな寛容なオファーは珍しい。
そうなんですよ。
でも我々は早く意思決定をしたくて、自分たちでやろうということになって、袂を分かったんです。
ただ、十時さんがノーと言わないでくれたので、いつの間にかソニーグループの中でも認められて、決裁も下りて、So-netに出資してもらえることになりました。2014年10月23日に会社を作って、12月7日ごろには出資が決まっていました。
ソニーの文化は「厳しさのある自由」
――どれくらい出資してもらったんですか?
経営企画の人たちから、「ソニーグループの色がつきすぎてもあんまりよくないので、自分でやるんだったら、半分自分たちで集めてきて、残り半分をSo-netで出すのはどう?」と提案されました。
そこで、1億円の必要資金のうち、5000万円はエニグモの須田さんなどのエンジェル投資家や友人からかき集めてきて、残り5000万円をSo-netに出してもらいました。
――佐渡島さんのような形で独立していった人は他にもいるんですか?
ソニーグル―プから立ち上がった会社はたくさんあります。
例えば、DeNAやエムスリーの立ち上げにもSo-netがかかわっています。
南場さんがマッキンゼーでコンサルタントをやっている時に、So-netに対して「ネットオークションを立ち上げるべき」と提案したところ、当時So-net社長だった山本泉二さんが「そんなに熱っぽく語るなら、自分でやったらどうだ」と勧めたのがきっかけです。その後、So-netはリクルートとともにDeNAに出資しています。
エムスリーも当時マッキンゼーにいた谷村格さんがクライアントだったSo-netでスタートした事業を、上場させて成長されていました。
他にも、ネットの音楽配信や旅行会社、動画配信会社、ゲーム会社や研究所からのスピンアウトなど、多くの会社が立ち上げられていました。
――ソニーは日本を代表するスタートアップを生んでいますね。
プレイステーションのような事業が生まれているのも、自由闊達な風土があって、「これはやったらダメ」という空気がないからだと思います。その代わり、言ったことをやり切らないと、めちゃくちゃ叩かれますね。
――厳しさのある自由ということですね。
だから逆に怖いところがあります。勝てば官軍ですが、負けると誰も相手してくれない……。