
イスラエル軍でのボランティア経験
構成/田嶋嶺子 撮影/武田 雲
次世代の肉と言われる「培養肉」。動物を多く育てて、肉を生産するのではなく、テクノロジーの力で細胞から収穫する。培養肉ビジネスの未来に迫る。
イスラエルの交友関係が「根っこ」
「どうして吉富さんは細胞農業に興味があるのですか?」
よく聞かれる質問だ。この文章を読んでくださっている皆さんも、なぜ私が培養肉をはじめとした細胞農業について熱く語っているのか疑問に思っている人もいるだろう。
培養肉のビジネスについて解説する前に、自己紹介をさせてほしい。少し遠回りになるかもしれないが、「根っこ」のところで議論はつながっているためだ。
私は1993年にイスラエル人と日本人の両親のもとに生まれた。ほとんどの時間を日本で過ごしてきたが、家族・友人の多いイスラエルも大事な自分のルーツだ。
大人になった今でも、年に1度はイスラエルに帰省している。成人してからは、イスラエル軍で、短期間のボランティアを経験した。

イスラエルでの経験や交友関係のおかげで、グローバルでの日本の立ち位置や、果たすべき役割について意識的になったと感じている。
イスラエルは政治の議論が盛んだ。選挙の日は学校も仕事も、基本的にお休みだ。また、イスラエルでは多くの人が性差に関係なく、2〜3年の徴兵義務を課されている。こうした「国を守る」という経験が、イスラエルの人々の価値観に非常に大きな影響があるのだろう。
私もイスラエル軍でのボランティアに志願した。短い間ではあったが、以前と比べると圧倒的に自分と国の関わり方を考えるようになった。
それと同時に、国際社会で日本が果たしていくべき役割についてもより強く意識するきっかけになった。細胞農業について熱心なのはそのためだ。
日本はこれまで製造業などの経済の力で、世界に貢献してきた。だが、果たして今、我々は日本の経済規模に見合った貢献を世界にしている、と胸を張って言えるのだろうか。
私は細胞農業の分野が、日本がその役割を発揮できる新しい分野であると感じているし、自分はそのお手伝いがしたいと思っている。
ブロックチェーンの黎明期に感じたこと
社会人としては、今の投資銀行に入るまでは、ブロックチェーン業界や日本酒の事業を経験してきた。
そんな私が「日本のルールづくり」を意識したのは、今から数年前のブロックチェーンの黎明期だ。
私はその頃、ブロックチェーン関連の事業会社にいた。大学院で物理学の研究を続ける中で、ある種の限界も感じて入った会社だ。物理学の数式の積み上げとは異なる魅力がある「ビジネス」に挑戦していることが新鮮だった。

その会社では、ブロックチェーン導入や暗号資産を利用した資金調達方法(ICO)に関する相談を受けながら、人の思いやビジョンに経済的な価値を持たせる世界観の実現を目指していた。
残念ながらその会社はすでに解散してしまっているのだが、個人が通貨を発行することで新しい経済圏を作るというのは物理学では到達できないアイデアだ。
1ビットコインが200万円ほどの価値があった頃だ。自民党が、他の国に先駆けてビットコインの取り扱いに関する方針を表明したことにより、世界から日本にブロックチェーンの企業が集まり、人・モノ・お金・情報が日本に集中したのを目の当たりにした。
私は、「日本でビジネスをしたい」という海外企業と、日本企業をつなげるお手伝いをしていた。
日本は世界第3位の経済大国と言われているが、最近は、そのことを実感しづらくなっている。一方、ビットコインが盛り上がり始めた頃は、日本が業界を世界的にリードしているように思えた。日本が産業をリードする成功体験に遭遇したのだ。
新しい領域で率先して画期的なルールを作れば、それが引力のように多くの可能性を引き寄せる。そんなことに気づかされた瞬間だった。
食料自給率を上げるには莫大なお金がいる
その後、日本のルールが厳しくなったことにより暗号資産業界のハブは日本から他の国へと移っていってしまった。新しい産業で日本がリードをとれるかどうかはルール作りにかかっていることを肌で感じた。
このブロックチェーン業界での経験は、私をルールメイキングに向かわせた大きな理由だ。
培養肉との出合いはそのあとだ。ブロックチェーンの流行で、ルール作りの重要性に気づいた私は「よいルールを作るための戦略」を学ぶために、多摩大学ルール形成戦略研究所の門をたたいた。
「日本の食料自給率を100%にするためにはどうしたらいいか」という課題が、研究所で出された。
すぐに試算をした私は、食肉の生産に必要な飼料のほとんどが輸入で賄われていることに気づいた。仮にすべての飼料を日本国内で調達して、最初から最後まで日本国内で、肉を生産しようとすると、国家予算レベルのお金がかかるのである。
愕然とした。気候変動や地政学的な背景で特定の物品の価格が急に高騰したり、輸入がいきなりストップしたりすることもあるこのご時世、輸入に頼り続ける日本の危うさと、その状態から脱するために必要な資金の莫大さに不安が募った。
イスラエルの細胞農業会社がUAEから出資
何かできることはあるのか。私の関心は、細胞農業へと移っていった。培養の技術が発達すれば、肉を日本でもっと作ることができ、国内「自給率」も上がる。さらに環境への負担量などさまざまな課題を解決することができる。
私のルーツがあるイスラエルで、細胞農業のスタートアップが続々と誕生していることも、私の興味を後押しした。
例えば、Aleph Farms社という会社。イスラエルで培養牛ステーキを開発している。

イスラエルのAleph Farms社のプレゼンテーションで、培養肉が調理するシェフ(写真:AP/アフロ)
2021年7月、この会社が、イスラエルとの国交正常化を果たしたばかりのUAE(アラブ首長国連邦)のファンドから約121億円(1.05億ドル)の出資を受けた明るいニュースも話題になった。
UAEを含むアラブ諸国は長年、パレスチナ占領を続けるイスラエルと対立してきた。イスラエルにルーツを持つ者として、こうした中東問題は単純ではないことは分かる。
しかしながら、「培養肉」という未来のビジネスを通して、イスラエルとUAEが結びついた。この頃の私は「ビジネス」が国際舞台で持っているパワーを改めて感じ始めていたのだ。