
日本の政治が動くとき
構成/田嶋嶺子 撮影/武田 雲
新しいビジネスは政治の動きとセット
ルール作りについて考えるとき、最も大事な場は政治だ。細胞農業に挑戦しようとしている企業や関係者に「細胞農業の事業成長において日本ができることは何か」と聞くと同じ答えが返ってくる。
「細胞農業のルールを作ってほしい」
なぜかというと、国の方針が決まらないことにはビジネスの見通しが立てられないからだ。
特に培養肉などの新規食品は、政府との事前調整を経ずに販売した場合、リコール問題に発展する可能性がある。細胞農業食品に対し明確な販売承認制をおいていない日本などの国であっても、政府からの指針などがない限りは勝手に販売をすることを躊躇する企業は多い。
国内のルールが整備されていなければ販売開始の見通しが立たない。スケジュールが不明瞭ならその事業への投資判断も困難になってしまう。政治と新しいビジネス。一見、関係なさそうに見えても、実はこうしたところでつながっているのだ。
せっかく細胞農業の市場のニーズが生まれつつあり、技術も急速に発展しているにもかかわらず、日本の法整備が遅れていては元も子もない。逆に考えると、ルールさえしっかり決まれば開発も投資も今以上の勢いで伸びていくだろう。
国内でルールを議論し、発信する
このような状況を踏まえて、日本でもルールを作る動きが出てきている。
2020年9月に農林水産省が主催した「フードテック官民協議会」にて、細胞農業WTである細胞農業研究会が政策提言等を通じ同省と情報交換を続けている。
2021年6月には自民党にて有志議員による細胞農業および培養肉の勉強会が開催され、元文部科学大臣の松野博一氏や中山展宏氏を中心に、実用化に向けた議連が設立されることになった。
産業を後押しするという意味だけでなく、実は食料安全保障という観点からも培養肉やフードテックに対する政界からの関心は高い。
まだまだ、やらなければいけないことはたくさんあり、グローバルに発信できるレベルのステップではないかもしれないが、一歩一歩、前には進んでいて、議論をする態勢は作られてきているのではないかと個人的に考えている。
これから確実に成長していく細胞農業の分野において、日本が積極的に行っていくべきことは明確である。国内でルールを議論して、これを発信していくことだ。
率先して世界のスタンダードを策定していくことによって、国際社会で日本にとって都合が悪いルールが作られるのを避け、国内の産業を守っていくことができるからだ。
先ほど日本を抜きにして培養肉に関する国際ルールの策定が進んでいくことのリスクを指摘した。日本が築き上げてきた食材のブランド力を他国に利用されてしまうことで、日本の産業は大きなダメージを受けてしまうだろう。
しかし、これまでを振り返って見ると、実にさまざまな分野でまさにそのようなことが起こってきた。
いま国際社会で受け入れられているルールの中には、欧米や諸外国が主導して作られたものがある。
SDGsの条文やGDPR、ハイブリッドカーに対する規制も、日本も一生懸命、議論に参加していたとはいえ、強いリーダーシップを十分発揮できたかどうかは疑問だ。
エコカー基準からハイブリッドカーが除外
例えばカリフォルニア州におけるZEV規制では、メーカーに対して総販売台数の一定割合以上をZEV(=エコカー)にする取り決めがある。しかし、2016年、このエコカー基準からハイブリッドカーが除外されることが決定した。
この変更によって、多くの日本車メーカーはカリフォルニア州のEV企業からCO2クレジットを購入せざるを得なくなった。
ハイブリッドカーを推進してきた日本企業が足を引っ張られる一方、得をしたのはテスラをはじめとする会社たちだ。ルールを作ることによって、一定の基準を満たしていない日本のメーカーが締め出されたのである。
さらに、ルールが及ぼす影響は一定の地域にとどまらない。
変化が激しい社会情勢に対応すべく、それぞれの国の政府や企業など、さまざまなプレーヤーがさまざまなレベルでルールを形成し続けている。それらのルールによって日本の産業が影響を受けることも多々ある。
一方、日本は世界3位のGDPを誇る経済大国だ。国際ルールに追従するだけでなく、積極的にその策定過程に関わり、自国の産業を守っていく姿勢が必要ではないか。
そして、きちんとした価値を創造し、消費者も企業も生産者も豊かになる、フェアでより良いルールをつくることで世界の経済に貢献するべきではないか。
例えば、GDPRはEU域内における個人情報保護に関するルールだが、日本の企業もクッキーの扱いなどを巡って大きな変化を強いられた。また、EUに限らず世界各国でプラットフォーマーに対する規制が強まっている。
これを受けて大手であるGAFAなどの企業が仕様変更を余儀なくされているが、こうして世界のスタンダードが変化していくことにより、やはり日本国内でも情報インフラの再整備やサービス仕様の変更など少なからず影響を受けている。
GDPRの他にも、米中対立のさなか加筆が繰り返された数々の輸出管理規制や外為法改正によって、日本の経済活動が大きな打撃を受けていることなどの例は、枚挙にいとまがない。
これからは、日本の企業が持っている強みがうまく生かされ、日本の知見を世界のために活用できるようなグローバルルールを主体的に形成していかなければ我が国の発展はないと考える。
では、具体的にどのようにしてルールを作っていけば良いのか、その方法を検討していきたい。
ルールの形成には、大きく分けて以下の4つのステップが必要である。
① アジェンダ設定
② ルール設計
③ 戦略的立案
④ 合意形成
それぞれどんなところがポイントになっていくのか、次の第8話でご説明したい。