
So-netで学んだ新規事業のイロハ
聞き手/佐々木紀彦 撮影/林 直幸
「賢くなるカメラ」をコンセプトに、クラウド録画サービスを展開するセーフィー。学生企業から始まった、創業者・佐渡島隆平氏のルーツとビジョン、今後の成長戦略に迫る。
入社していきなり新規事業担当に
――そんな佐渡島さんがソニーグループのSo-net(ソニーネットワークコミュニケーションズ)に入るわけですが、大学卒業後すぐに起業することは考えなかったんですか?
当時、「インターネットの世界は非常に面白いので、起業するのはどうか」と叔父さんに進路相談してみたんです。
そしたら、叔父さんから「起業したらお山の大将程度になり、面白いかもしれないけれども、社会にインパクトを出そうと思ったら、もっと人の金を使ってもうけること覚えたら?」とボソッと言われて、確かにそうだなと。

インターネットサービスを作ると、サーバーからインフラ、システム開発、コンテンツ制作、集客、配信から営業まで、なんでもかんでも自分でやらないといけないじゃないですか。
学生時代にそれを経験して、大変だなと思うこともたくさんあって、大企業の看板とリソースを使って同じことができたら、もっと面白いなと思ったんです。
そして、「Sony×インターネット」という組み合わせが僕には一番合っているんじゃないかと思って、最初にSo-netを受けてみたら、たまたま受かったのでそのまま入社しました。
――昔からソニーが好きだったんですか?
好きでしたね。テレビとかウォークマンとか、すごく好きでした。
――So-netではどんな仕事を経験したんですか?
So-netはけっこう面白い会社で、僕が最初についた上司も元ソニーミュージックのプロデューサータイプの人でした。
入社初日にオリエンテーションするからと言われて、ホワイトボードに「学生の気持ちを忘れてやれ」と言うのかと思ったら、逆に「学生の気持ちを忘れるな!」とだけ書いて終わり(笑)。
すごい砕けた会社だなあ、というのが第一印象でしたね。

僕の2つ前の上の代には、後にグリーを創業する田中良和さんや、学生の時に映画監督をやっていた人や、人気のWebサービスを立ち上げていたメンバーなどもいて、とにかくネットで面白いことをやりたい人たちを採ろうというノリでした。
入社当初から「君は新規事業担当で好きなことやっていいよ」という感じでしたから。
――新人にいきなり新規事業を任せるとは度量が大きいですね。
ソニーグループは今でもそうですが、「その人の持っているWill、やりたいことをやらせてみよう」という文化があるんだと思います。
僕が学生時代にやっていたことなんて、インターネットの本格的なサービスをやってきた人たちからすると、本当に小さいものなので、そんなに評価しているわけではなかったはずです。ただ、「新しいことに自由に挑戦させたら、こいつは何か生むのではないか」と期待してくれたんだと思います。
――新規事業としてはどんなことをしたんですか?
ちょうど当時は、i-modeとか、EZwebとか、J-スカイとか、携帯電話の有料コンテンツサイトが次々に立ち上がっていくタイミングでした。僕はKDDIの担当になって、メールのキャラクターサービス、Jリーグ、格闘技のサービス、芸能ニュース、芸能雑誌のウェブ化など、いろいろ手がけました。
――何かと芸能ニュースと縁がありますね(笑)。
確かにそうですね。あと競馬の予想サイトとか、ソニーグループがアプローチできそうなサービスを全てモバイル化する仕事をひたすらやっていました。
エムスリー、エニグモとの出会い
――そうした中で、エニグモやエムスリーといったスタートアップと関わることになったんですね。
エニグモは6人ぐらいしか社員がいない時に出会いました。
当時の上司が、ニッポン放送から来たプロデューサーの人で、とにかく新しいことが好きだったんです。その上司が、「博報堂を辞めて起業して面白いサービスを立ち上げている人がいる。So-netでも出資検討するので会ってみないか」ということで、引き合わせてくれました。
僕は出資の際に事業部側のサービス連携の担当をしていましたが、当時So-netの専務だった十時裕樹さん(現ソニーグループ副社長兼CFO)が「いいんじゃない」といって、あっという間に6億円の投資が決まったんです。
僕はあくまで窓口みたいな感じで、社長の須田将啓さんら創業メンバーの皆さんとコミュニケーションをさせてもらいました。
エムスリーは元々ソニーのグループ会社でしたが、当時So-net社長だった吉田憲一郎さん(現ソニーグループ会長兼社長CEO)からの依頼で縁ができました。

エムスリーには「アスクドクターズ」という、ユーザーがお医者さんに質問できるウェブサービスがあるんですが、その携帯対応が遠隔医療かどうかの判断がつかず、うまく携帯の公式サイトに入れていなかった。そこで、携帯コンテンツ化のノウハウがある僕らがサポートすることになったんです。
――さらっと当時So-net社長だった吉田さんの名前が出てきましたが、So-netは社長との距離もそんなに近い感じだったんですか?
そうですね。もともと僕が入社した時は150人ぐらいの会社だったので、結構距離は近かったですね。吉田社長主催のゴルフのコンペの幹事役を3回連続でしたこともあり、そうしたご縁もあって仕事以外でお話しすることはありました。