
ルールメイキングの「4ステップ」
構成/田嶋嶺子 撮影/武田 雲
ルール作りの具体的なステップ
日ごろ生きていて、自分がルールを作る側に回ることはあまりないように思える。法律も、会社の規則も、業界の慣習も、「昔からそう決まっていた」と考えられなくもない。
しかし、実は世界では、日々新しいルールが生まれている。例えば企業内のガイドラインやISOなどの標準規格、SDGsに代表される国際イニシアチブなど、さまざまな規模で必要となる。
では、具体的にルール形成をしようと思った時、どのようにして整備していけば良いだろうか?
まずは①「アジェンダ設定」。ここで重要なのは社会課題の解決や、共通善の追求など、社会全体の利益になるビジョンを掲げることである。
例を挙げると、空調メーカーのダイキンは、ヨーロッパにおけるルール形成戦略で成功している。
ロビイングによって、自社の製品がよりよく評価されるために、ヨーロッパで使われているエコ指標に新たな基準を加えることに成功したのだ。
しかし、その際に掲げたアジェンダ設定では、自身の利益を前面に出すのではなく、本当に環境に良い製品が広まることを第一義とした。なぜかというと、ここで自社の利益だけを考えたビジョンにすると、最終的に世の中に受け入れられず広がっていかないからだ。
アジェンダ設定では、競合他社ですら賛同するようなゴールを掲げることが重要だ。
利己的な基準を設けるのは得策ではない
続いてのステップ、②「ルール設計」が最も重要になるだろう。
政策やルールのアナリストなどの知見を借りながら、具体的な規則を作っていくのがこのステップだ。
この段階で、自身の強みが評価されるような基準を盛り込むのがポイントになるのだが、その一方であまりにも利己的な基準を設けるのも当然得策ではない。
先ほど決めたアジェンダ(=社会課題の解決)を実現するための手段として、理にかなったルール作りが求められる。
特に昨今は、SNSなどで発信した情報が拡散されやすい時代でもある。大義名分を掲げておきながら、矛盾を抱えていたり、自分たちだけに都合のいいルールが作られたりすれば、その醜聞は広がりやすいことは明白だ。
ウォルマートの成功例
具体的なルールが決まった後は、その次のステップ、③「戦略的立案」に移る。ここでは作ったルールを最も効率的に社会に普及させるためのルートを模索する。
アメリカの大手小売チェーンのウォルマートが行った施策を例に説明しよう。
2009年、ウォルマートは第三者機関と連携し、サステナブルな事業モデルを有する小売業者やサプライヤーを評価する独自の規準を作成した。アメリカ最大手であることもあり、ウォルマートの決定は業界全体を決定付けるスタンダードになることが予想された。
この基準が適切に運用される基盤として、ウォルマートはサステナブルな事業を推進する企業の商品だけを取り扱ったECサイトを開設。このサイトで流通させるために、国内外のメーカー企業はウォルマートの規格に合わせた商品を作るようになった。
大手PCメーカーのHPや照明器具のTCP Chinaがこれに従い、サステナビリティの面でサプライヤーに大きな影響を与えた。
最後のステップは④「合意形成」だ。ここでは消費者や関係各所が納得し、実際にそのルールが浸透していく過程を指す。
ルール設計の具体的な論点
現在、私たちは上記のステップの2つ目である、「ルール設計」の段階にいる。
具体的に提言書という形でルールを作っており、「業界ガイドライン」と「細胞農業産業推進に係る政策提言(推進基本法案)」の2部構成にしている。
まず業界ガイドラインの論点として主要な4つをご紹介する。
1つ目は販売するときの名称である。「培養肉」を正式名称とするのかどうか議論がある。培養肉と聞いて、どういった食品なのか消費者が想起しやすいだろうか、過度に人工的な印象を与えはしないか、といった懸念が指摘されている。
また、クリーンミートなどという呼び方は、「既存の肉がクリーンでない」という逆のメッセージを想起させかねない。既存の肉や培養肉それぞれにとって違和感のない名称にする必要がある。
とはいえ、既存の肉との見分けがつかない名前になるのも当然問題だ。どのような名前がふさわしいか、現在市場調査を行っている最中である。
2つ目は安全性だ。消費者が安心して商品を手に取るために、現行法に従い高い食品衛生基準を順守することは大前提として、追加的にどのような検査や基準を課せば良いのか検討している。
3つ目は、第6話でお話しした細胞のライセンスビジネス成立やブランド保護に向けた具体的なルール化である。
培養肉に使用する細胞を売った農家が、持続的に細胞農業産業から利益を得るためのルール作りが期待される。
最後は食品表示や売り方・ブランディング規則である。
名称の話とも通じるが、消費者が正しい情報を得るためにどんな表示がされるべきか議論がなされている。
植物性タンパク質の割合や、培養肉であることをどのように表示すればわかりやすいか考えている。インターネット上で商品の生産や環境負荷に関する情報を確認できるようにする仕組みなども検討中だ。
どのような売り方をしたら食品の透明性を担保できるか、頭を絞って考えている。
2部構成のもう1つ、政策提言では、細胞農業に関する法律の基本法案を作っている。
畜産農家の細胞農業産業への参入障壁を下げる補助金等の整備や、研究機関やセルバンク等産業の発展に欠かせないプレーヤーらの支援・育成、ルール作りの推進・国際標準化などが主な論点だ。
既存の畜産農家をはじめ、細胞農業に興味を持った人に対して、国が初期投資を補助することで参入しやすくするための仕組み作りを支援できるようにしたいと思っている。
少々駆け足になったが、これがルール作りの基本と、培養肉に関するルールの現在地である。どうだろう、ルール作りのダイナミックさを少しでもお伝えできただろうか?