
2022/02/21
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ESGやSDGsといった言葉を見聞きしない日が少なくなっています。テレビを見ればSDGsが流行しているのが確認できます。もともとは善い社会を作る取り組みのはずですが、少なからず違和感を覚える人は多いようです。
本連載では、そうした違和感の正体をひもとくことから出発し、現実としての事業とESGの関わり方を整理したいと思います。
「教養」と言うと大げさかもしれませんが、ESGは、「私たちの小さな心がけが地球を救う」といった慈善的な考え方よりも、グローバル競争の要素が強いといえます。
ESGが生む現代のビジネスは、ルールメイキングの競争の時代を迎えています。「今の世の中では、何をすることが正しいのか」という問いを立てながら、時にはその正しさに疑いを向けて考えをアップデートさせつつ、新しい世界の「ルール」を作っていくのが、ビジネスリーダーにとって真に重要と考えます。
まず、第1〜3話ではESGの基本構造を説明します。我々がどことなく感じる胡散臭さや、とはいえ理解しなければならない現実を、具体例を交えながら説明する、いわば「ESGの基礎」編です。
第4〜6話では、「ESGのルール」を説明します。企業が従うべきルールの概観に加え、それらが形作られる経緯、そしてルール作りを主導できない日本の現実についても触れます。
その上で、事業を通じて社会課題を解決したいと願う読者の方々に向け、第7〜9話では「ESGとビジネス」を取り扱います。
企業は何をすべきか、サステナビリティを事業として捉える場合にどのような機会があるか、何かしら示唆を提供できればと思います。最後の第10話では、改めて「ESGは正しいのか?」について考えてみたいと思います。
ESGやSDGsといった言葉に対して、おおっぴらに否定はできないけれども「なんだか胡散臭い」と感じる人は少なくないでしょう。例えば、次のような言葉を聞いたことはないでしょうか。
「環境問題は長期的課題なのに、ちまたで言われるSDGsは流行・ファッションのようだ」
「レジ袋を有料化して環境は良くなったのだろうか」
「聞こえの良い言葉を使って金もうけをしているだけに見える」
こうした違和感は決して斜に構えたものではなく、私にとっては極めて誠実な考えに見えます。
なぜならそれらはSDGsの思想自体に反対するものではなく、むしろ、SDGsを装い、言い訳に使うという「見せかけのサステナビリティ」に不快感を示すものだからです。
ところで、日本では敬遠されがちなグレタ・トゥーンベリさん(スウェーデンの環境活動家)も、その主張は「(政治家は)科学者と会話をすべき」「政治のリーダーたちは何十年と無視・不作為を繰り返してきた」というものです(*1)。皆さんと同じく現実に立脚した上で見せかけのサステナビリティに怒っていると解釈できます。
いずれにしても、まずは世のESG・SDGsに胡散臭さを覚えることは健全な感覚なのだと認めた上で、現状を理解することから始めたいと思います。
ESGとは、Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)の頭文字を取ったものです。
その初登場は少し古く、2006年に国連の関与のもと策定された責任投資原則(PRI)にて強調されました(*2)。
簡単にいうと「サステナブルなものにお金を振り向ける仕組み」であり、投資家に対して企業の財務だけでなく以下のようなESG要素も加味して投資判断をすることを求めています。

その後、大きく流れが動いたのは2015年といえるでしょう。国連のCOP21ではパリ協定が採択され、産業革命期からの気温上昇を2℃より十分低く抑えること等が国際的に合意されました(*3)。
また、国連サミットでは、「誰一人取り残さない」ことをコンセプトとし、貧困・不平等の解消や温暖化防止などを目指す17の持続可能な開発目標(SDGs)が採択されています(*4)。
その後、2017年にはトランプ政権下の米国がパリ協定から一時離脱表明(2019年に正式離脱)しましたが、バイデン政権への交代後2021年に復帰。さらに米国内で気候変動対策に向けた多額の財政出動が表明されています(*5)。
サステナビリティに向けた推進力は、お金の流れを伴いながら強まっているのです。その結果、多くの企業がESGを今まで以上に意識するようになりました。例えばCO2など温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると宣言したり、働きやすい職場を作ったりしています。
ESGはサステナビリティにお金を振り向ける仕組みです。ですから仮に企業のいうサステナビリティが実は見せかけならば、人を欺いてお金を得ようとしているとの疑惑を呼び、胡散臭く見えるのは当然です。ただ、企業側にも悩みがあります。
「何がサステナブルで何がサステナブルでないか?」
「自社は何をしなければならないか?」
この問いに網羅的・普遍的な答えを出せる人はおらず、したがってESGのルール・規制も発展途上であり曖昧なのです。
このため、ルールが確立するまでは様子見で済ませ、今の事業がSDGsと呼べるための後付けのロジックを用意したくなる気持ちも分からなくはありません。
ですが、ルールが完成するのを待っていてはなかなか善い社会は作れません。
また、そもそもサステナビリティは個人の幸福・価値観や正義感に深く関係するため、政府などが網羅的・普遍的なルールを作れるものではないかもしれません。
こうした環境では、不完全でも良いので「こうあるべき」という善い社会を信じ、それを実現するための仕組みを自ら構想し、うまく他者を巻き込んでいくことが結果として社会に良い影響を与えることが多いように思います。
これだけでは抽象的で分かりづらいと思いますので、次回は電気自動車を例に使いながら少し具体的に説明します。
社会課題を解決するには高潔に・クリエイティブに・かつ、したたかに思考し行動する必要があります。
【脚注】
(*1)European Economic and Social Committee ウェブサイト “ "You're acting like spoiled irresponsible children" - Speech by Greta Thunberg, climate activist”(2019年2月21日)
(*2)Principles for Responsible Investment ウェブサイト “About the PRI”
(*3)環境省ウェブサイト 「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)及び京都議定書第11回締約国会合(COP/MOP11)の結果について」
(*4)外務省国際協力局「持続可能な開発目標(SDGs)と日本の取組」
(*5)The White House ウェブサイト “President Biden Announces the Build Back Better Framework”(2021年10月28日)